軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 正しいことほど押しつけやすい

磨き上げられた会議机が、今日はやけに眩しかった。

地方合同親善行事の実務調整会。高い窓から落ちる昼の光が、中央に積まれた進行案と負担表だけを白く照らしている。椅子の脚が床を擦るたび、その音だけが耳の奥で嫌に長く残った。

セレフィーナは、イレーネの斜め後ろに座る。

ノアは壁際。紙も顔も、ついでに誰が誰を見ないことにしたかまで拾える位置だ。

ルシアンは王家側の席にいる。口数は少ない。今日は最初から、場の空気を測り損ねまいとしている顔だった。

王都側の補佐役が、柔らかな声で話し始める。

「本日は、各家の役割分担と補助的な負担について、無理のない範囲でご協力をいただきたく存じます。難しい点は柔軟に。何より、親善の気持ちを大切に進めてまいれればと」

その言葉が終わる前に、セレフィーナは負担表を見た。

案は綺麗に偏っている。王都側へ残るのは、見栄えのする名目と前へ出る役。地方側へ寄るのは、使者の再往復、補足確認、名簿修正、当日の差配、待機、控えの作成。どれも一つずつなら軽そうに見える。まとめれば、小さい家から沈む。

「皆で少しずつお持ちいただければ、大きなご負担にはならないかと」

その一言へ、イレーネが顔を上げた。

「“皆で少しずつ”は、たいてい少ない家から多く取る言い方です」

扇が、いっせいに止まった。

イレーネは紙へ指を置いたまま続ける。

「この案では、使者の再往復と補足確認の取りまとめが地方側へ寄ります。大きい家なら人を回せるでしょう。ですが、小さい家は帳場と倉と使者の手配を同じ手で見ています」

視線は補佐役へまっすぐ向いていた。

「“少しずつ”という語で同じ割合を載せれば、少ないところから先に苦しくなります」

年長の婦人が、ふ、と笑った。

「あら」

茶器へ手を伸ばす。

「このお茶、少し冷めてしまいましたわね」

隣の婦人がすぐに扇を開く。

「本当。差し替えていただいた方がよろしいかしら」

「ええ、それと観劇の席の方も、今日中に決めておきたいですわね」

露骨だった。

反論しない。認めない。

その代わり、会話の輪ごと別の場所へずらす。イレーネの言葉は、今この場に存在しなかったものとして処理された。

「まだ負担表が」

イレーネが言いかける。

補佐役が、その上からにこやかに被せた。

「その点は後ほど、実務担当同士で詰めましょう」

もう視線は別の紙に移っている。

「今はまず、全体進行を整える方が先です」

その瞬間、ノアの指先が資料の一点を二度、静かに叩いた。

管理統括費 空欄

あら。

セレフィーナは心の中で笑った。

あんなところに、自爆用の火種を残しておくなんて。おバカさんね。

ノアはセレフィーナを見ない。だが、叩いた指先のいやらしさだけで十分だった。趣味の悪い宝物を見つけた時の顔を、あの男はこういう時だけ隠しきれない。

ルシアンもその欄へ視線を落とした。口を開きかけ、結局閉じる。遅い。だが、見えていないわけではもうないらしい。

王都寄りの家の若い当主が、袖口の刺繍をいじりながら言った。

「地方側の事情を丁寧に拾うことは大切ですが、あまり対立的に見えてしまうと」

「対立的」

イレーネの声はむしろ静かだった。

「負担の偏りを確認しているだけです」

婦人が、今度はもっとやわらかい声で口を挟む。

「実務をきちんと見る方と、場を繋ぐ方は分けた方がよろしいのかもしれませんわね」

その言い方に、部屋の何人かがうっすら頷く。

「フォルク家のように実務にお強い家には後ろの整理を。前に立つ役目は、もう少し穏当に繋げられる方が」

一拍置く。

「たとえば、ルベール家のお嬢様のような」

出た、とセレフィーナは思った。

後ろで数を数える家。

前で笑う家。

実務を持つ家。

親善の顔を持つ家。

配役表を机の上に広げたつもりなのだろう。

イレーネの眉が、そこで初めて動いた。

「それは」

言葉を探す様子もなく、はっきりと言う。

「負担を引き受ける家と、印象を受け持つ家を分けるという意味でしょうか」

茶器の触れ合う音が、ひどく小さく鳴った。

「言い方が強いですわ」

婦人の笑みが薄くなる。

「もう少し穏当に」

「……崩れますよ」

イレーネは言った。

「今そこで、あなた方が笑っている間に」

その一言のあと、誰もすぐには動かなかった。

正しい言葉のたびに、王都側の誰かが不快そうに喉を鳴らす。

案の中身ではなく、イレーネという声の方を“扱いづらいもの”へ仕分けしようとする気配が、机の上を這っていく。

横で、エステルの奥歯が小さく鳴った。

セレフィーナの耳にまで届くくらい、硬い音だった。

あの子にもわかっているのだ。

内容ではなく、響き方で人を切る時の手つきが。

自分が何度それで削られかけたかを、身体が覚えている。

結局、その日の会合は何も決めないまま閉じられた。

表向きは穏当だった。議論は持ち帰り。確認事項は再整理。親善の気持ちを大切にしながら、丁寧に続けていきましょう、と。

人が立つ。椅子が引かれる。裾が床を擦る。

そして誰もイレーネを見ない。

ほんの少し前まで彼女を相手にしていたはずの婦人たちは、資料を抱えたイレーネのすぐ横を、まるでそこに柱でも立っているかのように避けて通った。

「今夜の観劇、やはり二列目の方が」

「ええ、あちらの席は光がきれいですもの」

「ルベール家のお嬢様にもお声をかけておきましょうか」

その会話には、イレーネの名前も、さっきまでの負担表も、一切出てこない。

いないものとして扱う。

その方が、悪口よりずっと手早く人を場から消せる。

セレフィーナは振り向かなかった。

少し離れたところで、イレーネが一人、資料の角を揃えている。

一枚、二枚、三枚。

乾いた紙の音が続く。

その音の数だけ、セレフィーナの頭の中では手順が組み上がっていった。

空欄の管理統括費。

誰も引き受けると書いていない実務。

“皆で少しずつ”の名で放置された負担。

いいわ。

なら次は、その綺麗な親善ごっこを、予算計上ミスとして記録に落としてあげる