軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第45話 やさしい退場勧告

打診文は、嫌になるほど丁寧だった。

最近ご負担が重いように見受けられること。体調や心労を案じていること。今後の行事運営をより円滑に進めるため、一部役務を別の者へ移してはどうかという提案。

並んでいるのは、やわらかい言葉ばかりだった。

けれどセレフィーナには、その一行ごとがエステルを静かに席からずらしていく手つきに見えた。

「……やはり来ましたか」

エステルがそう言った時、声には怒りより先に、覚悟していた人間の諦めが混じっていた。

王都屋敷の会議室は静かだった。机の上には、見直しのために広げた規定、帳簿、記録の控えがまだそのまま残っている。その中央に置かれた一通の文書だけが、妙に白かった。

セレフィーナはエステルの手から打診文を受け取った。

責める言葉はない。

失敗とも書いていない。

それなのに結論だけは、はっきりしていた。

あなたには、ここから少し退いてもらいたい。

「納得なさるの」

問うと、エステルは一度だけ視線を落とした。

「納得はいたしません」

平らな声だった。

「ただ、こういう形で来るだろうとは思っていました」

「どうして」

「失敗を理由にはできませんから」

そこで、唇の端がわずかに強張る。

「ですから、心配とか配慮の顔で来るのだろうと」

ノアが文書を覗き込み、短く息を吐いた。

「……詰みですね。受け取れば自発的な休養。断れば厚意を無碍にする傲慢。きれいに作ってある」

その一言で十分だった。

胃の奥が冷えた。

夜会の控室で、リリアの立つ場所をやわらかな声が少しずつ削っていった時と、あまりに似ていた。

セレフィーナは文書を机へ叩きつけた。

乾いた音が、張りつめた会議室によく響いた。

エステルが肩を震わせる。ミレイアも息を呑んだ。

セレフィーナ自身も、先に手が動いたことに少し驚いた。けれど、引っ込める気にはなれなかった。

「なるほど」

自分でも驚くほど低い声が出た。

「これが王都のやり方なのね。……善意という名の、逃げ道のない暴力」

返事を待たず、セレフィーナは言った。

「この文書には返事をしないで」

「ですが」

「納得していないのでしょう」

「……はい」

「なら、その言葉を向こうの都合で整えさせない」

エステルの指先が、膝の上でわずかに縮こまった。

セレフィーナは打診文の上に手を置いたまま続ける。

「これは相談の形をしているだけよ。最初から、外れる側を決めている」

視線を上げる。

「“本人のため”と言うなら、その根拠を数字と記録で出してもらうわ。逃げ道は作らせない。内々の親切で済む段階は、もう終わったのよ」

ノアの口元が、ほんの少しだけ上がった。

「学園は嫌がるでしょうね」

「ええ。だから文書で返させるの」

ミレイアが膝の上で握っていた手を解いた。指先に白く残っていた力が、少しずつほどけていく。

「今度は、見過ごしたくありません」

短い言葉だった。

けれど、そこで途切れなかった。

「リリアさんにも、同じことをするかもしれないから」

「ええ」

セレフィーナは頷く。

「だから、ここで止めるわ」

エステルはまだ打診文を見ていた。

怒っていないわけではない。

傷ついていないわけでもない。

ただ、自分の何が悪かったのか、誰も言葉にしないまま席だけを外されようとしている。

そのことが、いちばん堪えているのだとわかった。

失敗していない。

それでも、退いた方がいい人にはされる。

その形を、本人がいちばん理解してしまっているからこそ、痛い。

「ノア」

「はい」

「学園長宛てに出すわ。侯爵家の名代として、確認を求める文書を」

「確認事項は」

「この打診の根拠全部よ。曖昧な配慮ではなく、記録に残る言葉で答えてもらう」

それから、エステルを見る。

「本人が望んでいない配置替えを、気遣いの顔で押し通すことは認めない。その一文も入れて」

「承知しました」

エステルの視線が、そこで初めて宙をさまよった。何かを言おうとして、うまく形にならないように唇が止まる。

「そこまで、なさるのですか」

「ええ」

迷いはなかった。

「追い出しているのに、誰も追い出した顔をしないのでしょう」

セレフィーナは白い文書を見下ろした。

「そういうやり方が、いちばん嫌いよ」

会議室の空気が静まり返る。

セレフィーナは打診文を持ち上げた。

指先で端をきちんと揃え、そのままノアの前へ置く。

紙はまだ白く、丁寧で、腹立たしいほど傷ひとつない。

なら、次はこの白さの上に、逃げられない言葉を載せてやればいい。