作品タイトル不明
11 騒動
ソフィアはセドリックに、婚約発表のパーティーにて聞かれたことについて返答した。
『パトリシアは実家のお屋敷で療養しつつ、ご両親から結婚後のアドバイスを聞き真面目にあなたとのことを考えているようでした』
そんなふうに記載する。
療養という体をとりつつも、両親からの教育のために屋敷にこもっていることを伝えた。
ソフィアが手紙に綴ったのは紛れもない事実であり、セドリックからは納得し感謝するような返信をもらった。
さて彼は何をするのか、こちらも対応できるように常にバグウェル伯爵やパトリシアがやってくるのを待った。
セドリックが行動を起こしても、ソフィアが直接対応をするわけではない。
まずはパトリシアやバグウェル伯爵に連絡が来るはずだ。
彼らが、ソフィアの想定している事態に陥った場合、すぐに動ける準備をして、日常を過ごす。
ある日フィーディング公爵邸で定例のパーティーが開かれた。
そこではアイリーンと先月分の、記録石の受け渡しを約束していた。
「四ヶ月先までは問題なく、記録を残せると思うわ」
そう言って、小さな革袋に入れられた記録石をソフィアに手渡した。
「そう長くかからないと良いのだけれどね」
「でももう、二ヶ月ぐらいは同行したいです。楽しいです」
「こら、ロレッタったら。これはお仕事なのよ」
「ごめんなさい、つい」
ソファー席に座って、アイリーンに同行してもらっているロレッタと三人でこっそりと言葉を交わす。
アルバートは交流のために今日は別行動だ。
穏やかな歓談の声とワルツの音色が響く美しい大ホールで、企みをもってこっそり話す三人は共犯者みたいで、なんとなく結束が強まった感じがした。
「あら、良いのよ。退屈だと思われているより、楽しんでくれた方がわたくしも気が楽だもの」
「あ、もちろん私も……楽しいの。ソフィア様」
「良かったわ、それで次の話だけれど……」
そうして今月の話をしようと、思考を巡らせると、キンッカラランと鋭い金属音がした。
誰かがグラスを落としたのか。それとも別のなにかか、自然とそちらへと視線を向ける。
途端、ホールに響き渡るような大きな声がする。
「俺は知っているんだからなっ! パトリシア、お前の本性を!」
声に驚きつつも、ソフィアはすぐに座面に手をついて立ち上がった。
それは夫婦でこのパーティーに出席していたセドリックの声だった。
彼は向かい合っているパトリシアをビシリと指さして怒鳴ると言うよりも、大勢に聞かせるような声で高らかに宣言する。
「は? なんなのよ、突然」
「お前なんてもう俺の妻じゃない! なんせお前は浮気しているんだから!!」
「なに? なんなのぉ?」
歓談していた貴族達も、ダンスを踊っていた貴族達も、皆彼らの方へと注目して、その様子を眺めている。
「ソフィア様、もしかして、今なんじゃ」
慌ててアイリーンも立ち上がって、ソフィアに渡したばかりの布袋を受け取る。
できるだけ急いで彼らの元へと向かう。
(それにしてもなぜ、こんな場で? おかしいわ!)
混乱しつつも到着したときにセドリックは言った。
「その証拠を俺は持ってる、お前は月に一度、療養のために実家に戻るが、実はその期間の半数以上は、浮気男の元で過ごしている! 俺のことを欺いて」
「は?」
「これがその証拠だ!!」
彼が出したのは一枚の紙、そこにはどこぞの貴族のサインがされていて、細かい文章までは読み取れない。
しかし周りに何事かと集まっていた貴族達はざわつき、それぞれが視線を交わす。
「ボルジャー子爵子息から証言をもらったんだ! いや、自白と言うべきか? お前は、実家に顔を出した後、彼のところへと向かって、蜜月の時を過ごしていたという証言だ!!」
ボルジャー子爵家はアストン伯爵家の親類に当たる貴族だ。
小さな領地がありたしかに公爵領からも近く、そちらに向かっていたというのは地理的にはさほど違和感がない説明である。
「二週間前、戻ったときのことも事細かに聞いたぞ!! 子爵家の小さな屋敷で仲睦まじくしていたと使用人からも証言を取っている!! これが証拠だ!! 見ろ!!」
「っ、は?」
(使用人の証言? 子爵家の使用人は平民でしょう? 簡単に買収される可能性がある以上証拠として扱われないわ)
「お前は、その美しさで男をたぶらかし、控えめなふりをして近づいて、獣のように男の愛情をむさぼったのだろ!! 病弱を盾にとってなんて性悪なんだ! それだから同性の友人の一人もできないんだ!」
そんな弱い証拠で、そんな主張を始めたとしても、無意味だ。
しかし、ソフィアはやっとセドリックの行動の意味を悟った。
明らかに証拠が弱い。その程度で離婚できるとは到底思えないレベル……だからこそ、この場を選んだ。
パトリシアが冷静に反論し、怒りを堪えて彼を詰めれば簡単に形勢は逆転する。
けれどもそうはいかない。
「なによ……なによぉ!」
「お前は最低な女だって話だろ! 情緒不安定で、被害者ずらばかりして、だから皆に嫌われているとも気が付かない」
「っ~!!!」
パトリシアは、ブルブルと震えて、目を血走らせて、爆発寸前だ。
セドリックは周りには、浮気の糾弾をしているように見せながら、パトリシアにはそのことを忘れさせて切れさせるために人格の否定で攻撃をしている。
(ここでパトリシアが我を忘れて自己弁護を叫びだしたら、浮気の言い訳をしているように取られてしまう!)
離婚をするには、きちんとした手続きを経て正当な裁判で離婚をすることは正攻法だが、貴族にとって体裁というのは非常に重要だ。
もし、こんな公の場でパトリシアが浮気をしたと多くの人が思えば、バグウェル伯爵は体裁を保つために離婚の話を受け入れるしかなくなる。
「ソフィア様、これ、これよ。一番キレイに移ってるわ!」
一歩踏み出すソフィアに、ハンカチにくるんだ記録石をアイリーンが手渡す。
「あ、ありがとうございますわっ」
それだけ言ってソフィアは渦中に飛び出した。