作品タイトル不明
613話 手入れ
「あら、レインさま。ちょうどいいところに」
庭の手入れをしようと外に出ると、イリスとフィーニアがいた。
ちょっと意外な組み合わせだ。
「れ、レインさん! こひゃー!」
「こひゃ?」
「す、すみません。こんにちは、と言おうとして噛んでしまいました……うぅ、ワタシのバカ」
涙を流しつつ、がくりとうなだれるフィーニア。
そこまで気にしなくていいんだけど……うーん。
そのうち、もう少し気が強くなるような、そんな特訓をした方がいいかもしれない。
まあ、気の強いフィーニアというのは想像できず、似合わない気もするのだけど。
「二人はなにをしていたんだ?」
「わたくしの羽の手入れを、フィーニアさんに手伝っていただこうと思いまして」
「羽?」
「お忘れですか、レインさま。わたくしは天族なのですよ?」
イリスはそう言って、左右に四枚、計八枚の羽を顕現させた。
出し入れは自由自在で便利だ。
「出し入れ自由とはいえ、しまっている間に綺麗になることはないので。定期的に手入れをしないと、輝きを失ってしまうのですわ」
「なるほど」
そういえば、タニアが翼の手入れをしているところは見たことがない。
面倒だし、手入れなんてしなくてもドラゴンの翼は頑丈だもの。
そんなことを言いそうだ。
「レインさま、今、お時間はありますか? よければ手伝っていただきたいのですが……」
「ああ、問題ないよ」
「ありがとうございます。同じ羽を持つもの同士、フィーニアさんに手伝っていただくのですが、それでも人手が足りないところでして」
イリスの羽は八枚もあり、しかも、一枚一枚が大きい。
確かに、助っ人がフィーニア一人では大変だろう。
「じゃあ、始めようか」
「が、がんばりまひゅっ!」
庭の蛇口にホースを繋いで、さらにシャワーノズルをセット。
「イリス、油は用意してあるのか?」
「そこの石段の上に置いてありますわ」
「お、あったあった。準備がいいな」
必要なものは揃っているようだ。
「レインさまこそ、やけに詳しいですわね? 油が必要なことまで知っているなんて」
「いや……俺、ビーストテイマーなんだけど」
「そういえば、そうでしたわ。カナデさん達に流されて、とんでもテイマーという認識になっておりました」
「どういう職業だよ、それ!?」
最近、俺の立ち位置が変な方向に向かっている。
ちょっとした危機感を覚えるのだけど、どうすればいいか、さっぱり改善策が思い浮かばない。
諦めるか……?
「で、では、始めますね!」
やや緊張した様子で、フィーニアがイリスの羽に触れた。
まずは、そっと水をかけて羽を濡らす。
優しく手で洗うのだけど、強くやりすぎてはいけない。
そうすると、羽を保護するための油も流れてしまうからだ。
ゆっくりと優しく洗い、時間をかけて汚れを落としていく。
それと同時に、古くなった羽を抜いてしまう。
古い羽がそのまま残っていると生え変わりができなくなるので、抜いてしまうのが一番だ。
「で、できました!」
一枚の羽を綺麗にして、フィーニアは満足そうな顔に。
まだ手入れは残っているものの、ひとまず洗いは完了だ。
他の羽と比べると、明らかに輝きが違う。
澄んだ白になっていて、とても綺麗になっていた。
「ど、どうでしょうか、イリスさん……? や、やっぱりワタシなんかが手入れをするべきではなかったと思うのですが、でもでも、失敗したら切腹する覚悟で全身全霊で挑みました!」
「そ、そこまで気合を入れなくてもいいのですが……ありがとうございます。とても綺麗になったと思いますわ」
「ど、どういたしまして……」
イリスがにっこりと笑い、フィーニアが照れた。
フィーニアは普通の羽ではなくて、炎の羽だけど……
それでも、同じ羽を持つもの同士、手入れの仕方はきちんと理解しているのだろう。
完璧な手際で、俺も見習うべきところが多い。
「そ、それじゃあ、最後に軽く乾かして……」
フィーニアは炎の羽を生やして、絶妙な位置まで近づけた。
濡れたイリスの羽が少しずつ乾いていく。
同時に櫛で綺麗に整えて、油を適量塗る。
油は汚れをつきにくくしたり、痛みを軽減するために必要なのだ。
「で、できました!」
最後の仕上げまで完了。
少しくすんでいたイリスの羽だけど、見事な輝きを取り戻した。
「わぁ」
羽と同じように、イリスも瞳をキラキラと輝かせた。
フィーニアの作業にとても満足している様子だ。
「ありがとうございます、フィーニアさん。とても素晴らしいですわ」
「え、えへへ」
「あぁ、こんなに綺麗になったのは、いつ以来でしょうか? ふふ、とてもうれしいですわ」
イリスは子供のように喜んでいた。
こんな姿はなかなか見ることができないから、ちょっとレアだ。
「さすが、フィーニアだな」
「さすがですわ」
「は、はう!? そ、そんなに褒められてしまうと、照れ死にしてしまいますぅ……!?」
どんな死因だ、それ?
「ただ……」
三十分くらいかけて、ようやく一枚完了。
残り七枚。
けっこうな大作業になりそうだ。
「申しわけありません。構造上、どうしても自分では手が届かないところがありまして……」
「いや、気にしなくていいさ。仲間なんだから、変に遠慮しないでくれ。これくらい、言われればいつでもやるから」
「ふふ、ありがとうございます。ですが、そう何度もお願いすることはありませんわ。普通の鳥ではないので、そこまで汚れやすいわけではありません。手入れをするのも、百数年ぶりでしょうか?」
「「え」」
思わぬ台詞に、俺とフィーニアの動きがぴたりと止まる。
「最後に手入れをしたのが、封印される前だったので。解放されてから初めての手入れなので、とても気持ちいいですわ」
「それはつまり……百年以上、放置していたと?」
「あ、あの、ワタシごときがこんなことを言うのはおこがましいんですけど、それはちょっと……その、不衛生かと」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたくしは放置をしていたわけではなくて、そこまで頻繁に手入れをする必要がないだけで……」
「でも、百年以上はどうかと思うぞ?」
「それは封印をされていたからで!? わ、わたくしが不衛生とか、汚れに無頓着とか、そういったことはぜんぜんありませんのよ!?」
「「うん、そうだね」」
「ぜんぜん信じていませんわ!?」
フィーニアと一緒に生暖かい目を向けると、イリスは頭を抱えて叫ぶのだった。