作品タイトル不明
648話 零式監獄
ノキアによって監禁されているはずのヴェルグは、レインの家から少し離れたところにある丘にいた。
なぜ自分はこんなところにいるのか?
捕まっていたはずなのに、いつの間に抜け出すことができたのか?
色々と疑問に思うヴェルグだけど、謎は後回しにする。
今は撤退が先だ。
ミナが捕まってしまい、奪還が難しいとなると、作戦を一から考え直さなければいけない。
リースとモニカに状況を報告するべく、遠く離れたアジトへ……
「がっ……!?」
突然、胸部に激痛が走る。
ゆっくり視線を降ろすと、人の手が生えていた。
「な、んだよ……これは……」
「ごくろうさま」
背後から声が聞こえてきた。
ヴェルグは痛みを無視して、強引に体を捻り、自身を貫く腕を抜いた。
そのまま大きく跳び、背後にいる何者かと距離を取る。
「てめえは……」
「ふむ? 今の一撃で死なないとは。やれやれ、私も衰えたものだ。若い頃ならば、この程度の魔族、確実にしとめていたというのに」
白髪まじりの髪。
白を基本とした法衣。
血に濡れた手と反対に持つ、聖なる杖。
アルトリウス・グレイゴム。
教会のトップに立つ者がそこにいた。
「ごほっ……いつの間に、俺の後ろに……」
「やれやれ、そう睨まないでほしいものだ。君を亜空間から救出したのは、この私なのだから」
「なんだと?」
「まあ……その後、私のために犠牲になってもらうのだから、君の終わりは避けられないことなのだけどね」
「なにを……」
「零式監獄を発動させるには、贄が必要でね。君のような魔族は、これ以上ないほど、良い素材なのだ」
「さっきから……なにを言ってやがる!」
ヴェルグは痛む胸部を無視して、アルトリウスに襲いかかった。
影を刃として、アルトリウスの体を細切れにしようとするが……しかし、遅い。
その全てを回避されて、杖によるカウンターを受けてしまう。
「がはっ」
「やれやれ、元気の良い贄だ。もう少し弱めておく必要があるか」
「ぐあ!?」
当たり前のことをするかのように、アルトリウスは、杖でヴェルグの足を貫いた。
肉を断ち、骨も貫く。
鈍い音と悲鳴が重なった。
「これでいい。さあ、儀式を始めようか」
「てめえ、は……いったい、なにを……?」
「ふむ。なにもわからず死ぬのは恐ろしいかな? しかし、案ずることはない。君は尊い犠牲となるのだ。仲間に売られたことなんて、気にすることはない」
「売られた……だと?」
「おや? 気づいていなかったのかな? ホライズンに来た君と、その仲間達は売られたのだよ。私の誘いに応じて……なんといったかな? そう、リースだ。彼女と私の取り引きにより、その身を供物として捧げることになったのだ」
ヴェルグは愕然とする。
アルトリウスがなにを言っているかわからない。
わかっているものの、認めたくない。
魔族の未来のために、仲間のために働いてきた。
なんでもしてきた。
今回も、ミナという人間を魔族に堕とすため、この地で裏工作をしてきたのだけど……
しかし、それらは全て嘘だった?
それ以前に、リースが考えた計画に勝手に組み込まれていて、しかも、自分と仲間達は死ぬことを予定されていた?
「そんな、ふざけたことを……!!!」
「光栄に思うがいい」
アルトリウスは笑う。
絶望するヴェルグを見て、楽しそう悲しそうに。
とても人間とは思えない表情で……嘲笑う。
「貴様の犠牲によって、ミナ・ルサージュは聖女となる。あるいは……まあいい」
「この……!」
ヴェルグは反撃を試みるが、全て封殺されてしまう。
格が違う。
人間だとしても、その能力はトップクラスだ。
そこらの魔族を束ねても敵わないだろう。
しかし、それは当然のこと。
アルトリウスは教会の頂点に立つ男。
政治的な能力だけではなくて、実戦を乗り越える戦闘力を身に着けている。
「さようならだ。君の尊い犠牲は忘れない」
アルトリウスの持つ杖がヴェルグの胸を叩いた。
それを合図としたかのように、ヴェルグの動きが止まり……
その体が光に包まれて消えていく。
そして数秒後。
連鎖反応が起きたかのように、街が光に包まれる。
零式監獄の完成だ。
この光の中にいるものは体力と魔力を奪われて、やがて衰弱死する。
外に脱出することも叶わない。
「これで準備は整った。零式監獄は魔族の仕業ということにして、そして、ミナを誘導する。彼女を使い結界を解除すれば、汚名は晴れる。教会の権威は復活する」
アルトリウスが嘲笑う。
「もしも、ミナが従わない場合は……その時は、尊い犠牲になってもらおう。その身を捧げ、民のために結界を解除する。ああ、なんて美しい美談なのだろう」
結局のところ……
アルトリウス・グレイゴムという人間は、教会と己のことしか考えていない、どこまでも卑劣な男なのだった。