軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十六話 愚か者で、弱虫な詐欺師の述懐

帝都近郊、中央貴族領地群の東に位置する場所。

イエロームーン公爵領、その領都の一角に、領主の館は建っていた。

帝国を代表する四大公爵家のものにしては、いささか小さめなれど、それでも、一般的な貴族とは比べるべくもない大きなお屋敷。

その中庭の、数多の花々に囲まれた庭園に、一人の男がたたずんでいた。

年の頃は五十代の半ばといったところだろうか。その体は年相応に丸みを帯びて、腹などは、ぽんにょり突き出ている。

どこかのFNY皇女がサボった末の姿を、思わず幻視してしまいそうになるFNY体型である。

きょときょとと、落ち着きなく動く小さな目、その下には色濃く隈ができていた。

「……しかし、それは……、だが、ぐむ……毒キノコ……」

ぶつぶつと何事かつぶやきつつ、その男、ローレンツ・エトワ・イエロームーン公爵は、庭園の中をウロウロと、落ち着きなく歩き回っていた。

ふいに、こつ、こつ、という固い足音が近づいてくる。

現れたのは老境の執事だった。姿勢正しく自らの主のそばまでやってきた執事は、恭しく頭を下げた。

「失礼いたします。お館さま」

生真面目な呼びかけに、主たる男……ローレンツは、ビクリと肩を緊張させる。けれど、すぐに相手の正体に気づき……。

「あ、ああ……ビセットか。驚いた。ついつい考え事にふけってしまっていた……」

バツの悪そうな笑みを浮かべるローレンツに、執事、ビセットは厳格な表情を崩さない。

「それは、ご思索にふけっておいでのところ、申し訳ございません。急ぎでご報告したきことがあり参上いたしました……。失礼ですが、もしや、昨晩からずっと、ここに?」

「う、うん、まぁ、ね。なにせ、一大事だから、悠長に寝てなんかいられないよ」

気弱そうに言って、ローレンツはふわぁ、っと欠伸をこぼした。

「では、眠気覚ましにお茶を淹れて参りましょう。報告は、その後で……」

「ああ、すまないな……、ビセット」

そう言って踵を返す執事に、ローレンツは深々とため息をこぼすのだった。

「しかし、お館さま。少しはお眠りになりませんと……、お体に障ります」

戻ってきて早々、ビセットは苦言を呈した。けれどローレンツは、それに苦笑いを返すばかりだ。

「あ、ああ、そうしたいのだけどね……。私は詐欺師だからね。それも、あまり優秀じゃない詐欺師だから、欲しいものを手に入れるには知恵を絞らないといけないんだ」

目元をぐりぐりと拳で押しながら、ローレンツは言った。

「なにせ、聖夜祭までに時間がない。頭を使える時間は限られている……」

「実は、その聖夜祭のことでご報告がございます」

執事の言葉に、ローレンツはビクッと肩を震わせた。

「どうした? なにか、状況に変化が……」

「はい。実は、例の森にある毒キノコ……、火蜥蜴茸が、ミーア姫殿下によって発見されたとのことです」

「あー……」

ローレンツは天を仰ぎ……、その後、気弱な笑みを浮かべた。

「まいったな……。そうか、帝国の叡智……。ミーア姫殿下とは、それほどなのか……」

笑うしかないと言った様子で、ローレンツは言った。

「やれやれ、本当にすごいな。ミーア姫殿下は……。私など、知恵を振り絞っても、ただただ、 先(・) 延(・) ば(・) し(・) に(・) す(・) る(・) ことしかできなかったのに……。しかも、その尻拭いを娘にさせるなんて、最低なことまでやっているのに……。本当に、大したものだ……。それで、それ以降の情報は、まだ入ってきていないか? バルバラは、どうするつもりなのだろう?」

「残念ながら、不明です。ミーア姫殿下の家臣団が、なかなかに優秀なようで。それに、帝国内の風鴉が一掃されてしまったことが痛手でした」

「あ、ああ、そうだった。あれも、ミーア姫殿下がやったことか。いや、すごいな、本当に」

首を振りつつこぼす、ローレンツのため息は深い。

「それと、どうやら、狼使いは、失敗したようにございます」

「連戦連敗じゃないか。まぁ、ミーア姫殿下の剣は優秀だという話だから、驚くには値しないだろうけど……。しかし、蛇ご自慢の“狼使い”が失敗するとは……。それはさぞや彼らも慌てているのだろうな」

「危うく討ち取られるところだったとかで……。どうやら、狼使いを一度呼び戻したいとのことですが……」

「そう……か」

おどおどと、視線を彷徨わせつつも、ホッと安堵の息を吐くローレンツ。だったが……。

「まぁ、その決定を我々がどうこうできるわけでもなし。きちんと協力して国外に出して……」

ふいに、その顔に真剣な色が宿る。

「呼び戻す……、方向としては……、セントノエル、ヴェールガを経由して……」

ぶつぶつとつぶやきだしたローレンツを、ビセットは黙って見つめていた。

そんな視線に気づいたのか、ローレンツは、再び、普段通りの気弱な笑みを浮かべた。

「しかし、いつも苦労をかけるね。君にも、そろそろ故郷が恋しいんじゃないかい? 本当なら、あの時に、彼らと一緒に帰ってもよかったんだけど……」

「あなた様から受けたご恩をお返しするまでは、帰ることはないでしょう。それに……」

ビセットは、わずかばかり、表情を緩めて言った。

「いえ、お館さまのもとで働けることを誇りに思っております」

「お世辞はいいよ。私は、弱虫で愚か者で、嘘つきだ。だから、ちっぽけなものを手に入れるためですら……、すべての知恵を傾けなければならないんだ」

ローレンツは、再び考え込んで……。しばらくしてから言った。

「私の頭では、とてもではないが情勢は読み切れない……。だが、セントノエルで事が起きるかもしれない。こちらも打てる手は打っておくとしようか……」