軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 オスカーという保険

王宮の茶会は、春を飾り棚に並べたような催しだった。

薄桃色の花。白い卓布。蜂蜜漬けの果物。小鳥の声。婦人たちの笑い声は、磨いた銀匙よりも軽く鳴った。

コンスタンツェは、銀匙をできるだけ見ないようにしていた。

茶会そのものは、貴族令嬢にとって珍しいものではない。

むしろ退屈な日課に近い。

誰がどの椅子に座り、誰が誰に先に挨拶し、どの令嬢の髪飾りが季節外れで、どの夫人の笑顔に棘があるか。

それを数えるだけで、半日は潰れる。

だが、今日のコンスタンツェには目的があった。

オスカー・フォン・レーエンスベルク。

レーエンスベルク伯爵家の次男。

王宮書記局に籍を置く、目立たない文官。

会議録と諸侯請願を扱う男。

社交界では、華やかでもなければ、野心的でもない。

怠そうで、少し眠たげで、貴族令嬢たちの噂の中心になる種類の男ではなかった。

しかしコンスタンツェは覚えている。

一度目の断罪の場。

誰も彼女の言葉を聞かなかったあの広間で、オスカーだけが言った。

――この裁きは手続きが粗い。

彼女を愛していたわけではない。

同情したわけでもない。

おそらく、雑な手続きが嫌いだっただけだ。

けれど、あの夜のコンスタンツェには、それだけで十分だった。

真っ暗な水の中で、一瞬だけ見えた細い枝のように。

「お嬢様」

後ろからイーダが小声で言った。

「先ほどから、狩人のようなお顔をなさっています」

「失礼ですわね。わたくしはただ、命綱を探しているだけですわ」

「狩人より物騒でございます」

「命に関わるのです。多少は物騒にもなりますわ」

コンスタンツェは扇で口元を隠しながら、広間を見回した。

王太子アルブレヒトは、少し離れた場所で若い貴族たちに囲まれている。

笑っている。

その近くに、リーネ・フォン・アーレンスが立っていた。

白いドレス。淡い栗色の髪。細い肩。

彼女は美しいというより、壊れやすそうだった。

王太子が何か言うたび、リーネは控えめに微笑む。

だが、その微笑みには疲れがあった。

気づく者は少ないだろう。

アルブレヒトは気づいていない。

彼は、彼女が自分の庇護の中で安心していると思っている顔だった。

コンスタンツェは、すぐに目をそらした。

見てはいけない。

見ていると、また関わる羽目になる。

まずはオスカーである。

保険。命綱。手続きにうるさい男。

彼は窓辺にいた。

灰色の上着。

飾り気の少ない襟元。

手には茶杯ではなく、薄い書類の束。

茶会に出ていながら書類を読んでいる。

社交界での点数は低いが、コンスタンツェの中での安全評価は高かった。

顔立ちは整っている。

だが、それを売り物にする気配がない。

眠そうな目と、少しだけ皮肉な口元。

こちらを見ていないようで、おそらく部屋全体を見ている。

あの男だ。

コンスタンツェは深呼吸した。

「イーダ」

「はい」

「わたくしの笑顔は自然?」

「先ほどよりは」

「それは褒めていますの?」

「比較でございます」

コンスタンツェは扇を閉じ、窓辺へ向かった。

途中で二人の令嬢に挨拶され、三人の夫人に視線を向けられ、ひとりの若い貴族に道を譲られた。

以前ならそのすべてを当然と思っていた。

今は、全員が未来の証人に見える。

あるいは敵。

あるいは傍観者。

人間は、広間に多いほど怖い。

オスカーは、彼女が近づくと書類から目を上げた。

「ルーデンドルフ公爵令嬢」

落ち着いた声だった。

「レーエンスベルク卿。お邪魔かしら」

「茶会で書類を読んでいる人間に、邪魔かと聞くのは親切ですね」

「では、お邪魔ではないのね」

「いえ、邪魔です」

コンスタンツェは一瞬、言葉を失った。

この男、正直すぎる。

一度目でもこうだったのだろうか。

いや、きっとそうだった。

手続きが粗い、と断罪の場で言う男である。

空気を読む気が薄いに違いない。

「わたくし、あなたとはぜひ親しくしたいと思っておりましたの」

彼女は気を取り直して言った。

オスカーは、ゆっくり瞬きをした。

「えっ、なぜです」

「将来的に、命綱になりそうですので」

また沈黙。

窓の外で、小鳥が鳴いた。

その声だけが、たいへん平和だった。

「人間関係を救命具の棚のように扱う方は初めてです」

「光栄ですわ」

「褒めていません」

「知っております」

オスカーは書類を閉じた。

「私と公爵令嬢には、それほど接点がなかったはずですが」

「これから作ればよろしいでしょう」

「普通は、もう少し穏やかな理由を用意するものです」

「命は穏やかではありませんわ」

「何かに追われているのですか」

コンスタンツェは扇を開きかけ、やめた。

鋭い。

面倒な男である。

しかし、命綱にはこのくらいの強度が必要かもしれない。

「未来ですわ」

「未来」

「ええ。貴族令嬢は、いつだって未来に追われておりますの。婚約、結婚、家名、評判。どれも足が速いですわ」

「それは詩的な言い換えですか」

「命に関わる言い換えです」

オスカーは、少しだけ彼女を見つめた。

その目には、熱はなかった。だが冷たくもない。人を裁く目ではなく、記録する目だった。

コンスタンツェは少し落ち着いた。

裁かれるより、記録される方がまだましである。たぶん。

「あなたは、私に何を望んでいるのです」

オスカーが言った。

「手続きですわ」

「手続き?」

「あなた、手続きにうるさそうですもの」

「うるさいのではなく、粗い手続きが嫌いなだけです」

コンスタンツェは危うく「知っております」と言いかけた。

飲み込む。

彼は知らない。

一度目を知らない。

彼女が覚えているだけだ。

「そういうところが、たいへん頼もしいのですわ」

「求婚でもされた気分です」

「ご安心なさい。そこまで追い詰められておりませんわ」

「安心していい発言なのか、迷いますね」

ふいに、背後で小さなざわめきが起きた。

リーネだった。

彼女が茶杯を受け取り損ね、白い卓布に紅茶がこぼれたのだ。

ほんの些細なことだった。

だが王宮の茶会では、些細な失敗ほどよく目立つ。

近くの令嬢たちが、微妙な顔をした。

「まあ」

「お気をつけにならないと」

「王宮の茶器は軽くありませんものね」

言葉は柔らかい。

だが、薄い針が入っている。

リーネの顔が白くなる。

アルブレヒトがすぐに近づいた。

「リーネ、大丈夫か」

「は、はい、殿下。申し訳ございません」

「君は悪くない。慣れない場で緊張していただけだ」

王太子の声は優しかった。

その優しさに、周囲がさらに静かになる。

守られた娘は、時にいっそう孤立する。

コンスタンツェは目をそらしたかった。

関わるな。

命乞い帳にも書いた。

接近禁止。

ただし転倒時は助ける。

今は転倒ではない。

茶をこぼしただけ。

ならば助けなくてもよい。

助けない方がよい。

関われば危険。

リーネは俯いたまま、濡れた卓布に手を伸ばそうとした。

熱い茶がまだ残っている。

コンスタンツェは舌打ちしそうになった。

気づいた時には、足が動いていた。

「おやめなさい」

声が思ったより強く出た。

周囲の視線が一斉に集まる。

リーネがびくりと肩を震わせた。

コンスタンツェは内心で頭を抱えた。

怖がらせてどうする。これでは一度目と同じである。

彼女はできるだけゆっくり近づき、リーネの手首を取った。

「熱い茶を素手で拭く令嬢がありますか。火傷したいなら、もっと効率のよい方法をお探しなさい」

「も、申し訳ございません」

「わたくしに謝ってどうしますの」

コンスタンツェはイーダを呼ぼうとしたが、ここは王宮である。近くの給仕に目を向ける。

「新しい卓布と、冷水を。いえ、冷水は器に。床に広げないで」

最後の一言は、完全に私情だった。

給仕がすぐに動いた。

リーネは目を丸くしていた。

「あの……ありがとうございます」

「勘違いなさらないで」

コンスタンツェは小声で言った。

「あなたがわたくしの目の前で火傷などしたら、後々たいへん面倒なことになりますの」

「面倒、ですか」

「ええ。主にわたくしの未来が」

「未来?」

「比喩ですわ。非常に切実な比喩ですの」

リーネは理解していない顔だった。

当然である。

アルブレヒトが近づいてきた。

「コンスタンツェ」

その声には、驚きがあった。

「君が彼女を助けるとは思わなかった」

コンスタンツェは笑顔を作った。

また口角が上がりすぎた気がした。

「わたくしも思いませんでしたわ」

「何?」

「いえ、公爵令嬢として当然のことですわ」

アルブレヒトは、しばらく彼女を見ていた。

それから、どこか満足げに微笑んだ。

「やはり、君は少し変わった」

嫌な予感がした。

「リーネ、コンスタンツェは少し言い方がきついが、根は悪い人間ではない。これから頼るといい」

コンスタンツェは、心の中で叫んだ。

頼るな。

頼らせるな。

わたくしをこの娘の近くに置かないで。

リーネは困った顔で、しかし礼儀正しく頭を下げた。

「よろしくお願いいたします、ルーデンドルフ様」

――詰んだ。

コンスタンツェは扇で口元を隠した。

「ええ。火傷しそうな時だけ、声をおかけなさい」

「限定的ですね」

背後から、オスカーの声がした。

コンスタンツェは振り返る。

彼はいつの間にか近くまで来ていた。

眠たげな顔のまま、しかし目だけは面白がっているように見える。

「レーエンスベルク卿」

「救命具として、出番かと思いまして」

「あなた、意外と根に持つ方ですのね」

「記録に残す方です」

「もっと悪いですわ」

オスカーはリーネの手元を見た。

「火傷は?」

「しておりません」

リーネが小さく答える。

「それは何よりです」

彼は淡々と言った。それだけだった。

過剰に慰めもしない。

王太子のように、彼女を守る自分を周囲に見せることもしない。

リーネは、少しだけ息をついたように見えた。

コンスタンツェはそれに気づき、気づいた自分にまた嫌気が差した。

なぜ見てしまうのか。

見なければ、助けずに済むのに。

茶会は、その後も続いた。

だがコンスタンツェの胸は落ち着かなかった。

リーネとの接触。

王太子の満足げな顔。

オスカーの観察する目。

どれも命乞い帳に書き足すべき材料だった。

会の終わり際、オスカーが彼女の隣に並んだ。

「公爵令嬢」

「何ですの」

「あなたは、彼女を嫌っているのですか」

「誰を」

「アーレンス嬢を」

コンスタンツェはすぐには答えなかった。

一度目の自分は、たぶん嫌っていた。

正確には、見下していた。

自分より弱く、自分より白く、自分より王太子に哀れまれる娘を、苛立たしく思っていた。

二度目の今はどうか。

嫌いというより、怖い。

彼女の涙が怖い。

彼女の弱さが怖い。

彼女を守る王太子が怖い。

彼女の周囲に立ち上がる物語が怖い。

「嫌いではありませんわ」

コンスタンツェは言った。

「では、好きですか」

「その二択しかありませんの? 世の中はもっと不便にできていますわ」

「では、何です」

「危険物ですわ」

オスカーは眉を上げた。

「彼女が?」

「彼女というより、彼女の周囲に集まる善意と正義と保護欲が、たいへん危険ですの」

「なるほど」

「納得するのですか」

「少なくとも、あなたが何かを怖がっていることは分かります」

コンスタンツェは黙った。

オスカーは窓の外を見た。庭の噴水が、午後の光に白く跳ねている。

「水も怖いようですね」

心臓が跳ねた。

「貴族令嬢は泳ぐ必要がありませんもの」

「噴水まで避ける必要は?」

「開放型の罠ですわ」

「噴水が」

「水辺はすべて、油断した者を待っていますの」

オスカーは、少しだけ口元を動かした。笑ったのかもしれない。

「あなたの世界は危険でいっぱいですね」

「今さらお気づき?」

「ええ。あなたほど真剣に怯えている方は珍しい」

「失礼ですわね」

「臆病だとは言っていません」

「似たようなものですわ」

「いいえ」

彼は静かに言った。

「臆病な人間は、火傷しそうな他人の手を掴みに行きません」

コンスタンツェは、返す言葉を見失った。

褒められたのだろうか。

いや、違う。たぶん観察結果である。彼はそういう男だ。

「勘違いなさらないで」

彼女は顔をそむけた。

「わたくしは親切で助けたのではありませんわ。あの娘が怪我をすると、後でわたくしの立場が危うくなるからです」

「動機が汚い」

「善行にまで出自を問うなんて、貴族主義ですわ」

「あなたが貴族でしょう」

「都合の悪い時だけ思い出させないでくださる?」

オスカーは今度こそ、わずかに笑った。

それは華やかな笑みではなかった。

だが、広間で多くの人間が浮かべる磨かれた笑顔より、ずっと信用できそうに見えた。

「公爵令嬢」

「何ですの」

「あなたが私を命綱にしたい理由は、まだ聞かないでおきます」

「賢明ですわ」

「ただし、命綱は使用前に点検が必要です」

「どういう意味?」

「あなたの話は、いずれもう少し詳しく聞きます」

コンスタンツェは、扇を握る指に力を込めた。

「話すとは限りませんわ」

「構いません。話さない人間の行動を見るのも、書記局の仕事です」

「嫌な職場ですわね」

「私もそう思います」

会話はそこで切れた。

だが、妙な安心が残った。

オスカーは一度目を知らない。

彼は、毒杯も、豚小屋も、堀も知らない。彼女がどれほど情けなく死んだかも知らない。

それでも、今の彼女が本気で怯えていることだけは見た。

それは少しだけ、救いに似ていた。

茶会が終わり、馬車に戻る途中、コンスタンツェはイーダに命じた。

「命乞い帳を出しなさい」

「馬車の中ででございますか」

「今すぐですわ。忘れる前に書きます」

イーダは、もう慣れた手つきで帳面を差し出した。

コンスタンツェは揺れる馬車の中で、項目を書き足した。

二十二、リーネ・フォン・アーレンスは危険。ただし本人は悪くない可能性あり。

二十三、王太子殿下の善意はやはり危険。

二十四、オスカー・フォン・レーエンスベルクは観察力がありすぎる。保険として有望。ただしこちらの秘密まで見そうで危険。

二十五、噴水は敵。

二十六、火傷しそうな者を見ると、手が勝手に動く。要注意。

最後の項目を見て、コンスタンツェは深くため息をついた。

「お嬢様」

イーダが静かに言った。

「何ですの」

「火傷しそうな方を助けるのは、悪いことではございません」

「悪いことではなくても、危険なことはありますわ」

「それでも、助けられた方は覚えております」

コンスタンツェは窓の外を見た。

王宮の塔が遠ざかっていく。

その下に、あの広間がある。

一度目で誰も彼女の言葉を聞かなかった場所。

覚えているのは、自分だけだ。

毒杯の銀色も。

豚小屋の泥も。

堀の冷たさも。

あの夜、オスカーが言った一言も。

自分だけが覚えている。

だからこそ、今度は間違えられない。

コンスタンツェは帳面を閉じた。

「イーダ」

「はい」

「帰ったら、宝石箱を量りますわ」

「またでございますか」

「今回は正確に」

イーダが小さく息をついた。

「かしこまりました」

馬車は春の道を進んだ。

コンスタンツェは膝の上の命乞い帳に手を置き、唇を引き結んだ。

生き延びる。

そのためなら、命綱でも保険でも使う。

王太子の善意から逃げ、リーネの涙を避け、毒杯を拒み、豚小屋には近づかない。

ただ、一つだけ問題がある。

火傷しそうな手を、彼女はもう一度、掴んでしまうかもしれない。

それは命乞い帳のどこに分類すべきか、まだ分からなかった。