作品タイトル不明
768話 母と娘
アリオスが宿の部屋を出て……
しばらくしたところで、再び扉が開く。
ただ、そこにいたのはアリオスではなくて、人間に化けたリースだった。
モニカは恭しく礼をする。
「おかえりなさいませ、リースさま」
「ただいま、モニカ。それにしても……」
リースはモニカの前に立ち、じっと顔を覗き込む。
「リースさま?」
「モニカ、あなたちゃんと睡眠はとっているのかしら?」
「睡眠……ですか? そうですね……」
最後にまともに寝たのは三日前だっただろうか?
ここ最近、計画を進めるのを優先して、他を色々と犠牲にしていた。
「特に問題ありません」
「嘘ですね」
即座に見破られてしまい、モニカは動揺してしまう。
「そ、そのようなことは……」
「あのですね……そんな顔をしてちゃんと寝ています、とか言われても説得力ゼロですよ? 疲労が顔に滲み出て……いえ、はっきりと浮かんでいます」
「そう……でしょうか?」
モニカは鏡を見る。
なるほど、確かに。
目の下にうっすらとクマができていた。
それと、顔全体に疲労の色が見える。
「今回の計画は、私達の集大成のようなもの。今まで以上に励み、慎重になって、働くのは仕方ないと思いますが……」
「……あ……」
リースはモニカを胸に抱きしめた。
優しく、温かく。
そして、娘に対するそれと同じように、抱きしめつつモニカの頭を撫でる。
「あまり無茶をしてはいけませんよ? 計画がうまくいったとしても、あなたが倒れてしまっては意味がないのですから」
そう言うリースからは無償の愛を感じた。
優しい笑みを浮かべつつ、愛しい視線をモニカに送っている。
それは、まさに『母』の姿だった。
「……申しわけありません、リースさま」
「わかってくれればいいんですよ」
「その……」
「はい?」
「……もう少し、このままでもいいですか?」
「ふふ」
甘えるモニカに、リースが小さく笑う。
「わ、笑わないでください……」
「ごめんなさい。あなたがこうして甘えてくれるなんて久しぶりだから、つい。でも、嬉しいんですよ?」
「もう……」
モニカは子供のように頬を膨らませる。
もしもこの場にレインやアリオスがいたら、ものすごく驚いただろう。
今までに見たことのない顔をするモニカを別人と疑うだろう。
それほどまでに今の彼女は穏やかで優しい顔をしていた。
「久しぶりに一緒にお風呂でも入りますか?」
「……ご冗談を」
「本気なんですけどね」
「それは、その……また後で決めましょう」
「あら、逃げられてしまいましたか」
「それよりも……」
モニカは、照れ顔から真面目な顔に切り替える。
「まずは、現在の計画の進捗を……」
「ええ、聞かせてちょうだい」
リースも心を切り替えて、部下からの報告を受け取る。
「アリオスさまについては、今のところ問題はありません。魔族になったことで精神が不安定になる心配はありましたが、その兆候はなく……むしろ、以前よりも安定しています」
「簡単に言うと、力を得たことで自信がついた、ということでしょうか?」
「そのようですね。例の剣についても、問題なく使いこなせています。現在のペースで贄を吸収することができれば、数日もあれば完成するでしょう。いえ、もっと早いかもしれません」
「そうですか、それは素晴らしい話ですね。あの剣を、まさか人間が使いこなせるようになるとは……ふふ」
「元人間、です」
「そうでしたね」
リースは上機嫌に笑う。
それだけ嬉しいことなのだろう。
「そして、私達の計画についてですが……」
若干、モニカの顔が固くなる。
緊張しているのではなくて、色々な感情が湧き上がり、それをうまく処理しきれていない様子だった。
ただ、あえて例えるのなら子供のよう。
誕生日を目の前にしてわくわくして、喜ぶ子供。
今のモニカはそれとよく似ていた。
「各方面を動かすことに成功しましたよ? 三分の一に届けば大成功というところでしたが、それ以上の数が動きそうですね。平和が長く続いたせいで、あちらこちらが腐っているようですよ、ふふふ」
「アリオスさまのおかげでもありますね。冒険者狩りで剣を完成させつつ、贄を集める。しかし、それ自体が陽動であり、私達、本来の目的を隠すことができた」
「アルトリウスの研究成果も役に立ちました。彼が残したデータのおかげで、アリオスさんの魔族化、剣の改良も順調ですからね」
「ヴァイスさまの能力も役に立ちましたね。それと……以前、人間の貴族とやらに贈った指輪も良いデータが取れました」
前々から色々な細工を施してきた。
種を蒔いてきた。
それらは今、リース達の役に立つために花開いて……
そして、野望を実現する手助けとなっている。
「もうすぐですよ、モニカ。もうすぐあなたの願いが叶います」
「……」
ふと、モニカが暗い顔に。
「どうしたんですか?」
「その……リースさまは、よろしいのでしょうか? 私のためにここまでしていただけることは、感謝してもしきれません。心の底から嬉しく思います。ですが、リースさまの独断になるかもしれず、立場が……」
「そのようなことは気にしなくて構いませんよ」
リースは再びモニカを抱きしめた。
「私は魔族で、あなたは人間。ですが、モニカのことは本当の娘のように思っています」
「……リースさま……」
「娘の願いは母の願い。だから、なにも気にすることなんてありません」
「……はい、ありがとうございます」
モニカもリースを抱きしめる。
子が母に甘えるように、力いっぱい抱きついた。
二人は種族が違い、本来は敵対している関係だ。
しかし……
リースとモニカは、間違いなく母と娘だった。