軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 小心者の戦術論(チキンタクティクス)

「ミーアさんは、去年の聖夜祭のこと、覚えてるかしら?」

「ええ、もちろんですわ」

ラフィーナの問いかけに頷きつつ、ミーアは昨年の出来事を思い出していた。

聖夜祭――それはセントノエル最大の行事だ。地上に下った聖神が、人に希望の灯を与えたという伝承に基づき、その一年の感謝を神にささげる祭りである。

一年の最後の月の初週に開かれるそれは、厳粛な 燭火ミサ(キャンドルサービス) とその後のにぎやかな祝祭とによって構成されている。

ミサは、みなで聖堂に集い、各々が使い捨ての木製ランプを手に持って行う。決められた聖歌とラフィーナの説教があり、さらに、最後にみなで、ランプを 外の焚き木(キャンプファイヤー) に投げ込んで、大きな炎とするのだ。

神の希望が地上を照らすことを象徴的に表現した、厳粛な儀式である。

その後、夜を徹しての宴会が開かれる。

宴会は学園の中のみならず、セントノエル島全体で行われ、生徒たちはこぞって街に繰り出し、その日を祝うのだ。

去年はミーアも友人たちとともに露店巡りをし、寮に戻ってからもクロエの部屋に集まり、朝までおしゃべりに興じたのだ。

……ちなみに、前時間軸のミーアについては、おおむねお察しの通りである。

シオンが誘いに来るのを部屋でじっと待っていたのだ。

途中でエメラルダあたりが遊ぼうと誘いに来たが、もしも一緒に出かけている間に、シオンが誘いに来たら大変である。

だから、ずっと待っていたのだ。約束もしていないのに、じーっと。

待って、待ち続けて……気づいたら朝、鳥がチュンチュン鳴いてるのを聞いて起きるパターンである。

そんな寂しいイベントを過ごしていたものだから、去年の聖夜祭は、それはそれは楽しかった。忘れられない思い出になっているのだ。

「そう。それでは、お祭りの流れ自体はわかってるわね。生徒会で担当しなければならないのは、主に後半の祝祭の方なの。普段は学園に入らない商人の出入りもあるから事前に審査したり、警備体制も普段とは変える必要があるわ。といっても、生徒会が直接細かいことを指示するのではなく、各担当者から上がってくる報告書をチェックして、欠けがないか確認する作業だけど……」

「なるほど。事前の作業が多そうですわね。当日はどうなっておりますの?」

「当日は、生徒会の仕事はあまりないわね。いちいちこちらに報告を上げずに、現場で対処できるように準備をしておくから」

――ふむ、なるほど。確かに、ラフィーナさまは、当日は自由に動けませんものね。

ヴェールガ公国公爵令嬢ラフィーナは、中央正教会の聖女でもある。

聖夜祭の当日は、 学園付き司祭(チャプレン) の手伝いとして燭火ミサに参加し、その後のパーティーでは、来賓への挨拶回りなど、とにかく忙しい。

ゆえに、事前にラフィーナがいなくとも、問題なく動くように体制を整えておくのだ。

「大変そうだけど、毎年のことだから。警備責任者も運営を取り仕切る執事長も動きはよくわかってると思うから、そこまでの負担ではないと思うわ」

ラフィーナはミーアを励ますように優しげな笑みを浮かべる。

けれど、ミーアはほっと一安心、とは当然ならなかった。

むしろ、不安感は増すばかりだ。

なぜなら、当日の仕事があまりないということは、言い換えれば……。

――外に出ようと思えば、いくらでも出られるということですわ……。

生徒会の仕事に忙殺されるのなら、あるいは、生徒会室にこもって仕事をしなければならないと言われたら……、ミーアが島を出て野盗に襲われることは物理的に不可能になる。

ラフィーナや他のメンバーを説得してまで、ミーアが一人で島外に出るなどということは、考えづらいからだ。

けれど、自由行動が許されているなら、一気に皇女伝の記述が現実味を帯びてくる。ミーアが島外に出るハードルが下がってしまうのだ。

――あ、でも、この皇女伝のわたくしは、島の外に出たら殺されるってことを知らなかったわけですし、迂闊にも遠乗りのために、島外に出た可能性も……。

ミーアは、そんな自分を思い浮かべてみた。

――大いにありえそうですわ!

思わず、つぶやく。

例えば、事前の準備で、いろいろな欲求が溜まっていて、それを発散するために馬で島外に出るだとか。

祭りで賑わう島を馬で駆けるわけにはいかないから、当然、場所は島外になるわけで……。そんなことを自分がやらかす可能性は十分に高いようにミーアには思えて……。

――ならば、話は簡単ですわ。どれだけ忙しくって、いろいろ欲求がたまっていたとしても、このセントノエルから出ていくなんて、馬鹿なことをしなければいいだけのことですわ。というか、部屋から一歩も出ずにいればいいだけのこと。なんなら生徒会室で慰労会など開いて一晩明かすことにしてしまってもよいですわね……。そこでキノコ鍋でも出せば……。

そう納得しようとするのだが……。なぜだか、胸の内のモヤモヤは一向に収まらなかった。

――とっ、ともかく、当日までにできることをやっておくべきですわ。それだけは確かなことですわ!

油断は簡単に死に繋がる。

だから、ミーアは決して油断しないのだ。

それこそが、 小心者の戦術論(チキンタクティクス) なのだ。