作品タイトル不明
917話 祈り
「これで、どうだぁっ!?」
アクスは、腰だめに構えた刀を一気に振り抜いた。
神速の一閃。
彼に襲いかかろうとしていた魔族が両断……は、されない。
カタナを返しているため、刃で切断することはない。
ただ、鉄の鈍器で殴られているのと同じだ。
魔族はたまらずに膝をついて動きを止めた。
「へへっ、見たか! これでセルも俺を見直して、さらに惚れるように……」
ヒュンッ! と風を裂いて矢が飛ぶ。
死角から襲いかかろうとしていた魔族が膝に矢を受けて、倒れる。
「惚れてほしいのなら、油断をしないようにしてくれる?」
「すみません……」
人間と魔族の混成軍は、魔王城から出撃するエーデルワイスの忠実な下僕と激戦を繰り広げていた。
数はほぼほぼ互角。
ただ、魔族は一人一人の質が圧倒的に高い。
それでいて明確な殺意を持つ。
対する混成軍は、どうしても力は劣る。
それだけではなくて、できる限り魔族を殺さないように戦っていた。
これは戦争ではない。
殺し合いではない。
未来を掴むための戦いで、憎しみを向ける場ではないのだから。
正直なところ、下策も下策。
愚かと言う他のない戦い方だ。
混成軍の被害はどんどん増すばかり。
だとしても。
魔族の勢いに飲まれることはない。
押し切られることはない。
どうにかこうにか、ギリギリのところで混成軍は押し留まり、敵も味方も被害を最小限に控えていた。
なぜ、そんなことが可能なのか?
「ま、たまには夢見るのも悪くないな」
「あら、珍しいわね。アクスがそんなことを言うなんて」
「レインなら、って思えるんだよ」
アクスは、どちらかというと現実主義者だ。
常に合理的で、『正しい』と言われるような判断をしてきたつもりではあるが……
今回はレインに『賭ける』ことにした。
彼の理想に応えることにした。
「どうせもう後がないなら、最後くらい、思う存分にわがままをしてもいいだろ? それに……」
「それに?」
「レインなら必ずやってくれる、って思えるんだよな。だから、任せることができる。信じて待つことができるんだよ」
信じる。
希望を託す。
それは、時に、途方もない力を生み出す。
――――――――――
「水よ」
ジルオールの魔力に応えて、水が渦を巻いて槍となる。
狂化されて襲い来る魔族達の手足を貫いて、戦闘不能に陥らせると……
「おらぁっ!」
後続が突撃してくるが、カシオンの拳がそれを粉砕した。
もちろん、殺してはいない。
そうならないように器用に手加減していた。
「ったく、全力で戦えないってのはストレスが溜まるな。くそ」
「あら。そう言うわりに、あなたはとても楽しそうですよ?」
「あー……ジルオールさまには隠せねえっすか」
ジルオールが言うように、カシオンは笑みを浮かべていた。
自然と心が踊り、笑ってしまうのだ。
今、自分は殺すために戦っているわけではない。
未来を掴むために戦っているのだ。
思えば、そんな戦いをしたのは初めてだ。
いつも相手を殺すことだけを考えていて、それ以外のことは必要とせず……
知ることも良しとしていなかった。
でも、今は違う。
殺すのではなくて、生かすために戦う。
それは、なんて心地いいのだろう。
希望を抱くことで、心がどこまでも広く高く解放されていくかのようだ。
「おら、どんどん来いや! 今の俺は無敵だぁ!」
「やれやれ……今回は、私がサポートに回りましょう」
ジルオールとカシオンと。
それに従う魔族達は戦う。
憎しみを胸に抱くのではなくて。
悲しみに突き動かされるわけでもなくて。
平和な未来が欲しい。
その祈りを胸に前へ突き進んでいく。