作品タイトル不明
955話 決戦前夜・その6
「マスター」
ラストレムナントの居住区。
そこに設けられたラインハルトの部屋をオフィーリアが訪ねた。
「どうした?」
「人間の軍に動きがありました。おそらく、明日にも侵攻を開始するかと」
「そうか」
「……驚かないのですね?」
「動くならここ数日以内だろうと、だいたいの当たりをつけていたからな」
「その計算に協力したの、ボクなんだぜ? 褒めてくれよ」
見ると、部屋に設置されているベッドをモナが占拠していた。
だらりと手足を伸ばして、のんびりと果物を食べている。
「モナ、いたのですね」
「そういう演技はいいから」
「いえ、本当に気づいていませんでした」
「えっ!? ボク、そんなに存在感ない!? マジで!?」
「存在感というか、鬱陶しさ感というか。そういうものがあるため、無意識のうちに視界から遠ざけていたようですね」
「キミはクールだけど毒舌だなぁ!?」
まったく、とモナが怒りつつ、ベッドから降りた。
そして、なにやら魔法を唱える。
すると、蜃気楼のように宙が揺らいで、別の景色が映し出される。
中央大陸の王都。
そこを上空から眺めた景色だ。
「んー……確かに、色々と準備をしているねえ。連中、マジなのかな?」
「と、いうと?」
「このラストレムナントに挑むとか、ありえないっしょ。正気? いや、正気じゃないね。普通に考えて死ぬ。ってことは、自殺志願者かな?」
「それはないな」
モナの言葉を否定したのはラインハルトだ。
机の上に広げられた書類と向き合いつつ、言葉を続ける。
「モナの言う通り、ここを攻めるのは死と同義だ。ただ、なにもしなくても、やがて死ぬ。それを理解しているからこその行動……決意なのだろう」
「だからって、ここまでの無茶をするかねえ? 残された時間をおとなしく過ごせばいいのに」
「それができないのだろう。したくないのだろう」
「……マスター、笑っていらっしゃるのですか?」
オフィーリアが指摘したように、ラインハルトは口元に小さな笑みを浮かべていた。
「……そうだな。ああ。俺は、この事態を喜んでいるようだ」
「なぜでしょう?」
「人間はどうしようもない存在と見限ったが……おとなしく滅びを受け入れるような、究極的に愚かな存在ではなかったようだ」
「マスターの決断に逆らうというのに?」
「どれだけ愚かだろうと、生きる権利はある。それを主張することを、止める権利は誰も持たない。もちろん、奪う権利もない」
「おいおい、なんかやけに殊勝だねえ。怖気づいたのかい?」
「まさか」
断言するラインハルトは、迷いは一切見られない。
むしろ、モナが見せた光景で、より一層の決意を固めた様子だ。
「やるべきことは変わらない。この星の未来のため、俺は、人間を……滅ぼす」
強く、強い口調で言い切る。
それは覚悟を表しているかのようだった。
「でしたら、私はマスターについていくのみです」
「……いいのか?」
「なにがでしょう?」
「イリス、だったか? 妹のように思う仲間がいるのだろう? このままだと戦うことになるぞ」
「それは……」
「妹に味方をしても構わない。元より、最強種は標的ではないからな」
「マスター」
オフィーリアは、一歩、前に出た。
表情は変わらないものの、その口調は鋭い。
「私を侮らないでください」
「……」
「私はマスターに助けられました。この命、マスターのものと思っていますが……しかし、なにもかも全てを委ねているわけではありません。私は、私の意思でマスターに従っているのです」
「ならば、なぜ戦う?」
「……人間の存在意義を問いたいのは、マスターだけではありませんから」
「そうか」
その一言で、ラインハルトは全てを察したように頷いた。
オフィーリアは、かつて、人間によって全てを奪われた。
彼女もイリスのように復讐を考えたことがあるのだろう。
人間について悩んでいたのだろう。
だからこそ、ここまでラインハルトについてきた。
最後の戦いに挑むことも了承した。
「つまらないことを聞いたな、すまない」
「いえ、わかっていただければよいのです」
二人の間に流れる空気が柔らかいものになる。
それを見て、モナがほっと吐息をこぼす。
「それで」
「お?」
「モナはかまわないのか?」
「やれやれ、次はボクかい? 今日のラインハルトはセンチメンタルだねぇ」
「なら聞くのをやめるか。よくよく考えたら面倒そうだ」
「ちょっとぉ!? ここは、ボクの涙なしに聞くことはできない壮大な物語を聞くところだろう!?」
「なら早く話せ」
「うぅ、ボクの扱いが雑だよぅ……」
しくしくと泣くモナ。
嘘泣きということはわかっているため、ラインハルトはまったく慌てない。
……もっとも、ガチ泣きだとしても、やはり慌てないだろうが。
「ま、ボクは大した理由はないけどね。人間に一泡吹かせてやりたい、ってそれだけさ」
「ふむ」
「一応、ボクも精霊族だからね。人間と、バチバチにやりあったものさ。だから、悪い印象があって……でも、良い印象もある。よくわからない存在だよ、人間ってのは」
「なら、なぜ戦おうと思った?」
「そこらは、オフィーリアと同じかな? 見極めてみたいのさ」
モナは、人間の良性も悪性も見てきた。
だからこそ、知りたい。
善なる存在なのか?
それとも、悪なる存在なのか?
あるいは、そのどちらでもないのか。
「精霊族の里を捨てたのも、それが理由かな? みんな、人間と袂を分かち、離れるだけで満足しているんだもん。それじゃあ、つまらない。なにもわからない。やっぱり、きちんと観察しないとね」
「それを見極めるために戦う、ということか?」
「そだね」
モナは、なんてことのないようにあっさりと頷いた。
「知りたいんだ。人間、っていうやつを。滅びるべきなのか、そうでないのか」
「それを俺が決めるというのは、傲慢ではないか?」
「いいんじゃない? 個人で決められる程度なら、所詮、それまでっていうことだよ。大したことなんてない、存在する価値はない、ってことになるんじゃないかな」
「逆に」と間を挟みつつ、モナは言葉を続ける。
「これを乗り越えられるようなら……ふふっ、楽しみだねえ。ボクは、その時、逆に、人間に対してもっともっと強い興味を抱くかもしれない。うん。ボクは、なんだかんだ、人間のことが好きなのかもしれないな」
だからこそ、試練を与えた。
だからこそ、逆境に追い込んだ。
迷惑極まりないが……それがモナの本心だ。
「結局、ボクは、楽しければ、満足させてくれればなんでもいいのさ♪」
そう言って、モナは、てへっと舌を出すのだった。
「……オフィーリア。今からでも、コイツを捨てられないか?」
「そうですね、捨てましょうか」
「ひどくない!?」