作品タイトル不明
078 呼び出された冒険者たち①
多くの街に置かれたギルド集会所は、その規模や造りに違いこそあれ、大まかな構造は似通っている。
冒険者たちが自由に出入りでき、依頼書を眺め、酒を飲み、時には揉め事まで起こす広間。
ダンジョンクエストへ向かうための、転移用の魔法陣が設置された区画。
受付や記録など、ギルド運営が使う事務室。
そして──特別な用途でのみ使われる部屋。
普段、広間で依頼を受けているような一般冒険者が、その部屋へ通されることはまずない。
──上位ギルドの代表者と、ギルド運営が話をするため。
──外に漏らせない相談を行うため。
──何らかの事情により、限られた冒険者を集めるため。
グラン=ラフィース冒険者ギルドにも、そうした部屋は当然のように存在していた。
広間の喧騒から離れ、奥まった廊下を進んだ先。
彼が呼び出されたのは、そんな場所にある一室だった。
「……ここか」
レグ・ウォルツは、扉の前で一度足を止めた。
彼は 灰狼の爪痕(グレイ・スカー) という野良ギルドに所属する第五天位の冒険者であり、
グラン=ラフィースではそれなりに名の知れた剣士だった。
彼がギルド運営から呼び出しを受けたのは、昨日のことだった。
詳しい用件は知らされていない。
ただ、指定された時刻に、指定された部屋へ来るように伝えられただけだ。
第五天位──冒険者全体で見ても、ほんの一握りしか辿り着けない精鋭の域に至ったレグであっても、この奥の部屋の存在は噂に聞く程度で、通されるのは初めてだった。
「(こんなことをしている場合では……いや、もしかしたら 昇(・) 格(・) の話かもしれない、か)」
レグは、胸の内に浮かんだ苛立ちを押し殺す。
レグの目標は、ただ一つ。
──”第八天位”。
その響きは、冒険者であれば誰もが一度は夢見るもの──正確に言えば、誰もが夢見て、そして大半がどこかで夢見ることをやめるものだった。
みな、最初は第八天位──そしてその上にあるという”極天位”を夢見て、冒険者となる。
そして、魔物と戦い、傷を負い、自分の身の丈を知っていく。
やがて、命を落とさないために無茶をやめる。
最後には、第八天位を夢見る駆け出し冒険者を嗤い、自分の冒険者としての全盛期を過ぎていく。
だが、レグは違った。
恵まれた才能と弛まぬ努力、そして何度壁にぶつかっても諦めない精神力により、
五大ギルドの後ろ盾を持たない野良ギルド所属でありながら、レグは第五天位──上位1%の領域まで登り詰めた。
野良ギルドは、美味い指名依頼がなかなか回ってこない上に、大きな討伐依頼にも混ざりづらい。
それ故に、ギルドポイントを稼ぐ機会も、五大ギルド所属の冒険者に比べれば限られる。
それでも、レグはここまで来ることができた。
だが、第六天位から先はまったく別の話となる。
要求される実力も、ギルドポイントも跳ね上がる。
そして何より、昇格に値するだけの”挑戦”そのものが、そう簡単には巡ってこない。
それもそのはずで、第六天位だと認められるに値するような”挑戦”が発生する機会はそもそも稀だからだ。
五大ギルドに所属していれば、そこを組織が支えてくれる。
情報が入るし、そのようなチャンスも優先的に回ってくる。
だが、野良ギルドにはそれがない。
五大ギルドの色に染まらなくていい自由はもちろんあるが、チャンスはなかなか回ってこない。
レグは、そのことを何度も考えてきた。
──このままでは、自分は挑戦の場を得られないまま、冒険者としてのピークを過ぎていくのではないか、と。
「……考えても仕方ないな」
レグはいつものように小さく息を吐き、焦燥する心を落ち着けると、目の前の扉を開けた。
中は、会議室というよりも待機室に近かった。
中央には大きな円卓が据えられ、その周囲に椅子が並べられている。
壁際には水差しと杯を置いた小卓があり、部屋の隅には簡素な荷物置きまで用意されていた。
余計な装飾はないが、壁には遮音の術式が彫り込まれている。
広間の喧騒は、扉一枚隔てただけとは思えないほど遠い。
そして、その部屋にはすでに三人の冒険者がいた。
最初に視線を向けてきたのは、大きな盾を椅子の横に立てかけた女性の冒険者。
外した兜を脇に抱え、全身鎧のまま壁に背を預けている。
短く切った黒髪の彼女の名は、アッシェ。
野良ギルドに所属する第五天位の冒険者だ。
「……レグ・ウォルツね」
「そっちはアッシェか。まさかアッシェまで呼ばれていたとは……」
「私も同じことを思ったわよ……」
続いて、椅子の背にもたれ、足を組んでいた男がひらひらと手を振った。
「うお、お堅い二人が揃ったなぁ。やりづれえよ」
軽い声で薄ら笑いを浮かべる彼は、ベン・カイル。
“軟派なカイル”などと呼ばれることもある男だが、その双剣の腕は確かで、野良ギルドに所属していながら第五天位に名を連ねる実力者だ。
「カイルまでいるのか……」
「まで、ってなんだよ、までって。俺だってちゃんと呼ばれてきたんだって!……それより、エリーゼの予想、まじで当たってんじゃないか?」」
そう言ってカイルは部屋の奥に居た冒険者に視線を向けた。
濃紺のローブに身を包んだ彼女は、エリーゼ。
五大ギルド嫌いで知られる彼女もまた、野良ギルドに所属する第五天位冒険者だった。
本を開いていたエリーゼは、話を振られると、小さくため息をついて顔を上げた。
「……はあ。嫌なことにな」
「嫌なことにって……いきなりひどいな」
「別に、レグが嫌という意味ではない。私の予想の話だ」
「だよな? ほら、レグは悪くないってよ」
「お前はキライだ」
「…………」
「……それで、どんな予想だったんだ?」
「野良ギルドの第五天位ばかりが集められている、という予想だ」
それを聞き、レグは嫌な予感がした。
偶然──と考えるには、少し出来すぎている。
「……みんな、呼び出された 理由(わけ) は聞いているのか?」
レグがそう切り出すと、アッシェは首を横に振った。
「いいえ、まったく。昨日いきなりギルド運営から、今日この時間に来るようにと言われただけよ」
「俺も同じだなあ。呼び出し状には、詳しいことは当日説明するって書いてあっただけだわ」
「私もだ。しかも、所属ギルド経由じゃなく、私個人への呼び出しだった」
エリーゼの言葉に、レグは眉をひそめる。
「……やはりそうなのか」
「レグもか?」
エリーゼが、そこで初めて本を完全に閉じた。
普段から感情を表に出す方ではない彼女の顔にも、かすかな怪訝の色が浮かんでいた。
「ああ。 灰狼の爪痕(グレイ・スカー) 全体ではなく、俺だけだった」
その言葉を最後に、少しの沈黙が訪れた。
ギルド運営からの突然の呼び出し。
野良ギルドの第五天位冒険者という共通点。
所属ギルドではなく、個人を指定しての招集。
並べれば並べるほど、嫌な匂いが濃くなっていく。
──厄介事の匂いだ。