作品タイトル不明
644話 ごめんなさい
「……」
ミナは呆然としていた。
今までの彼女なら、エリスの問題は些細なこと、と切り捨てただろう。
事実、過去にそうした。
しかし、それができたのは、勇者パーティーとして魔王を討伐する、という大義名分があったからだ。
大義のために小さな犠牲はやむを得ない。
だからこそ、真剣に考えることはなくて。
事件に向き合うこともなくて。
思考放棄をすることができた。
でも、今は、その大義名分はない。
ミナは元勇者パーティーであり、そして、反逆者。
人間と魔族の和平を考えているものの、それは汚名返上のためであり、大義なんていうものはない。
それに……
そもそも、村が壊滅したという話は聞いていなかった。
アリオスは、多少の被害は出たものの問題のない範囲、と言っていた。
だからこそ、必要な犠牲などと言ってしまったのだけど……
「わ、私は……」
ここで初めて、ミナは自分が犯した罪と直面することになった。
逃げることはできず、目を逸らすこともできない。
罪を受け止めるしかない。
「……私に与えられた任務は二つ」
エリスは剣を抜いて、ミナの首に突きつけた。
「あなたの真意を問いただし、可能なら教会へ連れ戻すこと」
「教会へ……?」
「上層部……アルトリウスさまは、まだ、あなたに利用価値があると考えているのでしょう。事実、あなたの力は惜しい。力だけはありますからね」
「……」
エリスの皮肉に気づいた様子で、ミナは苦い顔になる。
「もう一つの任務は、教会の意に従わない場合……処分すること」
「っ!? そ、それは……」
「あなたは教会から必要とされていますが、しかし、厄介者でもあります。これ以上、教会の権威が失墜する前に処分する……アルトリウスさまは、その可能性も検討しています」
「そんな……わ、私は……今まで、教会の、神の下僕として……」
「いい加減、その思考放棄をやめなさいっ!!!」
「っ!?」
エリスの叫びに、ミナはビクンッと体を震わせた。
「そうやって思考放棄をして、他人に行動を委ねてばかりで……その結果がコレなのですよ!? 勇者パーティーではなくなり、反逆者に堕ちた。それだけではなくて、私の村のような悲劇を何度もばらまいてきた! その事実と罪を受け止めなさい!!! それすらできないようであれば……斬ります」
エリスは剣を握る手に力を込めた。
わずかに刃がミナの首に食い込み、血が垂れる。
「教会には、あなたが従順ではなかったと報告しておきましょう。使えないから殺した、そういうことにしておきましょう」
「それ、は……」
「私の独断、勝手な行動になりますが……ですが、問題ありませんよね? あなたも、私の故郷を滅ぼしたのだから。家族を奪ったのだから!!!」
「あ……」
「この期に及んで、あなたがなにも考えないのなら、私が考えて、裁きを下しましょう」
「わ、私……は……」
ミナは呼吸を荒くした。
過呼吸になっているかのように顔色を悪くして……
胸元をおさえつつ、それでも意識を失うことなく、エリスを見る。
エリスの怒りが伝わってきた。
同時に悲しみも伝わってきた。
なにもかも他人に委ねて、そうすることが正しいと信じて思考放棄を続けてきたミナだけど……
今、ようやく、自分で考えるという選択をした。
どうすればいい?
エリスに対して、どう向き合えばいい?
どんな言葉を紡げばいい?
必死に考えるのだけど……
でも、なにもわからない。
今まで散々、思考放棄を続けてきたのだ。
今になって向き合うと決めても、心はついていかない。
頭もついていかない。
なにを言えばいいかわからず、ぐるぐると混乱するだけだ。
だけど……
そんなミナでも、今、なにをしなければいけないのか、わかった。
それは……
「……申しわけ、ありませんでした……」
ミナは床に膝をついて、手と頭をつけて、謝罪の言葉を口にした。
これからどうすればいいか、わからない。
エリスの気持ちにどう応えればいいのか、わからない。
しかし、謝罪をしなければならないことだけは理解した。
悪いことをしたら謝る。
子供でもわかることだ。
「本当に、申しわけありませんでした……」
「なんですか、それは? 心からの謝罪なのですか? 私からしたら、命乞いをしているようにしか見えないのですが」
「そう、なのかもしれません……」
思考放棄を続けてきたミナにとって、これが心からの言葉なのかわからない。
自分のことなのに理解することができない。
ただ、こうしなければいけないと思った。
今更、エリスの故郷を元に戻すことはできない。
家族を蘇らせることはできない。
なにもできない。
でも、せめて、謝罪をしなければいけない。
そうしなければ、虫以下ではないか。
「今更ですけど……本当に今更ですが、私が間違っていました……申しわけありませんでした」
「……謝るくらいなら、私の家族を生き返らせてほしいのですが? あなたは死者蘇生すら可能なのでしょう?」
「可能、ですが……無理です。時間が経ちすぎていますし、魔法の性質上、一人が限界なので……」
「? ……まあ、いいでしょう」
エリスは剣を引いて、鞘に収めた。
「あなたのことは一生許しません。ずっとずっと、憎しみを抱くでしょう」
「そう、ですね……」
「ただ……今後のことは、あなたの意見をふまえて判断したいと思います」
「え……?」
「ようやく自分で考えることを思い出したようなので。今のあなたなら、昔と同じ過ちは繰り返さないでしょう。そして、話をする価値があるでしょう。私は、そう判断しました」
「……エリスさん……」
「処分するか、教会へ連れ戻すか。あるいは、第三の選択をするか。それはまだわかりませんが……これからは、しっかりと物事を自分で考えて、その選択に責任を持ってください。私から言えることは以上です」
そう言い残して、エリスは部屋を後にした。