軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 善行の動機がすべて汚い

翌日から、ルーデンドルフ公爵邸は少しだけ奇妙になった。

厨房では、余った肉と野菜が使用人用の鍋に回されるようになった。

厩舎には新しい藁が入った。

洗濯女たちには、冬用の手袋が前倒しで支給された。

夜間の廊下には、蝋燭が一本多く置かれた。

いずれも小さなことだった。

しかし、小さなことほど、屋敷の底にいる者たちにはよく分かる。

コンスタンツェは、朝から家令を呼びつけていた。

家令のゲルハルトは、白髪交じりの痩せた男で、帳簿と規則を自分の背骨のように大切にしている。

彼は主家の令嬢が突然「使用人に嫌われない屋敷作り」を始めたことに、深い疑念を抱いていた。

「お嬢様。厨房費が増えております」

「増やしたのですから、増えますわ」

「理由をお聞きしても」

「空腹の料理人は味付けに怒りを混ぜます」

ゲルハルトは無表情だった。

「怒りは調味料ではございません」

「毒よりはましですわ」

「毒」

「ええ。毒」

背後のイーダが、もう訂正するのを諦めた顔をしている。

コンスタンツェは命乞い帳を開き、家令用の項目に目を落とした。

三十、家令には予算で話す。感情論は無駄。

三十一、節約しすぎた屋敷は、逃亡時に協力者がいない。

三十二、厨房と厩舎は最重要。

「ゲルハルト」

「はい」

「厩番の給金が二か月遅れたことがありますわね」

「一時的な帳簿上の都合でございます」

「馬は帳簿上の都合では走りませんわ」

ゲルハルトの眉が少し動いた。

「馬を使うご予定が?」

「人生には、馬車が必要な局面がありますの」

「遠乗りでございますか」

「遠逃げですわ」

「お嬢様」

「比喩です」

コンスタンツェはすぐに言った。

「非常に実務的な比喩ですの」

ゲルハルトは沈黙した。

その沈黙には、イーダのものとは違う硬さがある。家令は主人の奇行に慣れていない。

コンスタンツェは、少しだけ声を落とした。

「厩番に恨まれて、馬車の車輪を見落とされたら困りますわ。厨房に恨まれて、スープに余計なものを入れられても困ります。洗濯女に恨まれて、ドレスの紐を弱く結ばれても困ります」

「お嬢様は、屋敷中から命を狙われているご想定で?」

「想定しておいて損はありませんわ」

「通常は損でございます。主に精神に」

この家令、意外と口が悪い。

だが一理ある。

コンスタンツェはペンを取って、命乞い帳の端に書き足した。

三十三、精神も多少は大事。ただし命より下。

ゲルハルトはその帳面を見て、ますます渋い顔をした。

「お嬢様。その帳面は」

「見てはいけません」

「題が見えております」

コンスタンツェは慌てて表紙を伏せた。

「命乞い帳などというものはありませんわ」

「今、明確に」

「ありません」

ゲルハルトは老眼鏡の奥から、じっと彼女を見た。

コンスタンツェは胸を張った。

高慢に見えるように。臆病を隠すように。いや、隠せてはいないかもしれないが、努力は尊い。

……たぶん。

「支出は認めますわ。ただし、無駄遣いはしません。余剰分を整理し、帳簿の不明金を洗い出しなさい。特に、王太子派との付き合いで発生している交際費」

ゲルハルトの目が変わった。

「そちらも、でございますか」

「ええ」

「公爵閣下のご承認は」

「わたくしから話します」

「差し出がましいようですが、お嬢様。王太子殿下とのご婚約に関わる支出を絞るのは」

「婚約者だからこそですわ」

コンスタンツェは言った。

「王太子殿下に近づきすぎると、死にますもの」

家令と侍女が同時に黙った。

「失礼。言い方を間違えましたわ」

コンスタンツェは咳払いした。

「家が危うくなりますもの」

「だいぶ意味が違います」

イーダが小声で言った。

「根は同じですわ」

その日の午後、コンスタンツェは馬車で旧市街へ向かった。

表向きの理由は、修道院への寄付である。

実際の理由は、貧民街の様子を見るためだった。

一度目の記憶の中で、断罪前の王都には小さな騒ぎがいくつかあった。

パンの値上がり。冬の疫病。古い地区での暴動未遂。

彼女は当時、それを「下々の騒ぎ」として遠くから聞いていただけだった。

そして、逃亡の夜。

彼女は使用人通路から裏へ逃げた。

もし王宮の外へ出られていたとしても、助けてくれる庶民などいなかっただろう。

むしろ石を投げられたかもしれない。

石は嫌だ。

泥も嫌だ。

水も嫌だ。

だから、先にパンを配る。

たいへん合理的である。

修道院の庭には、痩せた子供たちが数人いた。

シスターたちが薄いスープを配っている。

石畳の隙間には、春だというのに冬の匂いが残っていた。

コンスタンツェは、馬車から降りる時に裾を気にした。

泥は嫌いだ。泥は非常に嫌いだ。

あの豚小屋以来、土が湿っているだけで腹の底が冷える。

院長の老修道女が出迎えた。

「ルーデンドルフ公爵令嬢。このたびはご厚意を」

「厚意ではありませんわ」

イーダが後ろで小さく息を吸った。

コンスタンツェは続けた。

「余剰在庫の処理です。屋敷の倉庫に眠らせておくより、こちらで使った方がましでしょう」

院長は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに静かに微笑んだ。

「それでも、助かります」

まただ。

助かります、という言葉は苦手だった。

こちらは立派な心で動いているわけではない。

暴動を避けたい。

恨まれたくない。

生き延びたい。

そういう、たいへん美しくない理由でここにいる。

それなのに、感謝される。

感謝は時々、責められるより居心地が悪い。

子供のひとりが、馬車から降ろされる小麦袋を見て目を輝かせた。

コンスタンツェは思わず顔をそむけた。

「お嬢様」

イーダが声をかける。

「何ですの」

「あちらの子が、お礼を申し上げたいそうです」

「不要ですわ」

「ですが」

「礼を言われると、次も持ってこなければならない気がするでしょう」

「それは、よいことでは」

「危険ですわ。習慣になります」

そう言いながら、コンスタンツェはちらりと子供を見た。

痩せた男の子だった。頬がこけていて、袖が短い。彼はおずおずと近づき、小さな声で言った。

「ありがとうございます」

コンスタンツェは、どう答えればよいか分からなかった。

礼を受け取る資格があるのか。

ない。たぶんない。

だが、突き返すのも違う。

「……よく噛んで食べなさい」

結局、そんなことを言った。

男の子は不思議そうな顔をしてから、頷いた。

「はい」

イーダが横で、少しだけ笑った気配がした。

帰りの馬車で、コンスタンツェは不機嫌だった。

「イーダ」

「はい」

「なぜ笑いましたの」

「お嬢様が、意外と普通のことをおっしゃったので」

「普通は屈辱ですわ。わたくしは公爵令嬢ですのよ」

「では、高貴なお言葉でした」

「遅いですわ」

馬車が旧市街を抜ける。

通りには、洗濯物が揺れていた。

痩せた犬が水溜まりを避けて歩く。

市場の端では、女たちが声を低くして小麦の値を話している。

コンスタンツェは水溜まりから目をそらした。