作品タイトル不明
916話 最後の切り札
「そのまま聞いてください」
コハネは俺にだけ聞こえる声で言う。
「この後、もう一度、みなさまで全力で攻撃を仕掛けていただけませんか?」
「もちろん、それは構わないけど……」
「そして、その後は全力で逃走してくださいませ」
「なにを……?」
「わたくしが持つ切り札を使います」
コハネの切り札?
そんなものを持っていた……いや。
そういえば、そんな話をちょくちょく聞いたことがあるな。
その時は忙しく、きちんとした話を聞いていないが。
「わたくしが持つ切り札ならば、魔王であろうと耐えられないはずです。ただ、効果範囲がとても広く、目標を選ぶこともできず……このままでは、主さまや皆さまを巻き込んでしまいます」
なので逃走してください、とコハネは言う。
……なんだろう、この違和感は?
コハネが嘘を吐いているとは思えない。
切り札は本当にあり、エーデルワイスに大ダメージを与えるチャンスがあるのだろう。
ただ、本当にそれだけなのか?
嘘は口にしていないが、隠し事があるのではないか?
そんな疑問を抱いてしまう。
「コハネ、なにか隠していないか?」
「なにも」
即答だ。
でも、逆に怪しい。
ついでに言うと、細かい説明をしてくれないところも怪しい。
そんなヒマはない、と言われてしまうとそれまでなのだけど……
引っかかるものは引っかかる。
「やめておけ」
迷っていると、ラインハルトがそう口を挟んできた。
「騙し討ちのようなことをすれば、こいつは根に持つぞ」
「わたくしは、そのような……」
「なにか知っているのか?」
「コハネがしようとしていることは、簡単に言うと自爆だ」
「なっ……」
思わず言葉を失ってしまう。
次いで込み上げてきた感情は、怒りではなくて。
悲しみと寂しさが混ざったような、切ないものだ。
「それは、絶対にダメだ」
「主さま……しかし」
「ダメだ。どうしても、っていうのなら、命令してでも止めさせる」
人間も、魔族も。
誰も犠牲にしたくない。
そう考えたからこそ、今、俺はここにいる。
それなのに仲間を犠牲にするなんて選択肢、取れるわけがない。
「しかし、このままでは……」
コハネが焦りの色を含み、エーデルワイスを見る。
彼女が抱える魔力は計り知れない。
一度、似たような光景を見たことがある。
アルさんだ。
たぶん、エーデルワイスは絶級魔法を放とうとしているのだろう。
それを阻止しようとみんなが攻撃を続けているものの、防がれている。
詠唱をしつつ、しかも防御は完璧。
彼女と対峙した時点で詰みと思えてきてしまう。
「今、思いついたけど……魔法の発動は阻止できるかもしれない。だから、コハネが無茶をする必要なんてないんだ」
「本当ですか?」
「本当だよ。コハネを犠牲にするわけにはいかない、っていう想いはあるけど、それだけじゃなくて、ちゃんと現実も見ているつもりだ」
とはいえ。
エーデルワイスの魔法を防いだところで、その次の手までは見えていない。
彼女の防御は完璧。
あまりにも完璧すぎて、どうにもこうにも手が届かない。
ここをなんとかしないとジリ貧だ。
その場その場をしのぐことはできたとしても、やがて、どうしようもないところまで追い詰められてしまう。
そうなる前に打開策を……
「うん?」
ふと、違和感を覚えた。
こうして作戦を練っている間、他のみんながエーデルワイスの足止めをしてくれている。
彼女は詠唱をしつつ防御もこなしているのだけど……
「ちっ」
心なしか苦戦しているように見えた。
どうして?
魔法を唱えているから?
それとも、疲労が蓄積した?
いや。
どれも違う。
エーデルワイスが押されてきているのは……