軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百十七話 ミーア姫、封じられる!

怪訝そうな顔をするキースウッドに、コネリーは小さくため息を吐きつつ言った。

「いや、実は、こちらのお嬢さまが、お城の中でお二人を見かけたとかで……」

見つかってしまっては仕方ない、と、コネリーは肩をすくめる。

もっとも、もともとそこまで隠れて尾行していたわけでもない。ただ少しばかり気になったから、ついてきただけなのだ。

――これ以上、ついていくことはできなくなったが、この少女を預けて、退散するとしようか。

これで、自分の役目は終わり……、と、そう思っていた……ちょっぴり油断していたコネリーであったが……。

「なるほど、そうでしたか……いや、逆にちょうどよかったかもしれない。我々だけで行っても後々で問題になっていたでしょう。ランプロン伯の警護担当のあなたに証言してもらえれば好都合です」

そうそう上手く逃げられるほど、彼の運命は甘くはないのだった。

「証言……? なんのことでしょうか?」

首を傾げるコネリーに、キースウッドはあっさりと言った。

「実は、これから、エシャール殿下の部屋を、検めるところなのです」

「…………はぇ?」

コネリーは、自分がとんでもない場面に出くわしてしまったことに、遅まきながら気が付いた。

「なっ、なにを言っているのです? はっは、そのような冗談。ああいや、冗談にしても不敬。聡明なキースウッド殿らしくもない……」

笑って誤魔化そうとしたコネリーであったが……、すぐに思い知ることになる。

キースウッドは本気だ、ということ。なにしろ、その目は一切笑っていない。

助けを求めるようにディオンを見ると、彼は薄っすら笑みを浮かべているが……怖い。

こいつぁ、笑いながら大軍に突撃できるヤバいやつに違いない、と勘付いたコネリーは、最後の最後、帝国の叡智ミーアの連れの少女に、希望を託した視線を向けた。

その少女、ベルは……、

「すごい……王子さまのお部屋に忍び込むなんて、冒険ですね! さすが、天秤王の忠義の騎士、キースウッド! それに、ディオン将軍まで、ふわぁ!」

目をキラッキラさせていた!

――ああ、ダメだ。これはもう、止めることはできなそうだ……。

どんよりと気落ちするコネリーに、キースウッドはきびきびした口調で言った。

「ベル嬢まで一緒に来るのは少し危険だが……仕方ない。時間がないので急ぎます。コネリー殿はベル嬢を守りつつ、ついてきてください。あと、これを……」

っと、キースウッドは、目元を隠す覆面を渡してきた。

「これは……」

「顔を見られぬよう、念のためです」

「…………そういえば、何度か、覆面の二人組が小規模の盗賊団を潰したという話を耳にしたことがあるような……」

「……シオン殿下は正義感の強い方なので、苦労が絶えませんよ」

肩をすくめるキースウッドに、ちょっぴり同情してしまうコネリーであった。

見張りの位置を完璧に把握していたキースウッドの案内で、さしたる障害もなくエシャールの部屋まで辿り着いた。

最大の危機は、ベルが転んで「ふひゃっ!」と悲鳴を上げ、それを聞きつけた見張りがやってきた時だったが……。

駆け付けた見張りは、難なくキースウッドとディオンが連携して殴り倒した。

幸い命を奪うことはおろか、怪我さえさせぬように気を使えるほどの実力差が見張りとの間には存在した。

鮮やかに見張りの意識のみを刈り取ると、ディオンは、ベルのほうに目を向けた。

「え……えへへ」

照れたように、誤魔化すように笑うベルに、ディオンはため息を吐いた。

「やれやれ……。いつぞやの森での姫さんを思い出すな」

それから彼は、キースウッドのほうを見て……。

「しかし、やるな。シオン殿下も剣の才能の片鱗が見えたけど、君もなかなかだよ」

「それはどうも……」

「一度、手合わせをお願いしたいものだね。この国にいる間に」

「はは、遠慮しますよ。とても太刀打ちできそうもない」

笑って誤魔化しつつ、キースウッドは冷や汗をかいていた。

ディオン・アライア、その身から発する、圧倒的な強者の空気に、思わず気圧されてしまう。

太刀打ちできないどころか、剣を抜く前、敵として向かい合った時点ですでに逃げたくなりそうな、鬼神のごときその凄味に、キースウッドは……ミーアの料理のような恐怖を覚えていた。

――ミーア殿下を調理場に立たせてはいけないように、間違ってもキノコ料理を作らせてはいけないように……ディオン・アライアと戦場で対峙することは避けるべきだな。もしも帝国と戦争になりそうになったら、全力で止めよう……うん。

微妙に、胃が痛くなってくるキースウッドであった。

さて、エシャールの部屋に滑り込んだところで、コネリーは改めて言った。

「キースウッド殿、いくら貴殿といえどもこのようなことは……」

「許されるものじゃない。はい。百も承知です」

厳しい顔をするコネリーに、キースウッドは苦笑する。

「ただ、場合が場合です。納得していただく。サンクランド王家の危機なのです」

「王家の……?」

「どうやら、怪しげな人間が、第二王子殿下に毒を渡したらしい……という話があってね」

キースウッドの説明を引き継いで、ディオンが言った。

「なっ、どっ、毒ですと?」

「まぁ、あくまでも、噂なんだけどね」

それを聞いてコネリーは、小さく首を振った。

「な、ならば、やはりそのような礼を失することを容認するわけには……」

「だけど、だいぶ可能性は高そうな感じなんだよね。開放市場に出入りしていた男から渡されたって話なんだけど……」

その言葉に、思わずギョッとした顔をするコネリー。

「かっ、開放市場、ですか……」

声が震える。目が泳ぐ。隠し事のできない人である。

それを見たキースウッドが、はて? と首を傾げた。

「どうかしましたか? コネリー殿」

「いえ……その」

言い淀むコネリーの肩に、すかさずディオンが、ポンっと手を置いた。

「なにか、心当たりがあるのかい? だったら、正直に話しておいたほうがいいと思うけど……」

「あーえー、その……」

微妙に目を逸らした先、小さく首を傾げるベルの姿が見えた。じっと、こちらを見つめている。その澄んだ瞳を見てしまったコネリーは、うぐぅっとうなり、

「実は……」

つい、本当のことを言ってしまうのだった。

純粋無垢な子どもの前で嘘が吐けるほどの胆力は、彼にはなかった。基本的に正直な、いい人なのである。

「以前に開放市場に行った際、エシャール殿下とはぐれたことがありまして……」

それを聞き、ディオンは吹き出した。

「あはは、正直に話しちゃうなんて人がいいなぁ。でも、ほかの人には言わないほうがいいよ。責任を問われることになるから」

「やはり、そうでしょうな。しかし……」

「いや、というか、黙っててくれ。うちの姫さんは、あまり誰かが処刑されたりとか、そういうのが好きじゃないお方なんでね。無駄な心労をかけたくない」

真面目な顔で言うディオンに、コネリーは静かに頷いた。

「しかし、それならば、なおさら、あなたには協力していただくべきでしょう。エシャール殿下を救うためでもあるのですから」

そのキースウッドの言葉に、コネリーはしばし黙り込み……、

「……そうですな。どうやら、私も協力せざるを得ないようだ」

やがて小さくため息を吐いた。そうして、あの時のことを思い出す。

「少なくとも、エシャール殿下は、なにかそれらしいものを持ってはおられませんでした。ということは、探すべきものは、あまり大きくはないもののように思います」

エシャールの部屋は、なかなかの広さだった。

もともとが戦城として作られたソルエクシード城であるがゆえに、一部屋の広さはそれほどではないものの、その部屋が三つ連なっていれば話は別だ。

一室は、多くの蔵書が納められた本棚のある部屋。書き物をする机なども置かれている。二つ目は、宗教画などが飾られた部屋だった。食器の類が置かれていることから、おそらくはアフタヌーンティーなどで使われている部屋だろう。

三つめは天蓋付きの巨大なベッドが置かれた部屋だった。

「これはまた……。この中から探すのは、なかなか大変そうだな……」

ざっと部屋を見たディオンは、ため息まじりにつぶやいた。

「それも、どんなものかもわからないうえに、肌身離さず持ち歩いてる可能性もあるんじゃあ、探しようがないと思うけど……」

肩をすくめるディオンに、キースウッドは首を振った。

「さすがに、今日のパーティーに持ち込むということはないのではないかと。晴れ舞台ですからね。しかし、もらってすぐに捨ててしまっているかもしれないから、見つからないことは当然あるかと思います。それはそれで……って、ベルさま、なにをなさっているんですか?」

床に這いつくばるようにして、ベッドの下を覗き込んでいるミーアベルに、キースウッドは、ちょっぴり呆れたような視線を向けた。

「前にリーナちゃんが言ってました。貴族の男の子は、ベッドの下とかに、見られたくないものを隠すものなんだって……」

振り返ったベルは、にっこり無邪気な笑みを浮かべる。

「えへへ、リーナちゃん、なんでも知ってるんですよ。なにも知らなくても、『あのこと、知ってるよ』って言うと、男の子は焦っていろいろなことを話してくれるとか。ほかにもいろいろ……」

コネリーは、脳裏にシュトリナという少女の姿を思い浮かべた。可憐ながらも、どこか、ちょっぴり妖しげな雰囲気を秘めた少女……。

――なるほど、さすがはミーア姫殿下が連れている少女だ。一筋縄ではいかないのだろうな……。

っと、立ち上がったベルは、考え事をするように腕組みをし、枕の下に手を入れた……、瞬間、

「あっ……」

小さく声を上げ、引き抜いた腕。その手には、なにかが握られていた。

顔を近づけたキースウッドは、怪訝そうに眉をひそめた。

「小さな馬のお守り(トローヤ)ですか。なぜ、そんなものが、枕の下に……」

首を傾げるキースウッドに、ベルは、しかつめらしい顔で言った。

「ボクは作ったことがあるんですけど、このお腹の部分に芯を入れて、その上から編み込んでいくんです。それで、作った後、その芯を抜くと、ここにスペースができて……」

ベルは、お守りのお腹の部分をぐいっと開いてみせる。

「ほら、ここ、なにかを隠しておけるように作れるんです」

そうして、中から現れたもの……、それは、黒い粉がたっぷり入った小さな瓶だった。

「これが、エシャール殿下の部屋から見つかったものです」

それを見て、ミーアは思わずため息を漏らしかけた。

――キースウッドさんが、今日のパーティーより先にあれを見つけていれば、こんなことにはならなかったですわね……。

けれど、それは結果論と言うべきかもしれない。

今夜、毒が使われたからこそ、第二王子の部屋を探るなどという無礼が許容されるのだ。毒の情報が確定ならば別だが、それを証明するには、ミーアが未来のことが分かっていることを上手いこと説明しなければならないわけで……。

――まぁ、無理でしたわね。ここは暗殺を防げただけで良しとするべきでしょう。

そう考えていたミーアは、ベルたちがもたらした新情報は、別になんの影響を与えるものでもないと思っていた。

使われた毒が実際に見つかっただけなのだ、と。でも……。

「よろしいでしょうか?」

シュトリナが一歩前に出て、その小瓶を受け取った。それを軽く振ってから、

「なるほど。僭越ながら、これは、エシャール殿下に殺意がなかったことの傍証になるかもしれません」

シュトリナは言った。

「どういうことだろうか?」

怪訝そうな顔で尋ねるシオンに、シュトリナは一度頷いて、

「先ほど、リーナはエシャール殿下に聞きました。ワイングラスにどれほどの量を入れたのか? と。そうしたら、エシャール殿下はお答えになりました。一つまみ……と」

シュトリナは、毒薬の入った瓶を光に透かすように、掲げ持って言った。

「これだけたくさんあるのに、一つまみしか入れなかった。毒を使うのであれば確実に死ぬように、もっと多く入れるのではないでしょうか? 相手を殺すためならば、少なすぎて死なない、などということがあってはなりません。パーティーの中で、直接、自分の手で渡すのです。バレる危険が高い以上、確実に殺したいはず。やり直すことを考えないのであれば、余らせる意味もない。でも、エシャール殿下は、これだけたくさんの毒薬があるのに、控えめに一つまみしか入れなかったのです」

ミーアは、それを聞いて「なるほど!」と思わず納得する。

それはちょうど、“砂糖がいっぱい入った小瓶”に似ている。

もしも、砂糖が半分しかなければ、なんだか、ちょっぴりもったいなくなってしまって……、紅茶に入れる量もおのずと減るものである。毒も同じように、最初からちょびっとしかなければ、使う量も一つまみになるのかもしれない。

けれど、溢れるほどあるならば、むしろ、多めに入れてしまうのが人間というもの。

少なく入れて渋い紅茶より、入れすぎて甘ぁぁあくなってしまった紅茶のほうが良いのは、ミーアの中で自明の理なのである。

――溢れるほどあるのに、少しだけしか入れない……。その裏にある心理とは、つまり、多く入れすぎたらマズいというもの……。多すぎてバレないように、ということはあるのでしょうが、一つまみというのは、それでも少なすぎる……。ふむ、これは、意外と説得力はあるかもしれませんわね。

「これだけの量の薬があるなら、ネズミかなにかで試してみるでしょう。リーナならばそうします。そうして、薬の効果を確認するでしょう」

サラッと怖いことを言って、シュトリナは可憐な笑みを浮かべた。

「でも、たぶん、エシャール殿下はそれすらしていない。殿下の毒の入れ方は、明らかにバレても構わないというもの、衝動的なものでした。誰かを殺すための毒ならばバレないように入れるでしょうし、バレても構わないと思って毒を入れるなら、確実に相手を殺すでしょう。そういうものではないでしょうか?」

ひたすらに物騒なことを口にする、シュトリナの表情は、けれど、乙女のように穏やかだ。

唯一無二の真実を口にするような、確信に満ちた声で、シュトリナは告げる。

「だから、リーナは思います。たぶん、エシャール殿下は衝動的に入れてしまったのだと。しかも、毒だとは思っていなかったし、そもそも使うつもりがなかった。でも、手元にあったから、衝動的に入れてしまったのです」

その言葉には奇妙な説得力があった。当然だ。彼女は専門家。その心理も含めて、よく理解しているものだ。

そんなシュトリナにミーアは大きく頷いてみせた。なんだったら、拍手でもしてやりたいぐらいだった。

彼女により、エシャールの殺意に関しても、十分に疑いの余地が生まれたのだ。

――ふむ、良い感じですわ。ラフィーナさまと、リーナさんのお話で、ますます罰を軽くするほうに流れができつつありますわ。これならば、シオンもきっと、処刑しろとは言わないんじゃないかしら!

後はシオンの判断を待つばかり、と、ミーアは、ふーぅっとため息を吐く。

……その時だった。

「ミーア……、君はどう思う?」

そんな声が飛んできた。

――ふむ、仕上げですわね。さぁ、ミーアさん、気の利いたことを言ってやるといいですわ。シオンのお尻を蹴っ飛ばして、さっさと沙汰を言い渡させてやるといいですわ。さぁ、さぁ、ミー……あら?

と、そこで、ミーアは気付く。

専門家二名のアドバイスの後、なぜだろう……、シオンは…………、完全に傍観者面をしていた、ミーアに判断を仰いできたのだ、と!

「…………はぇ?」

ぽかーんと口を開けそうになるミーアに、その場のみなの視線が集まった。

――え? あ、お、ああ、えーっと、なんでしたっけ……。

ミーア、かひゅーっと息を吸い、なにか言おうと口を開けかけて……、その瞬間、喉に違和感を覚える。

かさかさした、なんとも言えない感じ……。声を出そうとしても、けふっとむせてしまう。

――あっ、こっ、これは、まさか……毒っ!?

……否、出がけにパクついたクッキーが水分を吸い取っていっただけである。

声を封じられたミーアに、最大の危機が迫っていた。