軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初めて知ったジャネットの特技

昼食後も時間はある……というより、太陽の女神に会う以外の用事を考えていなかったのは痛いな……。

セントゴダートのダンジョンは魔王が討伐されているようだが、街の人の生活の一部になっているのだろう。

「なあシビラ、セントゴダートのダンジョンは今も使われているんだよな」

「そりゃもちろんよ。魔王がいなくなっても特に大きい第二ダンジョンは元の規模が半端ないもの、ずっと使われ続けているわ。入ってみる?」

「今日すぐってわけじゃないが、さすがに目的の日まで長いからな。体もなまりそうだ」

個人的に、王都のダンジョンというものに興味もあるというのが一つ。

もう一つは、模擬戦しようにも広く立ち回れる空き地が少ないのだ。

全ての土地が開発され尽くされた街の、思わぬ弱点だな。

「二人はどうする?」

「ラセルがダンジョンに行くなら、私も行くよ!」

エミーが同行を示したのに対して、ジャネットは首を振った。

「僕はいいかな。ダンジョンに潜るとなると一日がかりになる、できる限り誰かしら孤児院に残っていた方がいい。体を動かすような 職業(ジョブ) でもないから」

「分かった。ジャネットが残ってくれるのなら俺達も安心できるな」

「ん」

とりあえず後日の予定ができたところで、今日は今から何をするか。

「さて。今日はレストランの他は、服とアクセサリーだったな。シビラから見て、おすすめの店みたいなものはあるのか?」

「あるといえばあるけど、ないといえばないわ」

何だその曖昧な答えは。

「別に変なこと言ってるわけじゃないわよ。要するに、アタシが以前来た時に最新だった店が、もう最新じゃなくなってるってこと」

ああ、その視点はなかったな。

アドリアなんて服屋も武器屋も家具屋も村に一つしかなかったし、それで必要十分だった。店に選択肢があるという時点で都会だと思っていた俺達からしたら、良い店選びの起点すら違うんだな。

もちろんシビラの言ったことに、女子二人はすっかり興味津々だ。

「じゃあじゃあ、ぶらぶらっと歩いて回る感じですね!」

「ええ、それで行きましょ」

思えばセイリスでもマデーラでも、それなりに街に詳しかったシビラに街の案内や紹介は任せていた部分があった。

そんなシビラでも、すぐに知識が古くなるほど発展の著しい都、セントゴダート。

こうして明確な目的地がない状態で歩き回るというのも、なかなかいいものだな。

王都はどこを歩いても気になる店だらけで、いざ入ろうと思っても『どこでもアリ』だからか逆にどこにも入れずに困ってしまうな。

嬉しい悲鳴というやつか、エミーもジャネットも特定の店を選ばず複数の店内を見比べる贅沢を一番楽しんでそうだ。

そんな時間を過ごしたままぶらぶらと歩いていると、ふと一つの店が目に留まった。

「これは、楽器だよな」

ハモンドの街中にも、楽器ケースを受け皿にして演奏を披露する吟遊詩人がいた。

彼らの奏でる楽曲はどれも良いものだったが、それを実現するには楽器が必要だ。

一体どこで手に入れているのか、自分で作っているものなのかと思っていたが、王都に専門の店があったんだな。

店内には見慣れた形はもちろんのこと、不思議な形の楽器や、全く音の想像できない複雑な形のものまで様々な楽器があった。

「……ふむ」

ここでジャネットが興味を示して店内に入り、小さな竪琴を一つ手に取って座る。

弦は、十本ぐらいだろうか。円弧の内側に白い糸が張ってあり、一部が違う色になっている。

ジャネットは手に取った楽器の弦を一つずつ順番に 弾(はじ) いた後に、黒い弦を二つ同時に弾き、最後に黒と赤の弦を同時に弾いた。

その音を確認して頷いた後……驚くべき行動に出た。

「……うっそぉ……」

なんと、ジャネットは楽器をその場で演奏し始めたのだ。最初の方をかなりゆっくり繰り返すのみだが、確かにハモンドで聞いたことのある曲だ。

ジャネットの行動に驚いて声を上げたのは、シビラだ。

吟遊詩人が楽器をどこで手に入れているか、つい先ほど知った。その理由は無論、楽器を売っている場所がハモンドで見つからなかったからである。

「ジャネット、楽器は誰かから触らせてもらったことがあるのか?」

「いいや? 今初めて触った」

いやおい嘘だろ?

どうやって演奏してるんだよお前、せめて頭の良さは人間の範疇にしてくれ。

俺は思わずエミーの方を見ると、向こうも口を半開きにして俺の方を見ていた。

再々ジャネットには驚かされている俺達だが、今日のコレはもうお互い驚いて二の句を継げずに顔を見合わせるしかない。

「——絶対音感」

そんな俺達の反応を見て、シビラは聞き慣れない単語を呟いた。

「何だ、その絶対音感って」

「あら? ラセルは知らないの?」

「えっ待って、ラセルは知らないの?」

シビラの返答に、ジャネットが全く同じような反応を被せてきた。

いや、何でお前が驚くんだよ。

「絶対音感は、音楽における『音程』を判別する能力よ。正確な周波数……例えばアタシは高い、ラセルは低い。それがどれぐらいの高さかを正確に判別できるの。音を記憶してるってことね」

それは初めて聞いたな。

……ん? ということはジャネットには絶対音感があるのか。

俺の疑問に、ジャネットは楽器を置いて額を押さえ唸る。

「……ああ、完全に僕のミスだ。ラセルには、あの本を紹介し忘れていたのか」

「それが、絶対音感に関する本なのか?」

「専門、というわけではないけどね。ただ、本を開いたら中が空洞になっていて、音叉という正確な音程を発する道具が入っているギミックブックがあったんだよ」

「……それもう本じゃねーだろ」

「うん、一応音に関する本もセットだったから便宜上本と言ったけど、正しくは本の形をした木箱だね」

やっぱりあの地下図書室、どう考えても普通の図書室から逸脱しすぎているよな。

誰だよそんなもの作ったヤツは。

第一そんな面白いモノどこに売ってるんだよ、間違いなく本屋にはないだろ。

「ああ、思い出すと……昼間に外で鳴らすのは目立つし、夜に鳴らすには迷惑だろうから、昼間に僕一人で使っていたんだった……」

昼間、俺はヴィンスとエミーとともに外で遊んでいる。ジャネットと本を読むのは夜だ。

そしてジャネットは、皆が寝静まった時間帯には俺と共に静かに本を読む。音を鳴らすようなことはしない。

なるほどな。確かに俺が自力で探し当てないと、その本に辿り着ける可能性は皆無だ。

「絶対音感は、後天的に習得することが難しい……」

「じゃあ俺が今から学んでも、その音感ってのは手に入らないんだな」

「伝え忘れてしまった、知識を独占してしまってすまない」

「謝るな謝るな。別に金払って教師になってもらってるわけじゃないしな。俺のために時間を取ってもらえたこと、感謝こそすれ才の欠落程度で恨みはしないさ」

かつてのジャネットの本心を聞いた後だと、むしろ圧倒的上位者として知識を独占せずに俺に教えてくれる時点で有り難すぎるんだよ。

知識を教える時間を長めに取ってくれていたことには助かってきた。何故こんなに俺との時間を取ってくれるのか、ってぐらいにな。

「……いてっ。何だ、シビラ」

「今アタシは、あんたにツッコミを入れなければならない電波を受け取ったわ」

何だよ電波って、相も変わらず唐突女神が意味不明なことを言っているな。

そんな変なものは受け取り拒否しろ、拾い食いしすぎて腹壊すぞ。

「話を戻すけど、とんでもない才よ。実際演奏者でも幼少期から『音程』に慣れ親しまないと習得できない。というかシスターでも『歌』ならともかく楽器を演奏となるとまずいない。そうね、せっかくだから——」

シビラは市場にある中で、ジャネットが手に取ったものよりも少し大きくて、張った弦の量が多いものを手に取った。

「これ一つ。タグ払いね」

更にその場で即決購入すると、ケースに入れてもらったそれを「はい」とジャネットにいきなり渡した。

「え、僕にですか?」

「そーよ。アタシから、救援に来てくれてあのキャスリーン……ケイティを圧倒してみせたジャネットちゃんへ、個人的に送りたいからプレゼント」

「あ、ありがとうございます。でもこれ、一番高い型では?」

「いーのよ。もう一つの理由は……明日あたりアタシ達みんなダンジョン潜るでしょ? ジャネットちゃんにとってもこの街に本がない以上、退屈かもしれない。だからその楽器で時間を潰してもらってもいいし、何だったら子供達の前で披露してくれるとアタシとしてもすっごくすっごく嬉しいし、助かるわ」

そうか、シビラはジャネットのお礼代わりと同時に、あの孤児院で一人でいる時間を潰すものを買ったのか。

それと同時に、自分がいない間にあの人数の子らの世話ができるような道具を用意したと。

「そういうことなら、俺もいくらか出したものを」

「ラセル。シビラさんのワイン、かなり高かったでしょ」

うっ、痛いところを突いてくるな……!

あれはマジで高かった。シビラを半目で睨むと、両手の指を二本立てて満面の笑みを浮かべていた。

実にいい笑顔だよ、やれやれ。

俺達のやり取りを見て、ジャネットはおかしそうに静かに笑う。

「ふふっ、息の合っていること。……僕としてはね、あのフルコース払ってもらえただけで、十分すぎるほど嬉しかったんだよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなの。……そんなことより、助けに入ったのは僕だけだったかい?」

ジャネットに目で指された場所を見てみると、そこには期待に目を輝かせまくったエミーがいた。

あまりに目がきらきら輝いていて気圧されそうなほど、実に眩しい顔だ……。

結局、今日チェックを入れた服屋に後日一緒に回ることで話が一致した。

ざっと見ているようで、ちゃんと気に入った場所を選んでいた辺り女子組の観察眼は凄いものだ。

「そろそろいい時間になったな」

今日はこの辺りで戻るとするか。

明日からは、セントゴダートのダンジョンだ。

魔王はいないらしいので、観光気分で見させてもらうとするか。