作品タイトル不明
769話 娘
「すぅ……すぅ……」
ベッドの上でモニカが穏やかな寝息を立てていた。
リースに強引に休むように言われて、ベッドに横になり……
一分と経たないうちに眠りに落ちた。
よほど疲れていたのだろう。
そんなモニカを愛しそうに見つめつつ、リースは布団をかけてやる。
「可愛い私のモニカ……もうすぐ、あなたの願いを叶えてあげますからね」
そうつぶやきつつ、リースは昔のことを思い返していた。
モニカと出会った時のことを思い返していた。
……それは、10年以上前のこと。
当時のリースは魔族の上層部に位置しておらず、どこの派閥にも所属しておらず、自由気ままな日々を過ごしていた。
絶大な力を持つけれど、しかし、その使い道を見つけることができない。
他の魔族は魔王のためというけれど、リースはいまいちその実感を持てないでいた。
魔王といっても、ずっと眠ったまま。
今代の魔王はまったく目覚めることがない。
魔王の覚醒を以て人間を駆逐して、魔族の生存権を勝ち取る。
それは魔族にとっての夢だけど、リースはそこまで強い渇望は抱いていない。
現状で問題ないではないか。
人間との小競り合いはあるものの、大きな戦争はない。
なんだかんだ、魔族は西大陸で平和に暮らすことができている。
ならば、そのままでもいいのではないか?
そんなことを考えるくらい、リースにはやりたいことがなかった。
ある日のことだった。
妙な気配を感じて海岸に足を運んでみると、人間の子供が流れ着いていた。
ひどく衰弱していたものの、まだ息はある。
この子供を助けたら、少しは退屈をしのげるかもしれない。
そんな考えでリースは子供を助けた。
子供の名前は、モニカという。
リースはペットを飼う感覚でモニカの面倒を見た。
モニカは魔族であるリースに怯える……ことはなくて、されるがまま。
目は死んだ魚のようで、自発的に動くことはない。
なにもかもどうでもいい。
幼い身でありながら人生に……いや、世界に絶望した様子だった。
いったい、なにがあったのか?
子供がここまでの絶望を宿すなんて、よほどのことがない限りありえない。
リースはモニカに興味を持ち、世話をするだけじゃなくて話しかけたりするようになった。
最初はなんてことのない世間話だ。
好きな食べ物は?
嫌いな食べ物は?
趣味は?
色々と問いかけて……
いずれの答えも、なにもない、だった。
モニカが抱えている絶望はリースの予想を遥かに上回るもの。
だからこそ、リースは余計に興味を持った。
それだけじゃなくて、わずかな同情も。
憎むべき人間ではあるものの、子供がこれだけの絶望を抱いているなんて……
モニカの心を知りたい。
できることなら寄り添いたい。
いつしかリースはそう思うようになっていた。
それは母性だ。
世界から捨てられたモニカをどうしても放っておくことができず、種族の壁を超えて、憎しみの壁も超えて……
この娘のためになにかしてあげたいと、そう思うようになった。
それからリースは献身的にモニカの世話をした。
言葉で説明することはできない。
ただ、そうしなければいけないという使命感に駆られていた。
そして……
「……いつもありがとう……」
ある日、モニカはそう小さく言うと、わずかに笑ったのだ。
ぎこちない笑み。
でも、リースに対する確かな感謝と小さな愛情があった。
その笑顔を見た時、リースは思ったのだ。
ああ……この子がなによりも愛しい。
人間であろうと関係ない。
モニカを娘にしたい、なってほしい……と。
その願いはほどなくして叶う。
しばらくしてモニカはリースに心を許して、彼女を母のように慕うようになった。
リースもまた、モニカを実の娘のように優しく接する。
幸せな日々が続くけれど、しかし、それは本当の意味の幸せでない。
モニカは時々、ひどく暗い、空虚な表情を見せていた。
それは彼女の過去が関連しているのだろう。
モニカを拾った時の状況から考えて、なにか大きな事件に巻き込まれたことは間違いない。
しかし、いたずらに彼女の心の傷を刺激したくないと、リースはその話を避けていた。
ただ、ずっと避けてはいられない。
母親なのだから。
そうして話をして……
リースは決意した。
モニカの願いを叶えよう、と。
それが自分のやるべきことであり、今後、そのためだけに生きていくのだ、と。
「モニカ……もうすぐですよ。もうすぐ、あなたの願いを叶えてみせますからね。あなたの大嫌いな人間の国を滅ぼしてみせますからね」
リースは優しく優しく言い、穏やかに眠るモニカの頬をそっと撫でた。