軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四話 図書に願いを

――あ、これ、すごくヤバイやつですわ……。

ようやく働き始めたミーアの勘が告げる。

これは、先日の革命未遂騒動の比ではないぐらいに、危険なものであると……。

――ひっ、ひぃい……、なっ、なっ、なんとかお断りを……。

などと考え始めるが後の祭りである。

「さっきも言ったけれど、蛇はどこにでもいる。だから、今はあなたたちにしか声をかけられないの」

「ん? だが、神聖典に反応するというのであれば、それで炙り出せば良いのではないかね?」

首を傾げるアベルに、シオンが難しい顔を向ける。

「いや、無駄だろう。アベル王子、白鴉のことを思い出せばいい。騒動の中心人物は確かにジェムだったが、実際に動いたのは、そのほかの人員だ」

「そうか……。敵は秘密結社、混沌の蛇の構成員とそれに操られた者たちか……」

「その通り。そして彼らは決して愚かではない、とても狡猾よ。だから、ボロが出るような場所には決して出てこない。神聖典の読み上げられるような場所には絶対に出てこないし、必要があれば、自分たちの息のかかった者を送り込む」

「なるほど、あのジェムという者を捕らえられたのは、ある意味、奇跡的なことだったということか……」

アベルが感心した様子で、ミーアの方を見る。

「ええ、本当に。それに、こんな状況にあっても、これだけの方に全面的な信頼を置いて声を掛けられる。むしろ、これは僥倖であったと言うべきね」

ラフィーナもまたミーアの方を見て、優しい笑みを浮かべた。

「それもこれも、すべてミーアさんのおかげね。さすがは私のお友だち」

「あ、え、お、と、当然ですわ! わたくしとラフィーナさまは、おっ、お友だちですし」

「そうか……。ミーアが協力するのであれば僕が参加しないわけにはいかないな。我が国は直接的に被害を受けているわけだし、喜んで協力させてもらおう」

力強く、アベルが頷く。

――え? え? わ、わたくし、言いましたかしら? 協力するとか? あら? そんなこと、一言も言ってな……。

「俺もだ。とても放置しておける問題ではないし、ほかならぬ我が国の間諜にも紛れ込んでいたわけだからな。誰が信用できるかわからない以上、少なくとも信頼がおける者たちと情報の共有はしておきたい」

「あの、私、何ができるかわかりませんけど、でも、私も協力します」

シオンに続いて、ティオーナも名乗りを上げる。

そして、ミーアは……、

――ああ、このクッキーの甘味が……、心に沁みますわ。涙が出てきそうなぐらいに、美味しいですわ。

現実逃避に移っていた。

――こんなに美味しいお菓子なんて、もしかしたら、これって夢なのではないかしら? ああ、そうですわ! きっと朝起きたら、ああ、もう少しのところで美味しいお菓子が食べられたのにって、後悔して二度寝するみたいに……。ほら、あの美味しそうなケーキに手を伸ばした瞬間に、目が覚めて……。

結局……、テーブルのお菓子すべてを食べ終わっても、ミーアの目が覚めることはなかった。

そして、お腹いっぱいでご飯が食べられなくなって、アンヌにちょっぴり叱られた。

翌日の夕刻……。

「……ああ、やっぱり、夢ではございませんでしたわ……」

ミーアはようやく、昨日の出来事を諦め、受け入れ……そうして動き出した。

なにしろ、こう見えてもミーアは断頭台の運命を覆し、生存ルートを勝ち取った猛者である。

とてもそうは見えないかもしれないが……、ダラダラと無為に時間を過ごしている間に、状況がどうしようもなく悪化してしまうことがあることを、しっかりと知っているのだ……まったくもって、そうは見えないだろうが……。

とはいえ、基本的にミーアは面倒くさがりである。ズルをして楽ができるならば、そうしたい。

そんなミーアだから……、

「なにか、指針が欲しいですわ。これからの危険を上手く乗り切るような、あの日記帳のようなものが……」

ついつい、そんなことを考えてしまう。

けれど、残念ながら、あの日記帳は消えてしまったままである。

それに、自分の断頭台までの日々が綴られた日記を読むのは、やっぱり、あまりやりたいことではない。

「はて、そう言えば……最近なにか、似たようなものがあったような……」

ふいに、ミーアは思い出す。

そういえば、ああ、あの日記帳みたいなものね、と、ごくごく最近思ったことがあったような……。

「あれは、確か……っ! そうですわ……。あの、歴史書。もしかしたら、あそこに何か書かれているかもしれませんわ!」

あの歴史書の未来の記述……、あの後、いくら見直しても記述がよみがえることはなかったのだが……、もしかしたら、今ならば復活しているかもしれない。

善は急げ、とベッドから起き上がったミーアは、一人で図書室の方に足を向けた。

セントノエル学園の図書室は、男子寮と女子寮の連結部分にあたる、共用の建物部分に存在している。

本は貴重品のため入口には警備の職員が立っているものの、読むだけならば生徒だけでなく、従者にも許可されている。

そのため、普段であればそれなりに人で賑わっているのだが……、今はまだ休みだからか、室内にはミーアだけしかいなかった。

探し物をするには、大変、好都合だったのだが……。

「ああ、やっぱり、そう簡単にはいきませんわね……」

歴史書自体はすぐに見つかったものの、肝心の記述がどこをどう探しても見つからなかった。

「あら、でも……、あの記述自体がどこかからの抜粋みたいなことが書かれていなかったかしら。そう、確か……、ミーア皇女伝からの抜粋とか、そんなことが書かれていたかしら……ミーア皇女伝……」

そのタイトルを口ずさみ、ミーアは……とても嫌そうな顔をした。

……ちょっと試してみていただきたいのだが、自分の名前の後に『伝』という字面が続く本を想像してみていただきたい。なかなかの破壊力ではないだろうか?

「……うっかり読んだが最後、心が削られそうなタイトルですわね」

そうつぶやきつつも、一応、探してみるミーアであったが……、それも空振りに終わる。

本棚に「ミーア皇女伝」なる奇怪なタイトルの本は見つけることはできなかった。

「……まぁ、そうですわよね。期待はしておりませんでしたが」

そうは思うものの、少なからず落胆してしまうミーアである。

「ああ、あの日記帳ほどでなくても構わないけれど、何かないかしら……。こう、行動の指針になりそうなもの……わたくしの導になってくれそうなものが……降ってこないものかしら……?」

空からお金が降ってこないかしら? ぐらい不毛なことをつぶやくミーアである。

はぁっと悲しげなため息を吐いて、ミーアが帰ろうと立ち上がった、まさにその瞬間だったっ!

ミーアの視界を、突如として黄金の輝きが埋め尽くした。

「うひゃあっ!?」

図書室で上げると怒られてしまいそうな悲鳴を上げて、ミーアが腰を抜かす。

「なっ、なっ、なんですのっ!? いったい、なにがっ!?」

じりじりと床を後ずさり、光から離れるミーア。ある程度のところまで後退してから、改めて怪しげな光の方に目をやる。

光は徐々に弱くなっていった。けれど……目の錯覚だろうか……?

ミーアには、その光の中に人影のようなものが見えた気がした。

「あっ、あれ……は、な、なんですの?」

と……そこで、ミーアは唐突に気づいてしまった。

広い図書室にいるのが、ミーアだけだということに!

今、ミーアがいる場所は広い図書室の奥の奥だ。入口の職員のところまでは、かなり離れている。

しかも絶妙に薄暗い。シーンと静まり返っていて空気全体が淀んでいるような……。

つまり簡単に言ってしまうと、ちょっぴり気味の悪い場所なのだ。

ミーアは、別にお化けや幽霊などというものを信じてはいない。

「お、おほほ、いやですわ。そんなの、子どもじゃないんですから、そそそ、そんなのいるわけないですわ。ひ、ひ、一つ目の、お化けとか? ばばば、バカバカしいですわ。歯をとっていく悪い妖精とか、人に乗り移る悪魔とか、そそ、そんなの、いるはず、ないですわ。ないですわっ!」

そう、なんといってもミーアの中身は二十歳過ぎの大人の女性なのである。

幽霊とか、お化けとか、そんなの信じているはずがないのだ。

なにしろ、ミーアは大人……。

ずずずずっ!

消えつつある光の中、人影のようなものが、突如、ミーアに近づいてきた!

這いずるように近づいてくるのを見たミーアは……っ!

「………………っ!」

口をパクパクさせながら逃げ出した。

アンヌ、アンヌぅっ! と助けを求めようとするものの、怖すぎて声が出なかったのだ。

脇目も振らず、図書室を後にしたミーアは、全速力で自室に帰り、ベッドの中に飛び込んだのだった。

……その後、泣きべそをかくミーアを、アンヌが部屋でなだめる際……、

「もう、ミーアさま、大丈夫です。幽霊なんていないんですよ。きっと怖い夢でも見られただけですから、ね……」

小さな小さな子どもをあやすように頭を撫でられたことは、ミーアの名誉のために秘密である。