作品タイトル不明
767話 準備は着々と
「おかえりなさい」
「ただいま」
大通りに接した宿。
その一室にアリオスとモニカの姿があった。
アリオスとモニカは共に指名手配されている。
それなのに王都の宿を堂々と利用している。
まさかこんなところに指名手配犯がいるわけがない。
そんな心理が働いて、二人のことを見逃している者が多い。
灯台下暗しという言葉がぴったりと合う。
もっとも……
アリオスとモニカは、見つかったのなら見つかったで、それで構わない。
その時は敵を殺して、再び影に潜めばいい。
そんな過激なことを考えていた。
だとしたら、見つからないのは互いのためになっているのかもしれない。
「アリオスさま、お怪我はありませんか?」
「問題ないさ。今の僕は、そこらの人間に負けるほどヤワな存在じゃないからね」
「ですが、レインさまと出会ったのでしょう?」
「耳が早いね。どこで知ったのやら」
アリオスは苦笑した。
以前のアリオスなら、レインの話題を耳にするだけで眉をしかめて、不機嫌そうに鼻を鳴らしていたのだけど……
今は違う。
余裕を失うことなく、冷静さを失うこともない。
落ち着いた様子でレインの話を受け流していた。
「大丈夫。すでに仕事は終えた後だったからね。すぐに逃げたよ」
「それはなによりです」
この場にレインがいたら、アリオスの発言に驚いただろう。
すぐに逃げた。
以前のアリオスを考えると、絶対に考えられない言葉だ。
例えどんな敵であろうと、どんな状況であろうと、そのプライドの高さ故に撤退の選択は絶対にない。
それが、アリオス・オーランドという男だ。
……だったはずだ。
「それにしても……」
アリオスは腰に下げた剣を見る。
全身がボロボロで、刃も錆びついている、どうしようもない剣。
「これは不思議な剣だね。こんな状態で、とても扱いづらい。でも、人を斬る時だけは別だ。見た目からは想像もつかないほど、すごい切れ味を見せてくれる」
「ふふ。その剣は血が大好きですからね。伝説の装備と対を成す武器で、人の血を吸えば吸うほど強くなりますから」
「確かに。最初は話半分だったけれど……今は、ちゃんと実感できるよ。この剣はすごい、とね」
「このまま血を与え続けて……そして、私が集めた魂やその欠片を使うことで、その剣は真の存在に昇華します。その時こそ、アリオスさまの全てが完成する時です」
「悪くないね。その時が、今から楽しみだよ」
アリオスは笑みを浮かべつつ、鞘の上から剣を撫でた。
子供に接するかのような優しい手。
実際、彼にとっては同じような感覚なのだろう。
「それで……」
「はい?」
「僕の剣が完成した後、それからはなにをするんだい?」
「……」
モニカが黙る。
アリオスは構うことなく言葉を続けた。
「冒険者狩りは僕の剣を完成させるためと聞いているが、それだけじゃないだろう? 他になにか、するべきことがあるんだろう? いや。僕を連れてきたということは、僕にやらせたいことがある、が正しいのかな?」
「……アリオスさまに隠しごとはできませんね」
「なぜだろうね。魔族になってから視野が広がったというか……人間だった頃の自分を思い返すと、やれやれと呆れてしまうよ。どうして、あの頃の僕はあんなにも愚かだったのだろう、と」
「あの頃のアリオスさまは、別の意味で素敵でしたが」
「ありがとう」
アリオスは微笑み……
そのままの表情で言葉を重ねる。
「それで、モニカはなにをしたいんだい?」
「それは……」
「いや……こう言い換えた方がいいかな? モニカとリースは、なにをしたいんだい?」
「……」
モニカの顔から笑みが消えて……
「やれやれ、本当に敵いませんね」
再び笑みが戻る。
「正直なことを言うと、以前のアリオスさまは御しやすかったのですが……」
「まあ、そう思われても仕方ないね。僕のことではあるけれど、自分で自分に呆れてしまうよ」
「きちんとお話をしますが……その前に、どうしてそこまで変わられたのですか? 魔族になったから、ですか?」
「そうだね。魔族になることで、僕は文字通り生まれ変わった。そうすると、今まで勇者の称号や周囲からの称賛などにしがみついていたことがバカバカしくなったんだよ。魔族である僕が、なぜ人間の声を気にしなくてはいけない……とね」
アリオスは苦笑した。
「そこで気づいたのさ。称賛の声なんてどうでもいい。勇者の称号も興味ない。僕はただ、己のプライドを守り、そこから生まれる願いのみを果たすべきだ……と」
「その願いとは?」
「レインに勝つことだよ」
気まぐれにパーティーに迎えて。
気まぐれにパーティーを追放した。
しかし、レインはアリオスの予想を超えた活躍をして、大きく成長した。
アリオスをあっという間に抜き去り、後ろを振り返ることすらしない。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
嫉妬と自分に対する情けなさが増すばかりで、どうすることもできない。
自分のことなのに感情をコントロールできない。
でも、どうすることもできない。
できることといえば、どうしてこんなことに? と考えるだけだ。
そうして考えて考えて考えて……
そして、魔族になった。
人間としての枠を超えた時、色々なしがらみが消えて、余計な感情も消えた。
残った感情は、とてもシンプルなもの。
レインに勝つ。
それだけだ。
「だから……次は絶対に勝つ。勝たないといけないんだ。そのために、僕は人間を捨てたのだから」
「応援いたします」
「ありがとう」
アリオスが素直に礼を言う。
ここにレインがいたら、やはり驚いていただろう。
「すまないね。僕が話を脱線させてしまった」
「いえ、私の質問がきっかけなので」
「それで、モニカはなにをしたいんだい? 色々と思惑があったのだろうけど、僕にここまでよくしてくれたんだ。なんでも協力させてもらうよ」
「では、遠慮なく」
モニカは笑い……とても優しい笑顔で言う。
「この国を崩壊させたいのです」