作品タイトル不明
747話 さようなら
「……知っていたのか」
「うん。私達自身のことだから、なんとなくね」
力はラインハルトのものを借りた。
でも、起点となっているのはあくまでもレイチェルだ。
だから、村のことは誰よりも詳しいのだろう。
「ありがとう、レインくん」
「え?」
「私達のこと、心配してくれているんだよね? 気にかけてくれているんだよね? だから、ありがとう」
「なんで、そんな……」
泣きたくなるような、叫びたくなるような。
言葉にできない感情が、ぐぐっとこみ上げてきた。
「どうして笑っていられるんだよ……レイチェルやみんなは、このまま……消えてしまうのに」
「うん、そうだね」
「でも」と間を挟み、レイチェルはあくまでも笑顔で続ける。
「元々、私達は死んでいたから」
「それは……」
「だから、こうして再会できたのは、お話をできたのは奇跡のようなものなんだよ。そして、奇跡は長続きしない……仕方ないんだよ」
レイチェルの言う通りのなのだろう。
どうしようもないことなのだろう。
だけど……
「……やめてくれ」
「レインくん?」
「そうやって、無理をするのはやめてくれ」
「……」
レイチェルはうつむいた。
「我慢なんてしないでくれよ。なんてことないような顔をして、でも、今にでも泣き出しそうな顔をしてて……そんな顔をされたら、俺、どうすればいいかわからないから」
「でも、私は……」
「ごめん。俺は……なにもできない。みんなを助けることはできない。今も昔も……無力だ」
拳をぐっと握り締めた。
昔は、なにも力を持たず、誰も助けることができなかった。
今は多少の力を手に入れたものの、やはり、誰も助けることができない。
でも。
だけど。
「俺のために我慢してくれているんだろう? 心配をかけたくない、って……それは、もういいから」
「……あ……」
レイチェルを抱き寄せた。
昔、別れた幼馴染はとても小さい。
こんな体で色々なことに耐えていたなんて……
我慢させてしまっていたなんて……
「もういいから」
「……」
「俺は、大丈夫だから」
「……」
「だから、レイチェルは我慢しなくていいんだ。好きなようにしていいんだ。その心を聞かせてほしい」
「……私は……」
レイチェルは、そっと俺の背中に手を回してきた。
そして、ぎゅっと掴んできた。
その手は……震えている。
「……いや、だよ……」
「ああ」
「私、死にたくなんて……ない」
「ああ」
「死にたくない、死にたくないよ……! やだやだやだ! もっと生きたいの、レインくんと一緒にいたいの! こんなところで、もうお別れなんてやだ! やだよっ、私、いやなの! まだ死にたくない、消えたくない……生きたいよっ!!!」」
「……ああ……」
顔をあげたレイチェルは、涙で頬を濡らしていた。
その涙はレイチェルの心の悲鳴だ。
感情が涙という形になって表に出ている。
それを止めないといけない。
止めたいのに……
でも、俺はどうすることもできない。
レイチェルを生き返らせることは不可能だ。
かといって、このまま維持することもできない。
彼女は……もう死んでいる。
一度死んだ人は、二度と元に戻らない。
生き返ることはない。
だから、もう……
「やだやだっ、私、レインくんのことが好きなのに! ずっとずっと一緒にいて、結婚して、子供を産んで……幸せになりたいよ、なりたかったよぉ!」
「ごめん……俺、なにもできない」
「うぅっ、ううううう……怖いよ、レインくん。私、怖い……また死んじゃうなんて、またお別れになっちゃうなんて……なんで、こんなことに……!!!」
「ひどい話だよな。こんなのどうしていいか、俺もわからなくて……本当にひどい話だ」
「うあ、あああぁ……うわぁあああああああぁんっ!!!!!」
レイチェルは大声で泣いて。
体を震わせて、涙を流して。
俺は、色々な感情を必死になって抑え込みながら、彼女をしっかりと抱きしめた。
ずっと、ずっと抱きしめた。
――――――――――
「……ごめんね」
しばらくして、レイチェルは落ち着きを取り戻した。
ただ、目元は赤くなっていて痛々しい。
「私、レインくんに八つ当たりするようなことをして……」
「いいよ。俺は別に気にしていないから」
「うん、ありがとう」
「それより、そろそろ家に帰ろう。みんな起きていると思う」
「ううん」
レイチェルは静かに首を横に振る。
「私は……ここまでみたいだから」
「レイチェル?」
彼女の姿が薄らいでいく。
向こう側が透けて見えるようになって、足元からゆっくりと消えていく。
「レイチェル!?」
「ごめんね、レインくん……本当なら、レインくんと一緒にいるべきじゃなかったんだ。また、辛い思いをさせちゃうから。でも私、弱くて……」
「いいよ、そんなことはいいんだ!」
「……あ……」
レイチェルを抱きしめた。
「寂しくて悲しくて……でも、俺は大丈夫だから! なんとかやっていけるから! だから、レイチェルがそんなことを気にする必要はないんだ!」
「レイン……くん」
「さっきも言ったじゃないか。我慢しなくていい、って。だから……」
「……うん、ありがとう」
レイチェルはにっこりと笑う。
涙まじりの笑顔だけど……でも、とても綺麗な笑顔だった。
「もうちょっとだけ、こうしてもらっていてもいい? ぎゅってしてほしいの」
「いくらでも」
「えへへ。レインくん、温かいね」
「そうかな?」
「うん、すごく温かいよ。ぽかぽか」
「そっか、よかった」
「……ねえ、レインくん。最後に、わがままをしてもいいかな?」
「どんとこい」
「それじゃあ……」
レイチェルは、ちょっといたずらっ子のような顔をして……
「……んっ……」
そっと、俺の頬にキスをした。
「大好きだよ、レインくん」
「レイチェル……?」
「……ばいばい……」
レイチェルは最後に笑い。
ふわっと、光が弾けて。
そして……消えた。
「……っ……」
俺は唇を噛んで、叫びたくなるのを我慢して……
「レイ……チェル……!!!」
でも、涙は堪えることができなくて。
しばらくの間、一人で震えていた。