軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 夕日のごとき赤き馬

「う、うう……、なんだか、ものすごーく疲れましたわ……」

いささかゲッソリした顔で、ミーアは厩舎を出る。っと、その前に一頭の馬の姿があった。

それは、ミーアの乗馬パートナーである……、

「あら……、荒嵐」

声をかけると、荒嵐は、ぶひひん、といなないた。

心なしか、少し元気がないように見える。いや、元気がないというよりも……。

「もしかして、ボスのことが心配になって来ましたの? ふむ、なかなかに感心な部下ですわね」

ミーアは優しげな笑みを浮かべながら、荒嵐の首筋を撫でた。

「うふふ、安心するとよろしいですわ。あなたのボスは無事に仔馬を産みましたわよ」

根本的にミーアは、自らに媚びへつらってくる人間を評価しない。それは、権力を失えば簡単に覆るものだと、前時間軸でよく知っているからである。

……そんな中途半端なものを、ミーアは認めない。

例えば、もしも手のひら返しをした後に、再び、相手が権力を取り戻したらどうするのか? 権力者の持つ印象は、最初から敵対していた者以上に悪くなるのではないか?

そんな首尾一貫しないようなものを、ミーアは認めない。

死んでしまった後、時間が巻き戻るなどという奇跡が、この世には存在しているのである。相手の状態次第で引っ込めてしまうような媚びではダメなのだ。

もちろん、ミーアは絶対的な力を持つ者を全力でヨイショする気持ちというものが理解できないわけでもない。むしろ、その気持ちはよくわかる。というか、ミーアは割とそれをよくやる。

ゆえに、ミーアは中途半端に媚びを売る奴のことは認めないが、徹頭徹尾、相手に媚びを売る者は同志として認識する。

そして……、

「ボスが出産で弱っている時にも、変わらず様子を見に来て、常に頭を低くするその姿勢……。ふむ、荒嵐……あなた、なかなかですわね」

ミーアは、荒嵐に強いシンパシーを感じた!

そして、そういう手合いだからこそ……、

「ねぇ、荒嵐? わたくし、友人と一緒にあなたの大切なボスのお手伝いをしましたのよ? 後で、花陽に直接聞いてもらってもいいのですけど、ボスのお子さん、危ないところでしたの。それをなんとか、わたくしのお友だちの機転で救うことができましたのよ」

ミーア、渾身のアピールである。

自分はボスだけじゃなく、ボスの血を継ぐ次世代の権力者の覚えもいいのですよ? と、猛烈にアピールしておく。

円らな瞳でじっと見つめてくる荒嵐に、ミーアは微笑みかけた。

「だから、ね。馬術大会では、一つお願いいたしますわ」

これで一つ、よろしく頼むよ、と、賄賂を渡す政治家の笑みを浮かべて、ミーアは荒嵐に言った。

それに対して、荒嵐は、わかっているのかいないのか。神妙な仏頂面で、ミーアの言葉を聞いていた。

と、不意に、その耳がピクリと動いた。

それから、荒嵐は顔を上げ、ゆっくりと辺りを見回す。

「あら? どうかしまして?」

ミーアは、きょとんと首を傾げる。けれど、いかに頭が良いからと言って、馬が返事をするわけでもなし。

答えは、意外な方向からもたらされた。

ぱかぽ、ぱかぽ、っと馬が歩く音。直後に、

「やぁ、ミーア姫殿下。ご機嫌麗しゅう」

そんな爽やかな声を、ミーアの耳がとらえた。

視線を向けると、そこにいたのは、

「あら、ルヴィさん。ご機嫌よう」

馬に乗った少女、ルヴィ・エトワ・レッドムーンだった。

下馬して、ミーアの目の前まで歩いてきた彼女は、もう一度、正式な臣下の礼をとる。

「これから、練馬場に行くんですの? ……というか、立派な馬ですわね……」

ミーアは改めて、ルヴィが乗っていた馬を見た。

それは……、恐ろしく速そうな馬だった。

大地を踏みしめるは、 逞(たく) ましい脚、後ろ脚の筋肉はしなやかに盛り上がり、力強さを感じさせた。

その体躯もまた見事。細く引き締まった胴体部は、されど、ルヴィを乗せていても揺るぎもしない、芯の通った体幹を窺わせた。

けれど、それ以上に、特徴的なのは、

「そのように、赤い毛並みの馬がいるんですのね」

夕日のように赤く燃え上がる、立派な毛並みだった。夏の日の陽炎のごとく、ゆらゆらと波打つたてがみは、その馬に、さながら王者のような風格を付け加えているかのようだった。

「お褒めにあずかり、恐悦至極。この馬は、我がレッドムーン家にも二頭といない、最高最速の月兎馬なので」

赤い馬の首筋を撫でながら、ルヴィは言った。

「到来する月夜の鼻先をかすめるように逃げる、赤き夕焼けの兎、名を『 夕兎(せきと) 』といいます」

「夕兎……」

名前を呼ばれたのがわかったのか、夕兎は賢そうな瞳でミーアを見て、ふひひん、と小さくいなないた。

――あら、なんだか気品すら感じさせる面立ちですわね……。貴族の馬という感じがいたしますわ……。

それから、ミーアは、自分のそばにたたずむ荒嵐の方を見て……。

――これは……、荒嵐では太刀打ちできないかしら……?

などと、小さくため息を吐く。

っと、その時、ミーアは気づいた。

自身に敬意を表すように優しい目を向けていた夕兎が、荒嵐の方を見て……「ふっ」と鼻で笑ったのを……。

反射的に、ミーアは悟る。

――あ、この馬、嫌なやつですわ!

「では、私はこれで。馬術大会、本番を楽しみにしております」

そう言うと、ルヴィはひらりと、夕兎に飛び乗った。そして……、ルヴィは文字通り赤き風になる。

ミーアと荒嵐が見つめる目の前で、夕兎は練馬場に向けて、颯爽と走って行ってしまった。

その速さを見たミーアは、確信する!

――あっ、これ、負けましたわ……。荒嵐を上手く乗りこなすとか、乗りこなさないとか、そういう問題じゃございませんわ。

それから、ミーアは荒嵐の方を見た。

荒嵐は、怒るでもなく、ムッとするでもなく、実に穏やかな顔で、夕兎のことを見送っていた。

――ああ、荒嵐も察してしまいましたのね……? あいつには勝てないって……。

ミーアは、どよーんっと気持ちが沈むのを感じた。

馬術大会の本番は、三日後に迫っていた。