作品タイトル不明
645話 よろしいのですか?
「よろしいのですか?」
部屋を出ると、そう声をかけられた。
振り返るとイリスの姿が。
エリスが苦い顔になる。
「……今のやりとり、聞いていたのですね」
「申しわけありません。偶然、エリスさんが部屋に入るのを見て気になり……盗み聞きをすることになってしまいましたわ」
気まずそうにイリスは視線を逸らす。
その反応を見て、今の言葉に偽りはないとエリスは判断した。
「そういうことなら、咎めるようなことはしません。それで……今の言葉の意味は?」
「わたくしには、あなたは復讐を望んでいたように見えましたが」
「復讐……そう、そうですね。それを考えなかった日はありません」
エリスは遠い目をした。
そして、胸元に添えた手をぐっと握りしめる。
「家族の無念、友の無念、村の無念……忘れなかった日はありません」
「では、どうして?」
「謝罪をされた……からでしょうか」
そうつぶやいたエリスの顔には、怒りの感情が残っている。
完全にミナのことを許したわけではない。
そんなことは不可能だ。
しかし、謝罪する相手を斬ることに正義はない。
大義もない。
ただ、残された者の気持ちを晴らすだけだ。
それはそれで必要なこと。
不要と断じることはできない。
できないのだけど……
「彼女は、心から謝罪しているように見えました。そんなミナさんを、私は……斬ることはできません」
「お優しいのですね」
「違います。ただ、意気地なしなだけです」
「それはそれで、一つの優しさですわ」
「そして」と間を挟み、イリスは言葉を続ける。
「復讐の刃を収めること。その決断をしたあなたを、わたくしは尊敬いたしますわ」
「尊敬……? なぜ?」
「わたくしは、個人の力だけでは成し遂げられなかったことなので」
「あなたは……」
「ふふ、詳細は秘密ですわ」
イリスは唇に人差し指を当てて、いたずらっぽく笑う。
そんな彼女を見て、エリスも小さな笑みを浮かべた。
言葉にしていないものの、自分と同じものを抱えていると悟ったのだろう。
「では、わたくしはこれで」
イリスは一礼して、家の奥に向かい……
「あっ、イリス見つけた!」
「ちょっとあんた、こんな時間になにやってるのよ?」
カナデとタニアが現れた。
二人共ジト目をイリスに向ける。
「まさか、レインのところに夜這いをかけようと……?」
「え?」
「なんて抜け目のない! 許せないわね」
「え? え?」
カナデとタニアは、左右からイリスを抱えて、
「「おしおき!!」」
「ちょっ!? ち、違いますわ。今回は、わたくしはそのようなことは……」
「「言い訳無用!!」」
「ですから本当に……!!!」
必死の弁明をするものの、イリスはそのまま二人に連れて行かれるのだった。
「……ふふ」
一人残されたエリスは小さく笑い、穏やかな気持になるのだった。
――――――――――
「私は……レインさんとシフォンさんに協力をしたいと思います」
翌日。
どこかスッキリした顔で、ミナはそう言った。
全ての問題が解決したわけではないし、悩みも迷いも消えたわけではない。
それでも、少しは目が晴れたようだった。
「正直なところ、まだモニカさんとリースさんを信じる気持ちが……信じたいと思っているところはあります。ですが……それと同じくらい、レインさんとシフォンさんのことも信じたいと思っています」
「そっか」
「なので……今は、あなた達に協力をしたいと思います。もしも私が騙されているというのなら、これ以上、モニカさんとリースさんに協力するわけにはいきませんから……罪を重ねるわけにはいきませんから」
まっすぐこちらを見て、ミナはそう言った。
その瞳からは、以前まではなかった『覚悟』のようなものを感じる。
「……レイン、信じていいの?」
「……またなんか、ろくでもないことを企んでるんじゃない?」
カナデとタニアが、左右からそっと耳打ちをしてきた。
二人の懸念は理解できる。
何度も敵対して、何度も戦ってきた相手だ。
そうそう簡単に信用できるはずがない。
むしろ、信用する方がおかしい。
おかしいのだけど……
「俺は信じるよ」