作品タイトル不明
789話 欲しいものはただ一つ
アリオスは小さく笑い、腰の剣を抜いた。
以前見たものは錆びてボロボロになっていた剣なのだけど……
今はまったく違う。
刀身は綺麗に整い、宝石のように輝いていた。
その色は深い赤。
なぜか血を連想してしまう。
「その剣は?」
「この時のために、モニカとリースに用意してもらったものさ。『ソウルイーター』……魂を喰らい成長する、彗星の剣と対なす魔剣だよ」
「なんだって? そんなものをどこで……」
「さてね。彼女達が用意してくれたものだから、僕も詳しいことは知らないのさ。ただ、この剣を完成させるために人を切った。血を吸わせた。そのために冒険者狩りをしていた、ってわけさ。まあ、モニカとリースの動きを隠すための陽動、っていう役割もあったけどね」
とてもおぞましい話なのだけど……
でも、ソウルイーターはすさまじい剣なのだろう。
こうして見ているだけで震えてしまいそうになる。
それほどの圧を感じられた。
「魔族になった。ソウルイーターを完成させた。これだけの力を得れば、君に届くかもしれない」
「どうして、そこまで……」
「言っただろう? 悔しいからさ」
「そんな子供みたいな理由で、ここまでのことを?」
「単純といえば単純だけど、でも、そんなものじゃないかい? 人間がなにかする時の理由なんて、突き詰めればひどく単純で簡単なものだ。そうだろう?」
「……」
「まあ、僕の気持ちをわかってもらおうなんて思っていないさ。ただ……」
アリオスは一歩、前に出た。
「僕の願い、想いを果たさせてもらう」
本気なのだろう。
俺と再び決闘をするためだけに、これだけのことをしてきたのだろう。
そんなアリオスを止めることはできない。
今は王都のことを優先したいから後で……なんて話も通用しないのだろう。
アリオスを倒すか。
それとも、俺が殺されるか。
どちらかが果たされない限り、この先に向かうことはできない。
俺はなにも言わず、クサナギを構えた。
「へぇ……戦ってくれるのかい?」
「それが望みなんだろう?」
「そうだけどね。でも、こうも素直に受けてくれるとは思わなかったよ。間接的に手伝っておいてなんだけど、王都を優先すると思っていた」
「そうしたいけど、アリオスはそれを許さないだろう?」
「そうだね」
「それに……王都なら大丈夫だ」
落ち着いて考えればわかることだ。
王都にはみんながいる。
仲間がいる、友達がいる。
きっとうまくやってくれるはずだ。
魔物や魔族なんかに負けない。
モニカとリースの陰謀に屈したりしない。
勝利を勝ち取り、元気な笑顔を見せてくれるはずだ。
だから、俺は俺のやるべきことをやる。
アリオスがここまで歪んだのは俺が原因だ。
もちろん、直接的な関係はないのだけど……
逆恨みのようなものだけど……
それでも、俺が決着をつけるべきなのだと思った。
かつての仲間として。
「嬉しいよ、レイン。僕の誘いを受けてくれて、本当に感謝しているよ」
「断れない状況を作っておいて、よく言う」
「それについてはすまないと思っているさ。ただ、こうでもしないと、君は戦うことをしないだろう?」
「それは……」
「だから、思う存分に戦える環境を、舞台を用意したのさ。僕は悪。君は正義。とても戦いやすいだろう?」
「……俺は、自分のことを正義なんて言えない。そんな大層なものじゃないさ」
自分が思うこと、望むこと。
それを願い、実現させるために駆け抜けてきた。
ただ、それだけだ。
やりたいことをやる。
エゴを振り回してきたようなもの。
正義を掲げるつもりなんてない。
「俺は、俺が望む未来を勝ち取るために戦う。それだけだ」
「わがままだね。確かに、君は正義ではないのかもしれないね。ただ……」
一瞬だけど、アリオスはとても優しい顔をした。
「そういう者をなんて呼ぶのか知っているかい? ……英雄、さ」
「アリオス……?」
「僕は、英雄になれなかった。正義を謳う勇者にもなれなかった。ここにいるのは、ただの魔族。ただのアリオス・オーランドだ」
アリオスは笑みを消して剣を構えた。
「僕が僕であるために。同じく、願いを叶えるために……この剣を使う」
「お前の望みは?」
「言っただろう? 君に勝つことさ」
「……」
「過去の屈辱とか恨みとか、そういうのは関係ない。そんなもの、どうでもいい。もっともっと単純で、小さい話なのさ」
アリオスは苦笑した。
おかしな話だけど、その表情はとても人間らしく見えた。
魔族になったはずなのに、でも、誰よりも人間臭く見えた。
「君に勝ちたい。それだけを願い、想っている」
「迷惑な話だな」
「すまないね」
「そこで素直に謝られても調子が狂うな……」
ふと思う。
今のアリオスなら、うまくやっていけたのではないか?
きちんと信頼関係を結ぶ、互いに背中を預けるような、そんな理想的なパーティーを作ることができたのではないか?
そんなことを思うものの……
でも、もう遅い。
全てが遅い。
「僕の剣を受け止めてくれるかい?」
「ああ、やろうか」
俺とアリオスは互いに相手を睨みつけて、
「レイン・シュラウド」
「アリオス・オーランド」
駆ける。
「「いざ参る!!」」