軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話 美貌の秘訣

「素晴らしいお風呂ですわっ!」

共同浴場が開くと同時に、意気揚々とやってきたミーア。

セントノエル学園の女子寮にある共同浴場で使っているお湯は、地下深くから引いてきた天然の温泉だ。

溢れんばかりのお湯を湛えた湯船、人気のない浴場内を見て、ミーアは満面の笑みを弾けさせる。

「ここは、天国ではないかしら……」

――ミーア様、本当にお風呂がお好きなのね。

そんなミーアを見て、アンヌは小さく笑みをこぼす。

貴族社会において、入浴の習慣を持つ者は意外にも多くない。むしろ少ない。

そもそも、大陸には火山が希少なため、天然の温泉がほとんどない。お湯に全身を浸からせるためには、わざわざ水を汲んで来て沸かさなければならないわけで、それに意味を見いだす貴族があまりいなかったのだ。

「別に、水拭きでよくね?」と彼らは考えたわけだ。

むしろ入浴に親しんでいたのは、額に汗して働く労働者たちの方だった。たくさんの娯楽を持つ貴族とは違い、庶民には楽しみが少ない。

都市に点在する公衆浴場は、数少ない庶民の娯楽として浸透していた。

そんな中、ミーアは国内随一の風呂好きとして知られていた。基本的には贅沢をしないミーアだったが、唯一の贅沢がお風呂だった。

毎日のように、お湯を沸かさせて入っているのだから、そのお風呂好きぶりは、メイドたちの間では有名なものだった。

最初からそうだったわけではない。少なくとも前の時間軸においては、そんなことはなかったのだ。

けれど……、二年間の地下牢生活が彼女を変えた。

一週間に一度、桶いっぱいの冷たい水をもらえるだけという生活……それを二年間も続けていれば、お湯が無性に恋しくなる。

けれど、いくら求めても彼女はギロチンにかけられるまで、それを与えられなかったのだ。

その時の反動から、生まれ変わったミーアは、毎日お風呂を所望した。

贅沢はギロチンに直結すると知ってはいても、その欲望を抑えることができなかったのだ。

ミーアの希望を聞いたアンヌは戸惑った。

庶民のものであるはずの、入浴を帝国皇女であるミーアが求めるものだろうか?

そんな疑問を持った彼女だったが、気持ち良さそうにお風呂に浸かるミーアを見てからは、街を走り回り入浴環境を整えて行った。

評判の良い 入浴草(バスハーブ) を探したり、滅多にない温泉のお湯をもらってきたり、恩返しの機会とばかりに、最上の環境を整えたのだ。

その結果……、ミーアは知らず知らずのうちに手に入れた。

輝くばかりに艶やかな、 珠(たま) のお肌を。

サラサラの美しい髪を。

けれど、毎日、気持ちよくお風呂に入って満足しているミーアは、そんなことには気づいていない。

帝国社交界において、密かに「月の女神のよう」などと注目を集めていることなど、まったく気づかず。

――最近やけに肌がきれいだとか、髪が美しいだとか言われますわね……?

程度にしか思っていないミーアである。

「それでは、お体洗わせていただきます、ミーア様」

「ええ、お願いいたしますわ」

優しくミーアの背中をこすりつつ、肌の状態をチェックする。

――長旅だったから、少しお肌が荒れているかしら?

幸いにも、ここの浴場の泉質は、肌荒れや疲労回復に効くという。軽く香草石鹸でマッサージをして、ゆっくり浸かれば大丈夫だろう。

――それにしても、ミーア様がアプローチしたい相手って、誰なんだろう?

先ほどは、はぐらかされてしまったが、アンヌの興味は尽きない。

――てっきりルードヴィッヒさんのことが好きなんだと思ってたけど……。

と、そこまで来てアンヌは首を振る。

――いずれにしても、どんな殿方からも、好感を持っていただけるように、完璧にお手入れして差し上げないと……。

体を洗い終え、今度は髪を念入りに洗う。ついでに枝毛がないかもチェック、色、艶ともに問題なし。

「はい、洗い終わりましたよ、ミーア様」

満足げに頷いてから、アンヌは言った。

「いつも御苦労さまですわ、アンヌ」

上機嫌な様子で振り返ったミーアだったが、それから、何事か思いついたような顔をして、

「あっ、そうですわ、たまには、わたくしがあなたの背中を流して差し上げますわ」

などと、ニコニコしながら言い出した。

「なっ、そそ、そんな、滅相もございません! 姫さまに洗っていただくなんて、そんなこと、できるはずないじゃないですかっ!」

「遠慮しなくてもいいですわ。今は他に人がいるわけでもございませんし、あなたも疲れているでしょう。日頃のお礼ですわ」

ミーアにとって、アンヌは大切な協力者で忠臣だ。

けれど、それ以上に、死の寸前まで自分に寄り添ってくれた、返しきれない恩義があった。

強引にアンヌを座らせると、ミーアはそそくさと後ろに回り込み、背中を流して行く。

「さっ、終わりましたわ。それでは、入りましょう」

そう言って、湯船に向かおうとした、まさにその時、

「うふふ、仲がおよろしいのね」

やわらかな声が、ミーアの耳に届いた。