軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話 曖昧な文言は人を傷つける

王都屋敷の会議室は、夜になると紙の擦れる音ばかりが残る。

燭台の火が揺れた拍子に、セレフィーナは一枚の報告書を机へ放り出した。

「……何これ。吐き気がするわ」

向かいにいたノアが、少しだけ眉を上げる。

「お気に召しませんでしたか。エステル嬢の評価です」

セレフィーナは返事の代わりに紙を引き寄せた。

「『正確だが、言い方に難あり』。……ふん。こっちは『責任感は強いが柔軟性に欠ける』? 好き勝手ね」

「まだありますよ。『場に応じたやわらかさには改善の余地あり』」

「その一文を書いた手を、少し見せてもらいたいわね」

指先でその文字をなぞる。乾いたインクの感触さえ、妙に粘ついて不快だった。

ノアが別の紙を滑らせる。

「こっちの予算案、エステル嬢が手を入れたあとです。不明瞭な接待費が三割消えてます」

「消えたのではなく、余計なものを剥がしたのよ」

「ええ。数字がまっすぐになってる。予算を好きにいじりたい連中には、さぞ邪魔でしょうね」

セレフィーナはその紙をひと目見て、すぐに脇へ置いた。十分だった。エステルは有能だ。だから正面からは落とせない。落とせないから、別の言葉を塗る。

「……『やわらかさ』ですって」

その言葉だけ口にすると、舌の上までまずくなる。

ノアは肩をすくめた。

「便利ですよ。定義がないので」

「領地でこんな報告書を出した代官は、その場で机から叩き落とすわ。何が悪いのかも書かない文書なんて、時間の無駄だもの」

「王都は、その時間の無駄で人を削るのが得意ですから」

セレフィーナは笑わなかった。

昼に会ったエステルの顔が浮かぶ。数字のほころびを見つける目。書類の抜けを拾う速さ。ああいう人間がいるから、拍手のない現場は回る。

なのに王都は、その手を借りるだけ借りて、最後は「可愛げがない」で片づける。

「相変わらずね」

「ええ。今回はだいぶ上品ですが」

ノアが今度は封の切られた一枚を差し出した。厚手の紙。学園の紋。見なくてもろくでもない内容だとわかる。

「明日の招待状です」

セレフィーナは受け取り、ざっと目を走らせた。

「……茶会」

「名目は、本人の負担を考えた業務の軽減」

セレフィーナは紙を机へ置いた。

「更迭ね」

「はい。ずいぶん綺麗な言い方で」

燭台の火が小さく鳴る。

会議室の外は静かだった。けれど机の上では、誰かを役目から外すための段取りが、すでに整い始めている。

「エステルは知ってるの」

「呼ばれたことだけです」

「まだ間に合うわね」

ノアは黙って頷いた。

セレフィーナは招待状の下から、もう一枚の紙を抜き出した。去年の内部メモだ。そこにも同じ文言が並んでいる。

場に応じたやわらかさ。

改善の余地。

協調面に懸念。

「同じ手癖だわ」

紙を二枚、並べる。文の癖。言い回し。曖昧な逃げ方。

見れば見るほど腹が立つ。

「ノア」

「はい」

「この評価を書いた人間、今夜中に絞るわ。筆跡と、茶会の進行表。あと席順」

「あります」

「早いわね」

「こういう嫌な予感だけは、よく当たるもので」

セレフィーナはようやく立ち上がった。椅子が小さく鳴る。

「羽ペンを持ってきて。それと、一番質の悪い紙」

ノアが片眉を上げる。

「質の悪い紙、ですか」

「ええ。あの連中が二度と気軽に“評価”なんて書けなくなる文面を作るの。上等な紙ではもったいないわ」

ノアの口元が、わずかに上がった。

「承知しました」

セレフィーナは招待状を折りたたみ、机の端へ置く。

明日の茶会は、穏やかな顔でエステルを外すつもりなのだろう。

だったら、その場へ持ち込む書類を今夜のうちに変えるまでだ。

「それと」

「まだありますか」

「明日の私の服、動きやすいものにして」

「茶会ですよ」

「知っているわ。でも、座っておとなしくお茶を飲む気はないもの」

ノアはとうとう笑った。

セレフィーナは笑わないまま、束ねた報告書を机の中央へ引き寄せる。

「さあ、始めましょう。まずは、この“やわらかさ”とやらを書いた筆跡からよ」