軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十七話 最古にして最弱の忠臣

ルードヴィッヒは、自身の持つツテを最大限に活かして、情報収集にあたっていた。

同門の者たちに秘密裏に声をかけ、イエロームーン公爵に関する話を片っ端から拾い上げていったのだ。

「まずは、イエロームーン公爵家、並びに、その派閥が果たしてきた役割を調べなおしてみようと思ったのだが……、その結果、青月省にいる後輩が話したいことがあると言ってきたんだ」

「相変わらず、顔が広いな、ルードヴィッヒ殿は」

どこか呆れた様子のディオンにルードヴィッヒは笑みを返した。

「変わり者ばかりだが、こういう時には役に立つんだ」

待ち合わせ場所は帝都の一角。比較的大きな酒場の一室だった。

店に入って早々、

「どうもお久しぶりっすね、ルードヴィッヒ先輩」

人懐っこい笑みを浮かべて、一人の青年が声をかけてきた。

「相変わらず、上手く立ち回っているようだな」

昔と変わらぬ様子の後輩に苦笑いを浮かべつつ、ルードヴィッヒはそちらの席に向かった。

「先輩も相変わらず、面倒ごとに首を突っ込んでるみたいっすね。おや? 先輩の後ろにいるのは……、もしかして、噂の姫殿下の剣っすか……?」

ルードヴィッヒの後ろに立つディオンに目を向けて、青年は言った。

ディオンは小さく肩をすくめる。

「まぁ、いつまでかは保証しかねるけど、今のところはその認識で合ってるよ。ディオン・アライアだ」

そう言って、値踏みするように鋭い視線を青年に向ける。

「ははは、噂に違わぬ怖そうな人っすねー。ルードヴィッヒ先輩、よくこんな人と付き合ってますねー」

さらりと、ディオンの殺気を受け流してから、青年は手を差し出した。

「ジルベール・ブーケっす。気軽にジルと呼んでもらえると嬉しいっすね」

差し出された手を握りつつ、ディオンは興味深げにルードヴィッヒに目を向けた。

「ルードヴィッヒ殿のお仲間には、本当に興味深い人材がそろってるみたいだね」

「いやいや、俺なんか、しがない青月省の一文官に過ぎないっすよ」

ティアムーン帝国青月省。

帝国に五つある月省の中で、その部署が受け持つのは、帝都の行政にかかわるものだった。

一口に帝都の行政と言っても、その仕事は多岐にわたるわけだが……、その中には、帝国中央貴族との折衝というものも入っていた。ゆえに、帝国の門閥貴族の事情を詳しく聞きたければ、青月省の者に聞くのが一番というのは、よく知られたことだった。

「いやー、しっかし、大貴族、帝室嫌いなルードヴィッヒ先輩が、まさか、ミーア姫殿下に仕えることになるとは思わなかったっすね。いったいなにがあったんすか?」

「はは、お前も共に仕えてみればわかるさ。ミーア姫殿下は仕えがいがある方だ。師匠も今ではすっかり、ミーア姫殿下のために尽力されているしな」

「そうそう。それも意外だったんすよね。ルードヴィッヒ先輩だけでなく、あの頑固者の師匠まで心を許すなんて」

ルードヴィッヒの力強い啓蒙活動に、心を揺らされている様子のジルベールであった。

敏腕スポークスマン、ルードヴィッヒの活動に休日はないのである。

「んで、イエロームーン公爵家に関することでしたっけね」

注文した酒が来たところで、ジルベールは話を戻した。

「そうだ。なにか気になる情報があるということだったが……」

「いやー、気になるっていうかっすねー、ちょっとだけ先輩に忠告しようと思って来たしだいっす」

と、そこでいったん言葉を切って辺りを見回してから、彼はひそめた声で言った。

「そのディオン殿に護衛についてきてもらってるのは正解っすね。イエロームーン公爵を嗅ぎまわろうってんなら、最大限の警戒が必要っすよ」

「それほどなのか? 今までの経緯からそれなりの警戒は必要かと思っていたが……」

「……まぁ、先輩の"それなり"は俺らのする警戒と桁違いっすけど、それでも、一段階、警戒のレベルを上げることをお勧めするっす」

ジルベールは肩をすくめつつ首を振った。

「まったく、俺としてはあんな連中に喧嘩を売る先輩の気が知れないっすけど……。えーと、どこから話せばいいっすかね……、そもそも先輩、なぜ、イエロームーン公爵が最弱の貴族と呼ばれるようになったかご存知っすか?」

「もちろんだ。ゲオルギア公の謀反からだろう?」

今から二百年近く前、それはティアムーン帝国始まって以来の大規模な内乱となりえるかもしれなかった事件。

当時のイエロームーン公爵家の当主、ゲオルギア・エトワ・イエロームーン公爵は、いくつかの有力貴族とともに、帝室に反旗を翻したのだ。

その規模も勢いも、決して侮ることができるものではなく、帝国を二分する大きな内乱が起きることは確実とされていた。

けれど、その結末はいささか呆気なく、意外なものだった。

ゲオルギアは、その弟、ガルディエの手によって斃れ、反乱軍はあえなく瓦解することになったのだ。

ゲオルギアをはじめ、協力した貴族たちは全員処刑され、その者たちの家の名声は地に落ちた。

さらに、本来、反乱を防いだ功績を称えられる立場の弟、ガルディエもまた、苦境に立たされる。

そもそもが問題を起こした公爵家。その問題を自家で解決しただけではないか、と揶揄する者が現れたのだ。

そして、それ以上に大きかったのは、ガルディエが陰謀に加担した家の者に対して、助命嘆願を行ったことだった。本来であれば、一族郎党皆殺しの憂き目にあっても仕方のない立場の者たちをかばい立てした彼に対する非難は小さくはなかった。

最終的に、兄の方は帝国に反旗を翻すほどに覇気に溢れる人物、弟の方は裏切り者の小心者、などという評価まで受けてしまう始末。

それでも、かばわれた家の者たちはガルディエに感謝し、イエロームーンの派閥に身を寄せることになる。

以来、イエロームーン派閥には抗争に敗れた敗北者や、中央貴族から疎外された辺土伯などが次々に訪れるようになる。

かくて、敗北者の集団、最古にして最弱のイエロームーン派閥の完成というわけであるが……。

「んじゃあ、その事件がすべて計算されたものであると考えると、どういうことが言えるっすかね?」

まるで、なぞなぞを出す子どものように、楽しげな口調でジルは言った。

「ただの謀反ではなく、それ以上の思惑があったとするならば……、か」

ルードヴィッヒはしばし腕組みして、考え込んでから……。

「もしかすると、虫寄せということか?」

その答えに、ジルベールはパチパチと拍手する。

「言いえて妙っすね、さすがは先輩。こいつはちょいと調べればわかるんすけど、イエロームーン派閥に属する貴族の中には、抗争に敗れる前から、公爵が懇意にしていた者たち、というのもいるんっすよ。例えば、その当時、皇帝に迫る権勢を誇っていた、侯爵がいたんっすけど、後継ぎの息子が相次いで病死して……。貴族の社交界からもハブられたところを、たまたま仲が良かったイエロームーン公爵が仲間に入れてやったって話があるんっすけど……」

ジルは葡萄酒を一口すすってから、ニヤリと微笑む。

「この話、ちょっと臭わないっすか?」

「なるほど、侯爵の権勢を殺ぐために、その息子たちを暗殺したということか……。帝国にとって邪魔になる者たちに近づき、信用させた上で、その勢いを削る。侯爵自身ではなく、後継ぎを狙ったことに加えて、帝室から距離を置かれた存在であることで、大きな疑いをかけられることもない、か」

「そうやって考えると、イエロームーン公爵家が植物学、薬草学に詳しい家柄ってのも、少しばかり引っかかるところがあるんじゃないっすかね?」

「……園芸に造詣が深い、などという平和な話ならばいいんだが……。違うな。薬は毒にもなるということか」

「そう。毒による暗殺で、帝国にあだなす者を葬ってきた一族、それがイエロームーン公爵家であると、俺は考えてるっすよ」

ジルはさしたる感慨もなさそうに、そう言った。

最弱に堕ちたがゆえに、皇帝の手の者とは見られづらく、されど、派閥としては成立しているゆえに後ろ暗い願望を持つ者たちが集まってくる。

帝国にあだなす害虫を引き寄せる虫寄せの役割。

なるほど、それは帝国が"普通の国"であれば、重要な役割であっただろう。

けれど、ルードヴィッヒは初代皇帝の思惑を知っている。その上で考えると……、

「最弱であり、中央貴族から距離を置かれているがゆえに、反農思想に染まっていない新参者……、辺土伯らにも近づきやすく……必要があれば暗殺も容易……。そういう仕組みということか……」

帝国が反農思想を広めるための、ある種の仕組みであったとするなら、イエロームーン公爵家の果たして来た役割は非常に大きい。それをこなしてきたがゆえに……、

「なるほど、最古にして最弱の忠臣か……」

「まぁ、気を付けた方がいいっすよ。暗殺はイエロームーンお得意のものっぽいっすから」

ジルベールはそう言うと、にやりと笑みを浮かべた。