軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話 ヴェールガ公爵令嬢

各国の権力者の子弟が集まるこのセントノエル学園においても、ミーアが姿勢を正すべき相手というのは、ほとんどいない。

ティアムーン帝国は、大陸における二大強国の一国。

それゆえ、その第一皇女であるミーアは、並ぶもののない権威を持っている。例外は、サンクランド王国のシオン王子ともう一人ぐらいで……。

けれど、

「あなたは……」

目の前に現れたのが、その数少ない例外だったから、ミーアは思わず姿勢を正した。

「ラフィーナさま」

ラフィーナ・オルカ・ヴェールガ。

セントノエル学園が建つヴェールガ公国を治めるヴェールガ公オルレアンの長女である。

ミーアの記憶が確かならば、ラフィーナはミーアより二歳年上の十四歳。入学以来、セントノエル学園の生徒会長を務めている学園随一の権力者である。

その上、ヴェールガ公国は近隣諸国で信奉される宗教の聖地、その頂点に与するラフィーナは、ミーアと言えど侮ることのできない人物である。

侮れないというか……、正直、怖い人物だった。

「お初にお目にかかりますわ、ラフィーナ様。わたくしは……」

「ミーア・ルーナ・ティアムーン皇女殿下。お会いできてうれしいわ、お噂はかねがね」

その言葉を聞いて、ミーアは一瞬、きょとん、とした。

ラフィーナが、自分の名前を知っているということが、あまりにも衝撃的だったからだ。

前の時間軸において、ミーアはラフィーナに接近した。

ラフィーナの権力はミーアにとって魅力的であったし、ぜひともお友だちになっておきたい人物だったのだ。

けれど、さまざまなプレゼントを贈り、お茶会の席でも近くに座り、最大限努力をしたにもかかわらず、ラフィーナと 友誼(ゆうぎ) を結ぶことはできなかった。

それどころか、彼女はミーアの名前をおぼえることすらしなかったのだ。

まるで、価値のない物を見るかのような目で見られるたび、ミーアの自尊心はズタズタに切り刻まれていき、しまいには恐ろしくなった。

それなのに……、

――どうして、この方、わたくしの名前を知っておりますの!?

思わず立ちつくしたミーアに、ラフィーナは柔らかな笑みを浮かべた。

「そんなところに立っていたら、風邪をひいてしまいますよ。どうぞ、いっしょにお風呂を楽しみましょう」

確かに、気づけば体が少し冷えて来ていた。のだが……、

――この方に優しくされると、なんかちょっと怖いですわね。

警戒しつつ、ミーアは浴槽に足を入れかけて、

「で……、では、お言葉に甘えて……」

ふとそこで気づく。

風邪をひくのは、アンヌとて同じこと。けれど、さすがにラフィーナの前で、同じ湯船に浸かることはできない。

では、部屋に帰らすしかないが、そうなればミーアはラフィーナと二人きりで残されることになる。

――そっ、そんな怖いこと、できるはずがないですわ!

前の時間軸では二十歳だったミーア。一方目の前のラフィーナは十四歳。

相手は小娘と言っても過言ではない年下である。

にもかかわらず、そうにもかかわらずなのだ。ミーアの 小心(リトルハート) が、相手からにじみ出る大物感に震えずにはいられないのだ。

「そちらのメイドさんもどうぞ」

激しい葛藤の渦にあったミーアは、思わぬ申し出にハッと振り向いた。

「一糸をもまとう事なきこの場では、姫も貴族も民もなく、ただの人と人があるばかり。あなたもそうお思いでしょう? ミーア姫」

「まさに! その通りですわ! アンヌ、ラフィーナさまがこうおっしゃられておりますわ、さぁ、わたくしの隣にいらっしゃい!」

これ幸いに、と乗っかるミーア。

「で、ですが……」

はじめは恐縮した様子のアンヌだったが、ミーアがぐいぐいと手を引っ張るものだから、やがて観念したのか……、

「はい、わかりました」

しぶしぶと言った様子で、浴槽の端の方に入った。

「そこではゆっくり温まれないでしょう。もっとこちらに寄りなさい」

ミーアは、さらにアンヌの腕を抱きしめて、自分の方に引き寄せる。その様子を見たラフィーナは、小さく笑みを浮かべる。

「ふふ、本当に仲がおよろしいのですね」

「もちろんですわ、アンヌはわたくしの腹心ですから」

だから、もしケンカになったら二対一になりますよー、いくらあなたが大物でも、腹心の彼女は裏切りませんよー、と暗にアピールするミーアである。

「ふ……腹心?」

一方の、アンヌは泣きそうになっていた。

誠心誠意、ミーアに仕えてきた彼女ではあるが、自分が必ずしも優れたメイドだと思ったことはない。むしろ、ドジをやることの方が多かったぐらいだ。

そのアンヌにとってミーアの言葉は、報われるに十分なものだった。

……知らぬが仏、とはよく言ったものである。

もっとも「腹心」という言葉自体は別に偽りではないので、もしもアンヌがミーアの内心を知ったとしても、多少、幻滅するぐらいで済むかもしれないけれど……。

「ふふ、なるほど。確かにあなたは帝国の叡智の名に恥じぬようですね。ミーア姫」

そんな二人の関係を見て、ラフィーナは微笑みを浮かべるのだった。