軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十話 ミーアに巻き込まれた人々

「ここが、ペルージャン農業国……」

ガタ、ゴトと揺れる馬車の中、クロエ・フォークロードは、一面に広がる畑を眺めていた。

「すごい。見渡す限り畑なんだ……」

「我が国土に畑以外の場所はなし、というのがこの国の国是だからね」

「こんな広大な畑、初めて……」

幼い頃より、マルコについて、いろいろな国を回っているクロエだったが、ペルージャンに連れてくるのは初めてだった。

ペルージャンはどちらかといえば、退屈な国だ。

マルコなどは、その農耕技術を見ているだけでも興味がわいてしまうが、子どもは暇を持て余すだろうと、連れてくることはなかったのだが……。

今回の旅への同行を、クロエは強硬に願った。

先日、過労によって倒れた父、マルコが、再び無理をしないように、見張ろうというわけだ。

「別に無理をしようとは思っていないのだが……」

そもそも今回は、顔つなぎのために感謝祭に行くだけである。もちろん、良い作物があれば買い付けることもするだろうが、どちらかといえば肩の力の抜けた旅だった。

しかし、まぁ、そんなことは思ったものの、マルコは娘の同行を止めなかった。

それは、自分を気遣ってくれる娘が可愛かったから……というわけではない。いずれ娘が巻き込まれるであろう巨大な流れ……、皇女ミーアの生み出す壮大な構想にかかわることになるのであれば、食糧の輸送ルートについて、頭に入れておいて損はないからだ。

――それに、いずれは我がフォークロード商会を任せるのであれば、いろいろなところで人脈を作っておくのが肝要。幸い、ペルージャンのユハル陛下は温厚な人物だ。平民のことを見下したりもしないし、きちんと話を聞いて下さるだろう……。クロエに紹介するには、ちょうど……。

「楽しみだなぁ。ラーニャさまの感謝祭の舞……」

「……うん?」

あまりにも自然に娘の口から出た名前……、一瞬聞き逃しそうになったマルコであったが……、

「今、なんと?」

「セントノエルで仲良くしていただいているラーニャさまが、お祭りで感謝の演舞をなさるの。見に行く約束をしたのよ」

クロエはニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていた。

当たり前のように、ペルージャンの第三王女と友だちであると語る娘に、マルコは思わず驚いてしまう。

なるほど、たしかにミーアやラフィーナ、生徒会の王子たちもそうだが、クロエの近くには、雲上人がたくさんいる。

それはもう、マルコでは会うことすら難しいような、王侯貴族がひしめき合っている。

だからまぁ、ペルージャンの姫君と、クロエが友だち関係を築いていること自体は、驚くに値しないのかもしれないが……。

むしろ、マルコが驚いたのは、クロエの交友関係の広さのほうだった。

恐らくはミーアを通して、親しくなったのだろうとは思う。けれど、きっかけがどうあれ、きちんと関係を築き、舞を見る約束までしたのだという。

これは、マルコにとって驚きだった。

クロエは引っ込み思案で、内気で……、いつでも自分の陰に隠れているような娘で……、セントノエルからたまに帰ってきた時も、それは変わらないと思っていたのだが。

――そうか、変わったんだな……クロエも。いや、大人になったということなのだろうか。

それもこれも、すべては、かの帝国の叡智、ミーア・ルーナ・ティアムーンの影響だろう。

――あの方は、クロエを、私が想像もできないような場所に連れて行ってくださるのかもしれない……。

子は、親を離れ、親を超えていくもの。わかってはいても、マルコの胸に、一抹の寂しさが過ぎる。

「お父さま、大丈夫ですか? もしかして、具合が……?」

ふと視線を上げると、クロエが心配そうな顔で見つめていた。

「いや、なんでもないよ。大丈夫だ」

まさか、娘の成長に接してしまって、ちょっぴり寂しい……なぁんて言えるはずもないわけで……、ついつい言葉を濁してしまうマルコである。が、それが逆にクロエの不安を煽ったらしい。

「お父さま、商談などは控えめにしてください。もしも、必要があれば、私が……」

などと……なんとも頼もしいことを言ってくれるクロエに、またしてもマルコはウルっとしてしまう。

「お、お父さま……?」

「ああ、いや、なんでもないよ。そうだな……、私が休んでいるわけにはいかないが、お前にも商談の様子を見せておくことには意味があるだろう」

うんうん、と頷いてから、マルコは笑みを浮かべた。

「クロエ、学校は楽しそうだな」

「え? あ、はい……。とても充実した時間を過ごすことができています」

「そうか……」

嬉しそうな笑みを浮かべるクロエに、

――私も、そろそろ隠居を考える時が来たのかもしれないな……。

……マルコは、甘く見ていた。

ミーアに近づいた者は、誰も巻き込まれずにはいられないということを、彼は知らなかったのだ。まさか、娘だけでなく自らもまた、その流れの中に巻き込まれつつあるなどとは、思ってもみなかったのだ。

ミーアが方々にばらまいた種が芽吹き……、一つの実りをなそうとしていた。

ペルージャンの夜が今、明けようとしていた。