軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 蛮勇を奮え! 帝国の誇りを守るために!

その日の夜のことだった。

真夜中……ふいに目が覚めたミーアは、自らの体を襲う違和感に思わず背筋を震わせた。

違和感、そう、それは……。

――う、うう……。と、トイレに行きたい、ですわ……。

昼間のサンドイッチが塩辛かったこと、その結果、夕食時にガブガブ水を飲んでしまったことが仇となった。

もぞもぞと寝返りを打ち、そのまま寝てしまおうと目をぎゅっと閉じるミーアだったが……。

――こ、このまま寝たら、別の意味で大変なことになってしまいそうな予感がいたしますわ……。

我慢しきれずに、起き上がった。

暗い部屋の中を、ほのかな月明りを頼りに、ミーアはアンヌのベッドに歩み寄る。

トイレについてきてもらおうと思ったのだが……、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立てるアンヌに思いとどまる。

――春休みの間、わたくしのせいで、ずっとアンヌを寝不足にしてしまいましたわね……。

休みの間、図書室で見た影に怯えるミーアが寝付くまで、ずっとお話をしてくれていたアンヌ。ただの子守歌ではなかなか寝付けないからと、かなり遅くまで付き合わせてしまった。

それがアンヌの負担になっていたらと思うと気軽に起こしていいものなのか……。

ミーアは思わず迷ってしまう。

――もしも、アンヌが体調を崩したら大変ですわ。

臣下に優しい、聖女のようなミーアである。

――こっ、この部屋で一人で寝るとか、ありえませんわっ!

…………自分ファーストなだけだった。

ちなみに、余談ではあるのだが、セントノエル学園の消灯時刻というのは月の 刻(こく) 九つ鐘の時(午後九時)である。

しかし、健康優良児であるミーアは、消灯時間より鐘一つ分(一時間)早くベッドに入る。そして、「寝られない!」と焦りだすのは、だいたいベッドに入ってから鐘一つ分(一時間)の時間が経ってから、つまり消灯時間と同じぐらいの時間である。

それから半鐘分(三十分)ほど怖い怖ーい想像に悩まされた後、ようやく眠りにつく。

つまり、ミーアが全然眠れないという時、消灯時間から半鐘分(三十分)遅く眠りについている計算になる。十分に寝ている……。

さらに、アンヌが子守歌代わりの授業の復習を読み上げてくれるようになってからは、ベッドに入ってから数呼吸で眠りにつけるようになった。

アンヌはその後、鐘一つ分(一時間)程、それを続けてから眠りについて、翌朝、日の刻五つ鐘の時(午前五時)に起床する。

睡眠時間にすると、およそ鐘九つ分(九時間)は寝ている。

一概には言えないが……恐らく、アンヌが体を壊すとしたら、寝不足以外の原因によるのではないかと思われるのだが……そんなこと露ほども思わないミーアである。

「う、うう、仕方……、ありませんわ」

ミーアは 室内靴(スリッパ) に履き替えて、部屋を後にした。

寮内の廊下は完全な闇に沈んでいる……ということはなかった。

壁に活けられたホタルツツジが、ぼんやりとした明かりを放っているおかげで、ランプがなくとも歩けるようになっているのだ。

普段であれば、まるで夢の中の世界に迷い込んでしまったような幻想的な光景のはずなのだが……、今のミーアにはただただ不気味に見えた。

廊下に残されたちょっとした暗がりから、クロエの本に描かれていたような、恐ろしいナニカがひょっこり顔を出しそうで……。

「や、やっぱり、我慢しようかしら……。そうですわ、朝までなら何とか……」

踵を返しかけたミーアの背筋を、ふいに吹き付けてきた風が撫で上げる。

春先の風は冷たく、ミーアは、ぶるりと体を震わせた。と同時に、気づいてしまった。

すでに、自分が、のっぴきならない状況に陥っているということに……。

――あ、ああ、ここで蛮勇を奮って、お手洗いに行かなければ、わたくしは…………、まったく別の心の傷を負うことになるのですわね。

シミのついたシーツを干しているアンヌの姿を想像して……ミーアは震え上がった。

――い、今こそ、勇気の出しどころですわ、ミーア・ルーナ・ティアムーン! わたくしは帝国皇女、ティアムーンを代表する者。わたくしの恥は、帝国の恥、帝国の誇りが踏みにじられようとしている時に戦わずして、いつ戦うというのですの!?

戦地に赴く孤高の騎士のように、悲壮なる覚悟を固めて、ミーアは廊下に足を踏み出した。

目的地であるトイレは、運が悪いことに、ミーアの部屋からはかなり離れていた。

大帝国の姫君であるミーアの部屋をトイレの近くにはできないという配慮が働いたのだが……今のミーアには迷惑な話だった。

「う……うぅ……。遠いですわ……。どうして、こんなに遠いんですの? それに、暗い……ひぃっ!」

暗がりに怯え、風の音に怯え……、寿命を数週間ばかりすり減らして、ミーアはようやくトイレにたどり着いた。

しばしの時間経過の後……

「ふぅ……」

トイレから出てきたミーアは、すっきり顔でため息を吐いた。

「やっぱり、勇気を出して正解でしたわ。これで気持ちよく眠れそう……」

つぶやきつつ、視線を前にやり……ふいに恐怖がよみがえってきた。

「……今から、戻るのですわね。で、でも、帰るだけですし、さっさと行けば問題ないはずですわ……」

自分を励ますようにそう言って、ミーアは歩き始めた。