軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話 商人王シャローク・コーンローグの華麗なる人生

商人王、シャローク・コーンローグ。

大陸を襲いし大飢饉、それを商機として、一挙に食糧の流通網を掌握。複数の商会を吸収統合し、数多の独立商人たちをも手中に収めた彼は、やがて「商人王」を名乗るようになる。

その後の彼の人生もまた、富と栄華に溢れたものだった。

たしかに、彼には優れた商才があった。そして、金を司る強欲な神にも愛されていた。

富はさらに膨れ上がり、彼は未だかつて誰も到達したことのない場所にまで、上り詰めた。

これは混乱期の英傑、シャローク・コーンローグの華々しき人生の、終幕の物語。

シャローク・コーンローグは、とある取引に向かう途中に倒れた。長年の過食と運動不足とが原因だった。

命は長らえたが、体を動かすことも口を利くこともできなくなり、ただベッドの上で、流れゆく状況を見守ることしかできなくなった。

妻も子も、兄弟もなかった彼の財産は法に従い、すべて彼の 使用人頭(しようにんがしら) が代理として治めるようになった。

彼の「神」は彼を助けてはくれなかった。それどころか、彼の使用人頭の手によって、じわじわと目減りしていった。

シャロークの商才は、彼の部下には引き継がれることはなかったのだ。

「愚か者がっ!」

幾度、叫びたいと願ったことだろう。

シャロークの目から見れば、明らかに誤った契約を迷うことなく締結する使用人頭。その愚劣さに、幾度、口出ししたいと思ったことだろう。

けれど、そんな状態もほどなく終わる。

命の日が尽きようとしていた。

贅沢な調度品に溢れた王の部屋、民衆の一生分の稼ぎをもってしても手に入れることができない豪奢なベッドの上で。

この地上で最も富んだ王は、死んだ。

誰からも見送られることなく……否、誰から見送られることも拒否して。

ただ独りで、空しく、その生涯を終えた。

……そんな夢を見た。

「……ふん、くだらない夢を見たものだ」

揺れる馬車の中、シャロークは独り言ちる。

それは、商人として、望みうる最高の場所に立った自分の、最晩年の夢だった。

金を神とした男の末路の夢だ。

奇妙にリアリティのある夢は、苦い後悔で彩られていて……。

「あの小娘に会ったせいか。くだらんな……」

シャロークは、鼻で笑い飛ばす。

帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーン。かの帝国の叡智の言葉が頭の中に残っていた。

「金より大切なものか……」

友情、忠義、信頼、感謝……。皇女ミーアが言った金より価値を持つものたち。

「くだらぬ戯言、綺麗事にすぎん」

それらは、シャロークが切り捨ててきたもの。否、二束三文で売り払ってきたものだ。

友情など、金貨一枚で売れれば上等。

感謝など、されたところで一文の得にもならない。

金がすべてではない。金より大切なものがある……、それは、彼にとっては負け犬の常套句に過ぎなかった。のだが……。

「あの小娘め……」

ギリッと、奥歯を噛み締めて、シャロークはつぶやく。

かの帝国の叡智、紛れもなく富む者で、莫大な力を持つ権力者が、それを言ったのだ。

「金などよりよほど大切なものがある」と。

シャロークのこれまでの生き方を、すべて否定して見せたのだ。

その衝撃は、思いのほか大きかった。

「くだらないことを聞いてしまったから、つまらない夢を見てしまった。なにが帝国の叡智だ。まさか、あの程度の損得勘定ができぬとは思わなかった。あんなものを叡智などと祭り上げていては、帝国は長くはないな」

吐き捨てるように言って、彼は嘲りの笑みを浮かべようとして……失敗する。

彼の中の、なにかが告げていた。

あの夢は真実である、と。

遠い未来、あれとそう大差ない、温かみのない最期を自分は迎えるであろうと……。

けれど……、

「だからと言って、今さら生き方を変えられようはずもない」

人生の半ばも過ぎたころに、己がこれまでの生き方を否定することなど、できるはずがない。

金儲けのために多くのものを切り捨ててきたシャロークであったが、自身の「これまでの生き方」を損切りすることだけはできなかったのだ。

だからこそ……。

「金の価値を認めぬ、そのような生き方が許せるはずがない」

己の、価値観を揺るがす者、同じ商人でありながら、儲けを二の次にした商売をするフォークロードが許せなかった。そして、それ以上に、

「金は力、金は神……。それよりも大切なものがあると抜かす……、あの小娘も……」

ミーア・ルーナ・ティアムーン。

シャロークの生き方を真っ向から否定して見せた、かの帝国の叡智を、認めることなどできなくって。

「……許せるはずがない」

天より与えられしシャロークの商才が告げていた。

この飢饉は、すぐに収まるようなものでは決してないということを。

それゆえ、フォークロードの持つ、海外からの小麦の輸送路は価千金の価値を持つし、もしも、流通する小麦の量を調整することができるならば、大きな儲けを生むことも不可能ではない。

少しぐらい餓えさせてやるぐらいが良い。なんだったら、餓死者が出たほうが、危機意識に火がつくかもしれない。

死への恐怖は人々の判断を惑わし、小麦一袋にとんでもない値が付くようになるだろう。彼にとって、大陸を小麦で満たし、値段の上昇を適正価格内で抑える、などという政策は、決して相いれないものであった。

食糧が増えた分、輸送費は高くなり、代わりに価格は落ち込むのだ。

そんな不合理なことを行おうとしているフォークロード商会も、皇女ミーアも、シャロークにとって嘲笑の対象でしかなかった。

……否定せずにはいられなかったのだ。

「ティアムーンの食糧自給率は低い。ペルージャン農業国への依存度が高かったはず。あそこの国王は、たしか……」

ミーアの知らぬ間に、次なる陰謀は動き出していた。