軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 赤月の麗しの令嬢からの挑戦状

翌日から、ミーアの馬術特訓が始まった。

毎日毎日、授業が終わると馬術訓練用の馬場に行き、夕方まで馬に乗る日々。

おかげで体中が筋肉痛になったが、構っている暇などなかった。

「ああ、嬢ちゃん。今日も来たのか?」

飼育小屋に行くと、 林馬龍(リン・マーロン) が苦笑で出迎えてくれた。

「最近、王子殿下たちより熱心に練習してるんじゃないか?」

「あら? そんなことございませんわ」

ミーアはそう言いながら、飼育小屋の馬の顔ぶれを見ていく。

ちなみに、セントノエルの飼育小屋には、馬が二十頭ほど揃っている。

ミーアのお気に入りは、気性の穏やかな白馬である。素人であっても乗りこなせる良馬であり、毛並みも美しいとあって、ミーアもお気に入りなのだ。

「まぁ、熱心に練習するのはいいことだが……。ん? もしかして、嬢ちゃん、今度の……」

「失礼するよ」

と、馬龍の言葉をさえぎって、凛とした少女の声が響いた。

「あら……この声は……」

ミーアは、その声に聞き覚えがあった。

なにげなく声の方に目を向けると、そこにいたのは、

「ご機嫌麗しゅう。ミーア姫殿下」

恭しく頭を下げる赤髪の令嬢……、ルヴィ・エトワ・レッドムーンだった。

「まぁ、ルヴィさん……? こんなところで、どうしましたの?」

それを見て、ミーアはきょとんと首を傾げた。

ちなみにミーアは、ルヴィとは顔見知り程度での関係である。

四大公爵家の邸宅に行く機会は少なくはないし、行けば相手をしてもらっていた記憶はあるのだが……。

――かといって、じっくり話をするという感じではありませんでしたし。仲がいいとはとても言えませんわね。

なので、ミーアの印象としては良くもなく悪くもなく……。

もっともレッドムーン公爵家自体には、前時間軸において兵を出し渋られたことから、あまり良い印象はないのだが……。

――まぁ、あの当時は、どこの貴族も自らの領地を守るので必死だったというのはわかりますけれど、精強なレッドムーン家の私兵団を派兵できていたら、戦況は変わっていたかもしれませんわね……。あ、でも、あの時点で、敵にはシオンと鬼のディオンさんが揃ってましたし……、そうなるとレッドムーン家の援軍があってもあまり意味があるようには思えませんわね……。

などと、いろいろ考え事をしていたものだから、危うく、ルヴィの言葉を聞き逃すところだった。

「実は、姫殿下に決闘を挑もうと思って、参上しました」

「……はて? 決闘……ですの?」

ルヴィは涼しげな笑みを浮かべながら、飼育小屋の方に歩み寄った。

「少し小耳に挟んだのですが、姫殿下は、最近、馬術の鍛練に熱心に取り組んでおられるとか……」

飼育小屋の馬の鼻面を撫でながら言う。なんだか、馬の扱いに慣れてそうだなぁ、とか、そういえば、レッドムーン家では、女子も剣術や馬術を習わされるって聞いたことがありましたわね……、などと思いつつ、ミーアは頷いた。

「ええ、まぁ、そうですけど……。それがなにか?」

「それはつまり……、秋に開かれる馬術大会へ出場されるつもり、ということですね?」

「…………はて?」

馬術大会? と首を傾げるミーア。そういえば、そんなのもあったなぁ、などと思い出す。どうやら、アベルとシオンも出場する予定らしく、ここ最近はミーアと同じく、ここに通っているらしい。

まぁ、正直、ミーアとしてはそれどころではないので、出る予定は一切なかったのだが……。

「おお! やっぱりそうだったか。最近、熱心に練習してるからそうじゃないかと思ってたんだ」

馬龍が納得の声を上げた。

――いや、まだ、わたくしなにも言ってないのですけど……。

と、ミーアが反論する間を与えず、ルヴィは言った。

「そこで、馬術大会の≪速乗り≫で、姫殿下に決闘を挑みたい」

涼しげな顔に挑発的な笑みを浮かべて、それから、ルヴィは片膝をつく。

「ミーア姫殿下、受けていただけるだろうか?」

正々堂々たる決闘の申し込み。

それに対して、ミーアは……。

――これ、受ける理由が一つもございませんわね……。

断る気しか起きなかった。

あいにくと、ミーアには挑まれた勝負を律儀に受けてやる義理はない。

なるほど、エメラルダのように、裏でコソコソ動き回られるよりは、こちらの方がマシと言えるのかもしれないが、だからと言ってそんな面倒なことを受ける必要がどこにもない。

――そもそも、ただ勝負を挑んできてるわけではないでしょうし……。

ただ単に、馬術の腕を競いたいだけであるならば、こんなことをせずに馬術大会に出ればいいだけである。ミーアが出場すると思い込んでいるのだから、おのずとそこで優劣は明らかになるのだから。

それを、わざわざ『決闘』と言ってきているあたりが、実に臭い。

そんなミーアの予想は当たる。

「そして、もしも私が勝った暁には、ミーア姫殿下の兵を一人、私にいただきたい」

「ああ、レッドムーンの良兵集め、ですわね……」

ミーアは納得のつぶやきをこぼした。

軍政を司る黒月省に強いつながりがあるレッドムーン公爵家は、自家の私兵団の強化に余念がない。国の内外から、見込みのありそうな兵士を貪欲にスカウトしているのだ。

そのありようは「レッドムーンの良兵集め」と呼ばれ、広く知られていた。

――けれど、あいにくとそんな勝負、わたくしの側には受ける理由が……。

「いいじゃねぇか。嬢ちゃん。こんな風に堂々と勝負を挑まれたら、人の上に立つ者として受けないわけにはいかないってもんだぜ」

「…………はぇ?」

ふと見れば、馬龍が実によい笑顔で、ミーアの方を見ていた。

その顔からは、ミーアが断るなどと微塵も思っていないことが窺えた。

「え……? あ、でも……」

「心配すんなって。馬術部でも全力で応援するし。アベルのやつもきっと応援してくれると思うぜ」

豪快な笑みを浮かべる馬龍を見て、ミーア、早くも察する。

――こっ、こ、これは……。

ミーアは、唖然としつつ、自らを飲み込まんとする流れに気がついた。

――ぐっ! いつもの断れない流れができつつありますわ。

過去の反省から、ミーアは自分にとって重要そうな人物の観察と分析を怠らないようにしている。

そして、林馬龍という先輩は……、馬好きに対して無条件に甘いところがある。チョロイ男なのである!

そして、先ほど、馬の鼻面を優しくなでるルヴィに、温かな目を向けていた。

実にチョロイ男である!

また、裏表がなく豪快な性格をしている。すなわち、正々堂々、正面から申し込まれた決闘とか、大好きなのだ。

それゆえ、その決闘の申し出をここで断れば、確実に馬龍と気まずい雰囲気になってしまう。

馬術の研鑽において、彼の助言はかなり有効だ。

そして、これからの危機を乗り切るために必要不可欠なものといえる。であれば、できるだけ仲良くしておきたいところではある。

加えて、彼はアベルの兄貴分のような存在でもあるのだ。今後、一点の曇りもなく、アベルとイチャイチャするためには、馬龍の祝福をもらわなければならないのだ!

ミーアはしばし黙考、メリットとデメリットの検討に移る。

――とりあえず、勝負を受けなければ、わたくしが兵を失うこともない代わりに、馬龍先輩との仲が若干悪くなる。できればそれは避けたいところ。では、勝負を受けた場合はどうかしら?

ミーアが勝った場合は当然、兵を失うこともない。さらに、なにかしらの条件だって当然、付けておけるだろう。例えば、レッドムーン家の私兵団から、兵を借りて何かをする、といったこともできるかもしれない。

では、負けた場合はどうか……?

――ルヴィさんが欲しい兵といえば、十中八九ディオンさんでしょうね……。

ミーアの脳裏に、鋼鉄の槍をあっさりと斬り飛ばす、凶悪な笑顔の騎士が浮かんだ。

帝国最強を豪語してはばからないあの実力、確かにレッドムーン家が欲しがったとしても不思議ではない。

「うーん、ディオンさんなら……まぁ、別に……」

思わず、つぶやきが漏れる。

なにしろ、自らの首を斬り落とした男である。

もちろん、彼がレッドムーン家のスカウトを受け入れるかはわからないが、そうなったとしても、さほどの痛手ではあるまい……などと考えるミーアであったのだが……。

なぜだろう、少しだけ心がざわついた。

かの騎士を失うことが……なにやら、大きな損失のように思えて仕方ないのだ。

――よくよく考えてみれば、あの方にはいろいろと命を救っていただきましたし……、一度の首狩りが、一度の救命によって贖われるものだとしたら、彼の功績は十分のはずで……。よくよく考えると、結構な忠臣という気も? でも、あの方、近くで剣を持ってると、なんか油断すると首を落とされそうな嫌な緊張感があるんですのよね……。

悶々とするミーアに、ルヴィは小さく首を傾げた。

「うん? ディオン? 誰それ……」

腕組みし、しばし思案に暮れていたルヴィだったが、すぐにポンと手を打った。

「ああ、そういえばいたな。腕のいい騎士だって聞きましたが……。帝国最強とか、名高い騎士でしたっけ……。でも……」

ルヴィはすぅっと瞳を細めて、ミーアを見つめる。

「生憎と私が欲しいのは彼ではありませんよ」

まるで歴戦の騎士のごとく、鋭い殺気を放つ眼光をミーアに向けて……ルヴィは言った!

「だって、彼……」

胸を張って言い放った!

「ちょっと、小さいでしょう? 背が……」

「……えーっと」

ミーアは思わず、ディオンの姿を脳裏に浮かべる。

「別に小さく、はないんじゃないかしら? 平均的な殿方よりはむしろ大きい方かと思いますけど……」

「わかってないですね、姫殿下。騎士っていうのは、もっと大きくて、力強くないとダメなんですよ! 体の大きさは魂の大きさ、人としての器の大きさでしょう! 強いだけじゃダメ。大きくないと!」

……言い放ったっ!

ルヴィ・エトワ・レッドムーン。

帝国軍に多大なる影響を誇る、レッドムーン公爵家の麗しきご令嬢は……。

「大きくないと!」

無類の 大男好き(マッスルマニア) として、知られていた。