作品タイトル不明
611話 芽生え
予定外のハプニングがあったものの、修行の旅は終わり。
俺達はホライズンへ帰り、家でゆっくりとくつろいでいた。
「んー、やっぱ我が家はええなー」
「うむ。使い慣れたキッチンが一番なのだ!」
キッチンを見ると、ティナとルナが昼食の準備をしていた。
基本的に、ごはんは二人の担当だ。
二人だけに負担をかけるのはどうかと思い、本当は交代制にしたかったのだけど……
でも、まあ……そうなると困ったことになるだろう?
交代制にすると、ソラも料理をする時があるわけで……
満場一致で……特にルナが反対して、料理は二人の担当になったのだ。
「にゃふー……」
「んんぅ……」
リビングのベッドで、カナデとタニアが昼寝をしている。
それぞれの尻尾がゆらゆらと動いていて、快適そうな感じだ。
久しぶりの家だから、とてもくつろいでいるのだろう。
他のみんなも、各々、のんびりと過ごしている。
「そういえば……」
ニーナとノキアさんだけ見かけないけど、どうしているんだろう?
――――――――――
ニーナとノキアは、家の裏手にある丘にいた。
普段は、クウとコウはニーナと一緒にいて、ずっと離れないのだけど……
今は、その二匹はいない。
大事な話があるからと、ニーナがお願いして席を外してもらったのだ。
「それで、どうしたのですか?」
「んー……」
ノキアが優しく声をかけると、ニーナは、甘えるような感じで彼女の胸元を見た。
抱っこして欲しいのだろう。
それを察したノキアは両手を広げて、おいで? とする。
ただ、ニーナは我慢した。
大事な話があるからと呼び出したのは自分だ。
今は甘えている時ではない。
「あの、ね……? ママに相談、したいことが……あるの」
「相談したいことですか? どんなことでしょう?」
「えっと、なんていえばいいのか……あう」
話がまとまっていない様子で、ニーナは困り顔に。
でも、ノキアは怒るなんてことはしない。
あくまでも優しい笑みを浮かべつつ、娘の言葉を待つ。
「焦らないでいいですよ。あと、うまく話をまとめようとしなくてもいいですよ。思っていること、困っていることを、そのまま口にしてみてください」
「うん……ありがとう、ママ」
ニーナがにっこりと笑う。
この笑顔のためなら、なんでもできる。
ノキアは、改めて娘への愛を思った。
「相談したい、こと……レインのこと、なの」
「レインさんですか?」
「えっと、えっとね……? 最近、変なの……クウとコウと一緒になってから、なにか、変なの」
「変……ですか?」
ニーナの言いたいことを理解できず、ノキアは小首を傾げた。
「クウとコウ……元気になった。レインのおかげで、助かった……あ、ママもがんばってくれて、そのこと、忘れているわけじゃ……ないよ?」
「ありがとうございます」
「ただ、レイン、すごくすごくがんばってくれて……うん。思えば、いつもがんばってくれていて……それで、最近、わたし変なの。レインを見ていると、変なの」
「これはもしかして」というような感じで、ノキアはなにかを察した顔になる。
ニーナはそのことに気づいていない様子で、たどたどしく、己の内にある、まだハッキリとしていない想いを言葉にしていく。
「胸がぽかぽか、って……なるの。あと、うれしくなって……ニヤニヤって、なっちゃうの。尻尾が、ふわふわって、勝手に動いちゃうの……これ、なんだろう?」
「それは……なるほど、そういうことですか」
体の不調と考えているらしく、ニーナは少し落ち着きがない。
でも、鏡がないからわからないのだろう。
不安そうな表情はしていない。
今のニーナは頬が染まっていて、瞳もとろんとしている。
優しく、そして甘い表情だ。
「……レインさんも、罪な男性ですね」
「罪……? レイン、悪い?」
「いいえ、そういうわけではありませんよ。えっと……」
ノキアは考える。
ニーナが抱いている想い。
よくわからない、落ち着かないと翻弄されている想いは、間違いなくレインに対する恋心だ。
まだ子供なのに、と笑うことなんてできない。
その気持ちが一時の錯覚なんて、決めつけることはできない。
そもそも……
横暴な領主の息子に捕まり、奴隷にされたところを助けられた。
いつも優しくしてくれて、笑顔にしてくれる。
行方不明だった母親を見つけてくれて、記憶喪失を回復させてくれた。
ここまでされて、惚れない方がおかしい。
ニーナが幼いため自覚することはなかったが、おそらくは、とっくの昔に心を盗まれていたのだろう。
「ニーナ、不安になることはありませんよ。今、抱いている想いは、とても素敵なものなのですから」
「そう、なの?」
「はい。ニーナは、レインさんのことが好きになったんですよ」
「レインは……ずっと前から、好き……だよ?」
「それは、家族に対する好き。でも、今のニーナは、異性に対する好き、なのですよ。そうですね……わかりやすく言うのなら、世界で一番の、特別な『好き』でしょうか」
ノキアは、娘の恋心を否定なんてしない。
幼いからと、適当にごまかすようなこともしない。
娘を一人の女性として、対等に扱い……
そして、その恋が成就するように応援する。
それが母の役目だろう。
すでにレインに想いを寄せて、告白している女性は何人もいるが、それは気にしない。
ノキアは最強種なので、人間が持つ倫理観は適用されない。
一人の男性が複数の女性を妻にするなんていうことは、よくあることだ。
「特別な……好き? うー……よく、わからない」
「そうですね……では、ニーナは私のことは好きですか?」
「うん。ママ、大好き」
「カナデさん達のことは?」
「みんなも、好き」
「なら、レインさんは?」
「……好き」
恥ずかしそうにしつつ、もじもじしつつ、ニーナが小さな声でそう言う。
娘のかわいらしさに悶絶しそうになりつつ、ノキアは努めて平静に言う。
「今、それぞれの好きに違いがあることがわかりましたか?」
「うん……なんとなく、だけど」
「今はまだ、ハッキリとはわからないかもしれません。理解できるまで、少し時間がかかるかもしれません。ですが、その好きは、とても大事なものです。忘れないようにして、ずっとずっと大事にしてくださいね?」
「うん……!」
ニーナは元気よく、笑顔で頷いて……
そして、ノキアの胸に飛び込んで、たっぷりと母親に甘えるのだった。