軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十話 シオンの決断1~エシャールへの審判~

「エシャール、お前に、裁きを言い渡す」

その声に、エシャールが顔を上げる。その顔を真っ直ぐに見据え、シオンは言った。

「お前がしたこと……、王に毒を盛ったということは決して許されることではない。しかし、イエロームーン公爵令嬢が証明してくれた。お前には殺意がなかったのではないか、と。毒であることも知らなかったのではないか、と。私は……、俺は、直接、お前の口から聞きたい。エシャール、それは本当なのか?」

突き刺すような、鋭い問いかけに、エシャールは……けれど、小さく首を振る。

「なにも……、私の口から言うことはございません」

彼は、ただ、口を閉ざす。

それは幼く……未熟な矜持。

この場で真実を言うことが“自身を救うため”の弁解となる。その状況が、彼の口を閉ざさせる。

エシャールは……裁かれたがっていたのだ。

公正を重んじる国の王子として、裁かれたいと願っていたのだ。裁かれることではじめて、自身がサンクランドの王子と認められるとさえ思っていた。

自分が助かるために、不変の正義に、サンクランドの清さに、汚点を残すようなことがあってはならないと……、そのような者はサンクランドの王子ではないと……そう考えていたのだ。

それは、確かにエシャールなりの矜持で……エゴだった。

シオンは、それを許さない。

「もし、本当にお前に毒を渡し、 唆(そそのか) した者がいるのなら、お前がなにも言わぬことで、その者は逃亡することとなる。その結果、さらに犠牲が出るかもしれない。それでも、お前は、その矜持を守るのか? それは……王に連なる者の矜持とは言えない」

エシャールに投げかける言葉、それは、かつて失敗を突き付けられたシオン自身も向き合ってきた言葉だ。

レムノ王国において、彼は失敗した。

裁かれぬことこそが恥であるという状況に陥ったあの時、シオンは裁かれることを望んだ。

その場でアベルに剣で斬られていたほうが、きっと楽になるだろうと……、それこそが、正義を語った自分がとるべき相応しい責任だとシオンは思っていた。

されど、帝国の叡智ミーアはそれを良しとはせずに、その失敗を、恥を、心に刻んで生きろと、シオンの感慨を一蹴した。

そして、そのうえで、なすべきことを指し示したのだ。

今でもシオンには羞恥心がある。

自分には「正義」や「公正」を口にする資格はない。どの口で物を言えるのかと、恥じることばかりだ。

けれど、それでも彼はエシャールに言わねばならなかった。

ただ黙って、なにもせずにいることもまた、正義とは言えないことだから……。

口を閉ざし、なにもせずにいることは逃げること。

それでは、エシャールのためにならない。それは、ミーアの示してくれた道ではない。

なすべきことをなさねばならない。だが、正しきこと……、今なすべき正義とはなにか……?

王とはなにか……?

自身に問いかけつつ、シオンは言葉を紡ぐ。

「兄上……」

シオンの言葉を受けたエシャールは……、泣きそうな顔をした。彼はそのまま顔を伏せてから……ぽつり、ぽつり、と話し始めた。

「まことでございます。信じていただけるかはわかりませんが……、確かに私は、開放市場にて見知らぬ男からあの薬を渡されました。軽い腹痛を起こすものだと、教えられていました」

エシャールの声が震え、掠れる……。王子の仮面がはがれた、年端もいかぬ少年の顔で、彼は言った。

「迂闊なことだったと……今では思います。シオン兄さま……。ぼくは、あれの効果を確かめもせずに、シオン兄さまに飲ませようとしたのです……。自分でも……よくわからないんです。いったいなぜ、あのようなことをしてしまったのか……」

困惑するように、エシャールはつぶやいた。

「ぼくは……ずっと、シオン兄さまにかなわない自分に、口惜しい思いがありました。それが……おさえきれなくなって……。そんな時に、あの薬が目に入りました。あれは、ささやくんです。大丈夫だから飲ませてしまえ、と……。ちょっと痛い目を見せてやれば、すっきりすると……。ぼくは、その誘惑に負けました」

そうして、エシャールは頭を下げた。

「あとのお裁きは、すべてお任せいたします。サンクランドの正義を汚さぬように、公正なる裁きを……」

っと、それから、少しだけ悩む様子を見せた後……、

「それと、毒を渡してきた者は、騎馬王国の者のようでいて……どこか違う。そんな印象でした。格好だけ装ったという感じではありませんでしたが……ぼくの知る騎馬王国の者とは少し違うような……」

小さく首を傾げてから、エシャールは言った。

「どこがどうとは言えないのですが……」

「匂い……ではないかしら?」

不意に、横から声が聞こえた。見ると、ラフィーナが真剣な目で見つめていた。

「匂い、ですか?」

「ええ。騎馬王国の者たちは、馬に危険が及ばぬように、 あ(・) る(・) 種(・) の(・) 肉(・) 食(・) 獣(・) を寄せ付けない、特別な香油を身にまとうもの、と聞いたことがあるわ。気にしていなければ気付かないことだけど、もしかしたら、その男は、それをつけていなかったのかもしれない」

ラフィーナの言葉に、エシャールは首を傾げる。

「そう……。ええ、そうなのかも……しれません」

エシャールが小さく頷くのを見て、シオンが口を開いた。

「エシャール……、よく素直に話した」

その言葉に、エシャールが姿勢を正す。

「お前も言った通り、お前のしたことは、決して許されることではない。国に混乱をもたらす重罪、もしも父上が亡くなっていたら、極刑は免れなかったことだろう。助かったといっても、これをなにも罰せずにおくことは公正さを損なうことにつながる」

サンクランドの公正さは、純白の清さだ。

それは、一点のシミすらも許さない。ひたすらに白く、清く、それゆえ、罪悪をそのままにすることは許されない。裁きは必ず与えられなければならない。

「しかし、俺はラフィーナさまのお考えを聞き、さらにミーアの言葉を聞いた。それらすべてを聞いたうえで……、お前への罰に猶予を与えるという、ミーアの意見が正しいと考える」

それは、ミーアの意見に対する全面的な同意だった。

「猶予……しかし、シオン兄さま」

「あくまで猶予だ。罪を帳消しにするわけではない」

シオンは、そう断言したうえで、

「そして、その猶予が終わる時までは、エシャールがこの件にかかわったという情報は伏せる」

「しかし、それで、みなの納得が得られるでしょうか?」

不安そうな宰相にシオンは笑った。

「犯人は、風鴉を手玉に取った者の仲間だ。であれば、パーティー会場にひそかにまぎれ、毒を混ぜることも可能だろう」

シオンは、犯人を混沌の蛇と断定する。というより、そういうことにしてこの件を処理しようとしている。

そして、その件に関してはそれで押すしかない。

無関係の人間をスケープゴートとするような真似は、シオンにはできないからだ。

「だが……」

と、ここでシオンは難しい顔をした。

「このままエシャールをサンクランドにいさせるわけにはいかない。ゆえに、お前を国から出すこととする」

万が一、蛇が接触を図ってきた場合、サンクランドにいては「猶予」を維持することは難しい。厳正なる裁きを求める声が起これば、それに耳を傾けざるを得ないだろう。

また、国内で「功績を立てて罪を贖え」というのもなかなかに難しい。王子であるがゆえに、国内では、功績を立てることの難易度は高くはない。

だが、それではおそらくエシャールも納得しない。

シオンが求めるのは、エシャールの成長だ。そのためには、いっそのこと遠く離れた地に行かせたほうが良いのではないか、と彼は考えた。

無論、信用できる国があれば、ということは大前提だ。

下手をすれば、サンクランドの弱点にもなりえるエシャールを他国へと預けるのだ。相応の危険は当然に伴う。ヴェールガ公国のラフィーナのもとか、もしくは……。

「ならば、その役目、我がグリーンムーン家が受け持ちますわ」

そこで、意外な方向から声が上がった。

エメラルダ・エトワ・グリーンムーンは、ようやく自分の出番が来た、とばかりに胸を張った。

「いや、しかし……」

と、一瞬、言いよどむシオンに、エメラルダは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「あら、シオン殿下。私はエシャール殿下の婚約者ですのよ? その資格はあると思いますけれど……」

「いや。エメラルダ嬢、このようなことになった以上、此度の縁談の話は……」

と慌てた様子を見せるのは、今回の話を取りまとめたランプロンである。対して、エメラルダは笑みを浮かべたまま、首を振った。

「あら? ランプロン伯、それは、私に恥をかけとおっしゃっているのかしら? あれだけ、みなの前で大々的に発表をしておきながら、今さらなかったことになどできるはずもございませんでしょう?」

そう言われては、是非もない。もともと、サンクランドの過失で、エメラルダには迷惑をかけている以上、文句を言える筋合いでもない。

「幸い、我がグリーンムーン家は、外国とも伝手がございます。サンクランドの貴族にも、ランプロン伯爵さまのように、縁がございますわ」

エメラルダは、王妃のほうに顔を向けて、優しい笑みを浮かべる。

「ご家族のもとを訪れることも容易ですし、知見を広げるのにも良い環境ですわ」

「まぁ……、エメラルダさん」

感動した様子を見せる王妃を見て「エメラルダさん、なかなかやりますわね……」などと、ミーアがつぶやいていたりもしたのだが……。

それはさておき、シオンは夏の出来事を思い出していた。

グリーンムーン家の保有する船でガレリア海に出たこと……。あの経験は確かに貴重なものだった。世界を見て、視野が広がったほうがエシャールのためにもなるのかもしれない。

シオンは父と母に目線を送ってから、エメラルダのほうに顔を向けた。

「では……お願いしたい。弟のことを、よろしく頼む」

そうして、頭を下げるシオンを見て、ミーアは、ホッと安堵のため息を吐いていた。

――ふぅ、これでなんとかなりそうですわ。こちらとしても、エメラルダさんがイケメンの婚約者をゲットしたうえに、連れて帰れるとは願ったり叶ったりですし……。もっとも、帝国に来る名目は整えなければなりませんし、本当の事情をグリーンムーン公爵にはお伝えしなければいけないでしょうから、婚儀は難しいかもしれませんわね……。

それに……、とミーアはエシャールのほうへと目を向けた。

――エシャール殿下のシオンに対する気持ちも、解消されたわけではありませんし。むしろ、このような温情、ますます彼を追い詰めてしまいそうですわね……。

そうは思ったものの……、それでも……ミーアは思っていた。

問題はあらかた片付いたぞー! と。

これでもう、自分の出番は終っわりだー! と……。

油断していたのだ。完全に、油断しきっていたのだ。

けれど……、

「ああ、それともう一つ……。しておかなければならないことがあった……。アベル王子をここに連れてきてもらえるだろうか?」

不意にシオンが言った。

――はて? どうしてアベルを呼んだのかしら?

首を傾げるミーアの目の前で、シオンが笑った。

「エシャール、お前に見せておきたいものがあるのだ」