作品タイトル不明
748話 いってきます
ふと、足音が聞こえてきた。
振り返ると……
「父さん……母さん……」
優しい顔をした二人の姿があった。
ただ……
レイチェルと同じように、その姿は薄らいでいた。
輪郭がぼやけてきて、彼女と同じように消えようとしている。
村の起点となったレイチェルは消えた。
なら、残されたみんなも全て……
そういうことなのだろう。
「父さん、母さん。俺は……えっ」
いきなり父さんと母さんの二人に抱きしめられた。
ちょっと痛いくらいだ。
「えっと……ど、どうしたのさ、いきなり?」
「大きくなったね、レイン……本当に大きくなった……」
「あぁ、まさか、この子がこんなに立派に成長してくれるなんて……」
「父さん、母さん……もしかして記憶が……」
自分達がすでに死んでいること。
それを認識した……?
「でも、どうして……」
父さんと母さんは、言ってしまうと再現されたものだ。
過去の一部を切り取り、現代に持ってきた。
だから、それ以上の記憶はないはずなのに……
「全部、わかっているよ。わかった、と言うべきかな?」
「私達がすでに死んでいること。そして、一時的にだけど蘇ったこと。それと……あれから何年も経っていること。全部、わかっているわ」
「そんなこと……いったい、どうして……」
「さてね。わからないけど……最後の最後だから、こんな奇跡が起きたのかもしれないね」
「神様からの贈り物かしら」
わからない。
わからないけど……
今、本当の意味で父さんと母さんに再会することができた。
でも、それはすぐ終わる。
二人は、レイチェルと同じように消えてしまう。
「父さん、母さん……俺は、俺は……!!!」
泣いたらいけない。
心配をかけたらいけない。
辛いのは俺だけじゃない。
父さんと母さんの方が辛いはずだ、苦しいはずだ。
それなのに……
でも、涙が止まらない。
レイチェルが消えて、枯れるほど泣いたはずなのに……
でも、どこに残っていたのかと驚くほど、涙があふれてくる。
「すまないね、レイン……また残してしまうことになる。先に行ってしまう」
「でも……今のあなたなら大丈夫でしょう?」
「そんなことは……!」
また、父さんと母さんと別れないといけない。
二人の死を見送らないといけない。
そんな残酷なこと、耐えられるわけが……
「あなたは一人じゃないでしょう?」
「……あ……」
母さんの言葉で目が覚めたような気がした。
そうだ。
俺は一人じゃない。
昔は一人だった。
子供で、なにもできなくて……
頼れる人もいなくて、一人でなにもかも抱え込んで、耐えないといけなかった。
でも……
今は違う。
仲間がいる。
みんながいる。
カナデ。
タニア。
ソラ。
ルナ。
ニーナ。
ティナ。
リファ。
サクラ。
フィーニア。
イリス。
ライハ。
そうか。
俺は……一人じゃないんだ。
「……ありがとう。父さん、母さん」
そっと、二人から離れた。
それから手の甲で涙を拭う。
これが二人との最後のお別れだ。
もう二度と会うことはできない。
なら、笑顔にならないと。
心配をかけないように。
俺はもう大丈夫と伝えるように。
笑って見送ろう。
「うん、父さんと母さんの言う通りだ。俺は一人じゃない。みんながいる。だから……うん、もう大丈夫」
「よかった。いつものレインに……ううん。いつも以上にかっこいい顔になってくれたね」
「ふふ。いつの間にかこんなに成長しているなんて、男の子の成長は早いですね」
「えっと……母さん、子供扱いはやめてほしいんだけど」
これでも成人している。
「あら。親にとって子供は、いつまでも子供のままなのですよ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「諦めよう、レイン。お母さんに口で勝つなんて不可能だよ」
「父さんが言うと、なんか、ものすごく説得力があるな……」
「何度もお母さんに口で負けてきたからね。あと、結婚して、と迫られた時も負けちゃったよ」
「え、なにそれ? 母さんからプロポーズしたの?」
初耳すぎる。
母さんを見ると、ちょっと照れた様子だった。
「だって、お父さんったら、いつまで経ってもプロポーズしてくれないんですもの。なら、私からいくしかないでしょう?」
「あれは、その……すまないと思っているよ。ただ、男には色々な準備が必要なもので……」
「その準備のために、数ヶ月も待たされたのですが?」
「……ごめんなさい」
母さんが拗ねたように言うと、父さんは頭を下げた。
それ以外の選択肢はないようだ。
「なんか意外だなあ……そういう話、もっと聞きたいかも」
「ふふ、いいですよ」
「えっと……できれば、別の話題がいいかな」
「ただ……そろそろ時間ですね」
父さんと母さんからあふれる光がどんどん勢いを増してきた。
それに合わせて、二人の体が消えていく。
「父さん……母さん……」
「大丈夫だよ、レイン。もう一人じゃないし……それに、いつかまた会えるよ。その時は、ゆっくりと話をしよう」
「でも、急いで私達のところに来てはダメですよ? しっかりと自分の人生を生きて、それからでないと怒りますからね?」
「ああ、わかっているよ」
父さんと母さんが消えてしまう。
悲しい。
悲しいけど……
でも、もう涙は流さない。
最後は笑顔で。
「父さん、母さん」
「うん」
「ええ」
俺は柔らかい笑顔を見せる。
「また」
「うん、またね」
「また会いましょう」
二人は笑顔で手を振り……
そして、ゆっくりと消えていった。