軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話 死闘! ……死闘?

一方、ミーアが毒キノコでうんうん唸っている頃……。

ルードヴィッヒとディオンは馬車の中にいた。

ジルベールとの会合の後、イエロームーン公爵家の危険性を実感したルードヴィッヒはすぐさま行動を開始した。

情報収集と同時に分断工作を仕掛けるのだ。

それは巨大な集団に敵対する際の常套手段だった。その集団が大きければ大きいほど、一枚岩ではありえない。圧力をかけるにしろ、友好関係を築くにしろ、アプローチのしようはいくらでもある。

イエロームーン公爵家が、帝国に敵意を持つ者たちに対する誘因装置なのだとしたら……、そこに集うすべてを敵として扱うことは愚かなこと。

そうしてルードヴィッヒが一番に目を付けたのが、中央貴族から疎外されている辺土貴族たちだった。

味方がいないがゆえに、イエロームーン公爵家に身を寄せる者たちであれば、ほかに受け皿を作ってやれば、離反させることも可能なはず。

そして、辺土貴族に呼びかけるべく、ルードヴィッヒが協力を求めたのが、ルドルフォン辺土伯だった。

「日が落ちてしまったか……」

馬車の外を覗き見たルードヴィッヒは、小さくため息を吐いた。

目的地までの道のりは、そこまで険しくはないとはいえ、月明りを頼りに進むには危険が伴う。

夜営するのが普通という状況ではあったが……。

「少し速度を落としてそのまま進もう。今は時間が惜しい」

御者に指示を出すルードヴィッヒにディオンが頷いて見せた。

「ああ、そうだね……。そうした方がいい。ついでに言うと……」

それから、ディオンは、わずかに瞳を細めて……。

「速度も落とさない方がよさそうだけどね」

「どういう意味だ?」

ルードヴィッヒが眉をひそめた直後、遠くで荒々しい獣の咆哮が聞こえた。

「なんだ、今のは?」

思わず口にした疑問に答えるように、馬車の横に護衛の騎兵が馬を寄せてきた。

「どうした?」

鋭く端的なディオンの質問に、答える兵の声もまた短く、誤解のしようのないものだった。が……。

「どうやら、狼が襲ってきたようです」

ルードヴィッヒは思わず、耳を疑った。ついつい、聞き間違いではないか、と聞き返してしまう。

「狼? こんなところでか?」

兵士は頷いてから、後方に火矢を放った。

綺麗な軌跡を残して飛んだ矢は、地面に刺さる一瞬、周囲のものを照らすように爆ぜた。

その瞬間、確かに見えた。

黒く巨大な狼の影……、その数は三つ。

「帝国内に人を襲う狼の群れがいるとは……、聞いたことがなかったが……」

怪訝そうにルードヴィッヒが眉をひそめた。

「……いや、ただの狼じゃなさそうだ。微かだが……、馬の足音が聞こえるよ」

ドアを開け、馬車から半身を乗り出したディオンは後方に目をすがめる。と、次の瞬間、流れるような動作で弓を構えた。きりきりと弦を引き絞り……放つ!

続けざまに三本。

夜闇を切り裂き矢が向かう先、狼たちの間、そこに、ギラリと、鈍い光が瞬いた。

それが、月明かりを反射して輝く刃であることに、刹那の後に気が付いた。

再び、護衛の騎士が火矢を放つ。それが、空中で真っ二つに切り落とされた。

「黒い馬に乗った男……か?」

馬車の中から後方をうかがっていたルードヴィッヒが小さくつぶやく。

「へぇ、やるなぁ。この闇の中で、矢を弾くか……」

上機嫌に口笛を吹きながら、ディオンが笑った。

「敵は一人か?」

「たぶん。まぁ周りを操った狼に固めさせてるっぽいから、厳密には一人とも言えないけれど……」

「狼使い、ということか。変わっているな……。しかし……こちらが邪魔になっていよいよ暗殺者を送ってきたということか。一人で来るというのは、いささか不自然な気もするが」

首を傾げるルードヴィッヒに、ディオンは小さく肩をすくめた。

「別に不思議なことじゃない。僕でも十人程度なら、護衛を皆殺しにして邪魔者の首を切り落とせるからね。敵にも同じような実力者がいても、まぁ不思議はないさ」

それから彼は、馬車の周囲にいた三人の護衛兵に声をかける。いずれも、元ディオン隊に所属していた腕利きぞろいの兵士たちであったが……。

「お前たちは、ルードヴィッヒ殿を守りつつ、ルドルフォン辺土伯領に退避。伯に保護を求めろ。この御仁に、傷一つ、つけるんじゃないぞ」

「ディオン隊長は、どうされるので?」

「ははは、ここで楽しい楽しい足止めだよ。ああ、馬を一頭借りていこうか」

「お一人で、ですか?」

心配げに尋ねてくる兵に、ディオンは小さく首を振った。

「敵は手練れだ。正直、僕以外だと、厳しいよ」

馬車の隣を走っていた護衛騎士から馬を譲り受けると、ディオンは笑いながら言った。

「では、ルードヴィッヒ殿、しばしのお別れだ」

「貴殿のことだから、大丈夫だとは思うが……」

「無論さ。というか、本当のことを言うとね、楽しそうな相手だから、僕が相手をしてやろうというだけの話なんだよ」

ニヤリと皮肉げな笑みを浮かべて、ディオンは言った。

「だから、むしろ気を付けてもらいたいのは、ルードヴィッヒ殿の方でね。僕がいなくても討ち取られてくれたりしないでくれよ」

それから、ディオンは剣を引き抜き、意気揚々と馬首を返した。

すぐさま、疾走する三匹の狼が、ディオンに向かい一斉に飛び掛かってくるが……。

「すまないな、生憎と獣との戦いはさんざんやってきて飽きてるんでね」

その牙を難なくかいくぐり、ディオンが向かうはその陰。狼たちとディオンをぶつけ、自身は馬車の方に向かおうとしていた黒馬の暗殺者の方だった。

夜闇を身にまといし黒馬、その上に騎乗した男もまた、漆黒のローブを身にまとい、黒い覆面で顔を隠していた。

表情のうかがい知れぬ暗殺者に、ディオンは狙いを定めて、剣を一閃!

鉄の鎧ごと切り裂くような重たい斬撃! 敵は、それをかろうじて回避する。

自らの体の一部のように馬を駆る男に、ディオンは楽しそうに笑いかける。

「やぁ、いい腕だ。僕の剣をまともに受けなかったのは、特に賢明な判断だね」

笑いながら馬首を返す。と、暗殺者も、動きを合わせるように綺麗に方向転換してくる。

一合、二合、三合、四合。

刃が交わされ、火花が散る。

打ち合ってみて、ディオンは……、すぐに自らの不利に気付いた。

――へぇ。驚いた。馬上では僕の方が不利か。力ではこちらが上だけど、速さと馬の扱いは完全に負けて……っ!

直後、唐突に暗殺者の剣が突き出された。

流れるような華麗さで放たれた刺突は、ディオンの脇腹を深々と貫き通し、背中から刃が飛び出した――ように見えたのだが……。

ニヤリ、と笑みを浮かべて、ディオンは言った。

「まぁ、なにも相手に有利な環境で戦ってやることはないよね」

よく見れば、刃はディオンの脇腹をかすめたのみ。むしろ、暗殺者の腕はがっちりとディオンの脇に固められていた。

「しばしお付き合いいただこうか? なぁに、お互い軽装だし、まぁ、馬から落ちたぐらいでケガをするほどヤワでもないだろう?」

そうしてディオンは、真後ろに身を投げ出した。暗殺者の腕をこれ以上ないぐらいにがっちりと掴んだまま……、その体は大地へと落ちていき……。

もつれあうようにして落下した二人であったが、そのまま地面に叩きつけられるようなことはなかった。

空中で身を離して互いに着地。すぐさま、斬撃を交わして、一歩距離を取る。

「さ、それじゃあ、人間らしく、この大地の上で切り結ぼうじゃないか。互いに命尽きるまで、心行くまで殺しあおう」

ディオンは、もう片方の剣を抜き放ちながら、笑みを浮かべる。

「それで、暗殺者くん、名乗り上げは必要かい?」

直後、覆面の男が動く。

工夫のない正面からの突撃、繰り出された斬撃を刃で受け止めつつ、ディオンは上機嫌に口笛を吹く。

「背後に回らせた狼から目を逸らすために馬鹿正直に突撃してきた、か。よく考えられてるね」

後方から、ざくっざく、とすさまじい速度で迫ってくる狼たちの足音。

荒々しい息遣いを聞きつつ、ディオンは笑った。

「連携が取れた動きだ。どうやって獣を操っているのやら……」

直後、ディオンは目の前の相手に向かって前蹴りを放つ。その反動で後方に飛び、反転しつつ、剣を横薙ぎに一閃。

月明りを反射して閃く斬光、それは、獣である狼たちさえ怯ませる研ぎ澄まされた殺気。

立ちすくんだ狼たちを一瞥し、ディオンは小さく肩をすくめる。

「やれやれ、さすがは獣というべきか、それとも、しょせんは獣というべきかな。僕の間合いに入らなかったのはさすがだけど……、あのまま突っ込んでいれば、一匹は僕に食いつけていたかもしれないのにね。身の捨て所を知らぬ……、しょせんは獣だ」

ディオンは右の剣を肩に担ぎ、左の剣を、びゅんと振って見せた。

「まぁ、でも、もし捨て身できたら、すべて切り捨てられた可能性ももちろんあるわけだけど、ね……」

にらみつけると、狼たちが一歩引いた。

これにて、どちらが強者かの格付けは済んでしまう。獣にとって、その上下関係は大きな意味を持つ。

絶対的強者に意志の力で挑もうなどという無謀をやらかせるものは、人間以外にはいないのだ。

「さて、それじゃあ、続きをやろうか」

そうして、ディオンが視線を戻した……直後、男が不意に、後ろに引いた。

「あれ?」

一瞬、きょとんとしてしまうディオンだったが、豪速で走ってきた黒馬に男が飛び乗るのを見て、額を叩いた。

「ああ、しまった。馬のことを忘れてたな……狼を使って戦おうなんてやつだから、馬にだって、そのぐらいの芸当をやらせるか」

ふと見れば、狼たちの姿もすでになかった。

「見事な引き際だな。まぁ、このぐらい時間を稼げば、ルードヴィッヒ殿も逃げきっているだろうけど。それにしても無口なやつだったな……。声ぐらいは聞いてやろうと思ったのに一言もしゃべらなかったか……。それに……」

ディオンは辺りを見回して、小さく肩をすくめた。

「さてさて僕の方の馬はどこに行ってしまったのやら……」