軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺はこの子のことを知らない。それでも、今できることならある

「黒い人ではないか!……なんで箒持ってるの?」

「シビラ——あの銀髪のお調子者のことだが、独断でいきなり手伝うって決めてしまってな。あと俺は黒い人じゃなくてラセルだ」

「フフフ、やはり闇の勇者には雑用など似合わぬ! しかし、それならばこんなところで油を売っていたら、さぞ怒られるかもしれんな!」

「それはお前もだろ」

ルナは俺の軽口に視線を少し彷徨わせると、気勢を削がれたように声色を変えて答えた。

「怒られるのは、いつもだから、いいの」

「いつも、か。こうしてサボっているのは」

「……言いつけを守ってないわけじゃない。でも、同じように合わせるのは嫌。太陽の女神を信仰して、毎日女神に感謝なんて面白くない」

へえ、こういうヤツもいるもんなんだな。

誰もが信仰している宗教。それも、直接的に『 職業(ジョブ) という恩恵を与える力を持った女神だ。

「そう思った経緯を知りたいものだな」

「……言わない。黒い人でもダメ」

あまり話す気はなさそうだな。あと俺は黒い人じゃなくてラセルだ。

しかし話しぶりからすると、どうやら他のヤツよりも『黒い人』の方が心の距離は近いようだ。

「なら構わないさ。そうだな、その代わり——」

そうだな、やはりここであれを聞いておきたい。

こいつを気に掛けるというより、俺が個人的に興味がある、という意味でな。

「——『暗黒勇者』といったか? そいつの話を聞かせてくれないか?」

その単語を出した瞬間、目を見開いて勢い良く俺の方を向く。

その瞬間、長い黒髪の間から右目が見えた。

左目は青、右目は金だ。

確か、オッドアイといったか。珍しいな。

「お前、暗黒勇者に興味があるのか!」

「聞いたことがないものでな、実に興味がある」

俺の返答に気を良くしたルナは、「そうか、そんなに知りたいか、なら仕方ないな」と独り言を呟きながら腕を組み嬉しそうに頷く。

その様子からも、こいつにとって『暗黒勇者』というものがどれほど大きなものなのか話を聞く前から分かるというものだ。

それにしても……暗黒、か。

「フッフッフッ——では教えてやろう、黒き者よ。暗黒勇者とは、この世にいる影の英雄だ!」

ルナの語り口調に、熱が灯り始める。

目は爛々と輝き、その金の瞳が光っているかのように錯覚するほどだ。

「昼は誰もその存在に気付かぬ、平凡なる者。しかしそれは、世を忍ぶ仮の姿なり。闇の英雄は日中には活動しないのだ」

「ということは、夜か」

「然り!」

ぐっと拳を胸の前で握り、上気した顔で口角を上げる。

「秘密なんだろ、あまり大きな声では言えないな」

「あっ」

俺の突っ込みにはっとし、左右を確認するルナ。

いや聞いたところで誰も信じないから安心しろ。

「危なかった……そう、漆黒の英雄は人に知られるわけにはいかない」

その英雄、影になったり闇になったり漆黒になったり忙しいな。

「今、世の中には様々なダンジョンが自然発生している。しかし表の勇者の数は、ダンジョンの数に比べて決して多くない。しかし魔物が野に溢れていることは少ないのだ。何故か?」

「つまり、その暗黒勇者が魔王を倒していると」

「その通りだ。光を通さぬ闇の力で人々を影から救う、決して目立たないが誰よりも活躍する者。真の英雄であり、影の実力者である」

面白半分で聞いてみたが……なかなか、驚いた。

影の英雄のくだりは、間違いなく俺達の活動そのものだった。

闇の力を使い、魔王を倒す者。

……しかし、こいつが俺のことを言っているわけではないと頭で分かっていても、少し照れるものがあるな。

さっきから暗黒勇者とやらを褒めすぎだ。

喋っていて楽しいのは実によく伝わったが。

「だが……。だけど……」

と思ったら、ルナは急にトーンダウンして顔を伏せた。

先ほどまで太陽の光に負けないほど輝いていた瞳は、長い前髪に隠されて見えづらくなっている。

「……本当は、そんな人なんていないのかもしれない。ううん、多分いない」

「急に、どうした? 信じているんじゃないのか、闇の英雄を」

「だって——」

ルナは、顔を上げて俺の目を見ながら、絞り出すように呟いた。

「——そんな英雄がいたら、きっと私のこと、助けてくれるはずだもん」

その小さな声に、心臓を掴まれたような感覚に襲われる。

……俺は、この子のことを全く知らない。

だが、それでもいくつか分かっていることがある。

暗黒勇者を信じていること。

孤児院では周りと馴染めていないこと。

そして——親がこの子を捨てたこと、だ。

気丈に振る舞い、調子に乗っているかのように見えるが、それはもしかしたら不安の裏返しなのかもしれない。

恐らく、この子が今のような考えに至った理由は……。

太陽の女神を信仰していない。

この国では、その考えは異端のそれでしかない。

だが、そういうことなら俺ぐらいは味方になってもいいだろう。

「いる」

「……え?」

「暗黒勇者はいる。俺も聞いたことがあるし、実際に勇者の来なかったダンジョンが攻略された話を聞いたことがある」

俺の言葉に、先程まで弱気になっていたルナの目が大きく見開かれた。

「確かに、女神教の勇者だけでダンジョンが攻略されたというのは嘘くさいんだよ。女神教はダンジョンの攻略を勇者に一任しているからな」

俺達に戦う力を寄越す『太陽の女神教』は、そのダンジョン攻略の能力を全ての人間に与える。

しかし、その割に国に紐付いている冒険者ギルドは『中層まで』と厳命している。

その理由は、女神の教義で最も重要視されている『命を大事に』という項目が理由だ。

これは人間として当然のことであると同時に、この国に暮らす者にとって『守るべき教義』になっている。

太陽の女神を信仰する者は、教義に反することを忌避する。

故に、ほとんどの人はダンジョン下層まで潜ることはない。ま、教義じゃなかろうと進んで潜りたいと思う者も少ないからな。

誰だって命は惜しいものだ。

「だから、力を持つ勇者パーティーだけがダンジョンの魔王を討伐する。そうして、ダンジョンの外の平和が守られているわけだ。……にしては、ダンジョンの数は多いんだよ」

「じゃ、じゃあ暗黒勇者は……!」

俺は、ルナに視線を合わせてしっかりと頷く。

「——絶対に、いる。影の英雄は、今もどこかでダンジョンを攻略している」

俺の言葉に、ルナはようやく表情を戻した。

「ふ、ふはははは! やはり我の考えは合っていたのだ! 黒い人、お主もそう考えていたのだな!」

「黒い人じゃなくて、ラセルな」

「え、えっと、うん! ラセル! その……あんた、いいヤツだな!」

ようやく俺の名前も覚えてもらったようだ。

すっかり明るくなったルナは、俺の体をばしばしと叩く。

「あっ……そういえば、ずっとサボりっぱなしだけど、ラセルはいいの? あたしはもう、慣れっこなんだけど」

ちょっとは気にしてるんじゃねーか、やっぱ根は真面目だな。

じゃあ、こいつの味方でいると決めた俺の答えはこうだ。

「良くはねえな。ま、その時は一緒に怒られようぜ」

俺の返答に、ルナは白い歯を見せながら満面の笑みで頷いた。