作品タイトル不明
631話 流され、気づかず
「ヴェルグさん、大丈夫ですか!?」
いざという時のために、ホライズンに用意しておいたセーフハウスに、ミナとヴェルグの姿があった。
ミナは、一人では歩けないヴェルグに肩を貸して、ベッドまで運ぶ。
うつ伏せに寝かせて、背中の傷を見る。
「毒などは……よかった、大丈夫みたいですね」
「そんなに騒ぐなよ、これくらいじゃ魔族は死なねえさ……っ」
「確かに死なないかもしれませんが、しかし、痛みはあるのでしょう? すぐに治療します……エクスヒール」
ミナは、祈るように両手を合わせて、魔法を唱えた。
手の内側に光が生まれ、室内を明るく、温かく照らす。
合わせた手をそっと開くと、光の粒子がふわふわと宙を漂い、ヴェルグに移動する。
優しくヴェルグの背中を照らして、血を止めて、傷をゆっくりと癒やしていった。
十分ほどかかったものの、傷口が塞がる。
「これで大丈夫です」
「おう、ありがとな」
ヴェルグは礼を言い起き上がるが、それを見たミナが慌てる。
「動いてはダメです。傷は塞ぎましたが、失われた体力や精神力までは戻りません」
「これくらい大丈夫だ」
「しかし……」
「それよりも、これからのことを話し合わないとな。ここも絶対安全とは言えねえし、時間のあるうちに話をしておいた方がいいだろ?」
「……そうですね」
その通りだと納得して、ミナはヴェルグを寝かせるのを諦めた。
ヴェルグは椅子を持ってきて、そんなミナの対面に座る。
「さて……勇者と話をしてみたい、ってのは叶ったわけだが、結果を見れば決裂だ。まあ、俺が先走ったせい、ってのもあるが……」
「いえ……ヴェルグさんは、私のことを考えてああしたまでのこと。感謝することはあっても、責めることはしません」
「ありがとな」
ヴェルグは笑い……
そして、心の中でも笑う。
こんなにも簡単に人を信じて。
こんなにも簡単に状況に流されてしまう。
なんてちょろい女だろう。
今まで自分でものを考えてこなかったに違いない。
だからこそ、こんな結果になっているのだろう。
……ヴェルグは、そう笑っていた。
「私では力不足なのかもしれませんね……アリオスの力を借りることができれば」
頼ることが当たり前になっているのか、ミナは、自然とそんなことを口にしていた。
「そいつは無理だろ? 元勇者の兄ちゃんは、他にやることがあるらしいからな」
「そうですね、モニカさんがそう言っていました。今後のために、絶対にやっておかなければならないことがある……と」
本当は、やっておかなければいけないことなんてなくて……
ミナとアリオスを引き離すための方便だ。
引き離す理由は、ミナを使い捨てるため。
そんなモニカやリースの思惑に欠片も気付くことなく、ミナは憂い顔をしつつ、今後のことを真面目に考える。
「こうなってしまうと、シフォンさんとの交渉は……難しそうですね」
「だな。ああなると、向こうは俺らの話なんて聞いちゃくれねえだろう。なにもしなければ捕まるか、あるいは殺されるか。どちらにしても未来はないな」
「なら……」
どうすればいい?
どうすれば、人間と魔族の和平を結ぶことができる?
そうして、前人未到の功績を打ち立てて……
今までの失敗をなかったことにしたい、帳消しにしたい。
そうしなければならない。
失敗して、このまま犯罪者として消えたとしたら……
自分はいったいなんのために存在してきたのか?
今まで生きてきた意味はなんだったのか?
なにもわからないではないか。
「私は……」
勇者パーティーではなくなり。
すがる神の声も聞こえず。
道標を失ったミナは、自分でこれから歩いていく道を探さなければいけない。
そうやって焦っていたせいなのだろう。
……簡単に道を踏み外してしまう。
「勇者を殺せばいいんじゃねえか?」
「え?」
「現状、邪魔になっているのは、シフォンっていう勇者だ。あいつがいるから話ができない。どうしても戦いになる」
「それは……しかし……」
「勇者がいなくなれば人間の戦力が減り、こちらの話を聞かざるをえないさ。ちと強引な方法だが、話はできる」
「……」
「なぁに、大事の前の小事ってヤツさ。勇者を殺すだけで、こちらの有利に話を進めることができる。あんたの夢である、魔族と人間の和平も叶うかもしれない。そのための犠牲が必要なら……やるしかないだろ?」
「……そう、ですね」
かなり無茶のある話ではあるが……
しかし、それを判断する正常さはミナに残っていなかった。
焦り、苛立ち、恐怖して……
追いつめられているミナは、ヴェルグの言葉にすがるしかない。
自分の道は自分で探さなければいけない。
そうとわかっていながら、ミナは、ここにきてまで誰かにすがろうとする。
すがらなければ自力で歩くことができない。
ある意味、悲しい話だった。
「わかりました。勇者の排除を……第一目標とします」
「それでこそだ」
ヴェルグがニヤリと笑うが、その奥に隠された悪意にミナが気付くことはない。
「とはいえ、こちらは私とヴェルグさんの二人だけ。戦力差は圧倒的。どうしたものか……」
「なに、まだ部下はいる。それに援軍を頼めばいい」
「なるほど」
「ただ……」
ヴェルグが訝しげな顔を作る。
「いくらかの部下が戻ってこないが……なにかあったのか?」