作品タイトル不明
605話 漆黒の……
「ぐっ……いったいなにが……!?」
吹き飛ばされた際にぶつけたらしく、あちらこちらが痛む。
幸い重傷ではないらしく、ほどなくして傷は治癒された。
すぐに体勢を立て直して、クサナギを構える。
なんだろう?
なにが起きたのか、さっぱりわからないのだけど……
でも、とてつもなく嫌な予感がした。
「ほう、生きていたか」
ややあって、黒髪の男性が現れた。
歳は……二十半ばに見えるのだけど、しかし、やけに落ち着いていて、三十過ぎにも見える。
不思議な人だ。
髪に合わせているのか、漆黒のローブをまとっていた。
軽鎧に短剣。
小道具が入った袋。
装備を見る限り、冒険者なのだろう。
ただ、普通の冒険者ではないだろう。
俺もそれなりの修羅場をくぐってきたという自負はあるが……
それでも、この男のことを恐ろしいと思ってしまう。
なにもしてないはずなのに、とんでもない圧が放たれていて、気をしっかり引き締めないと飲み込まれてしまいそうだ。
「はは……まさか、マスターが助けに来てくれるなんて……」
モナが男に担がれていた。
彼女が言うように、男はモナを助けに来た?
だとしたら、魔族の関係者か?
ますます男の正体がわからなくなってしまう。
「モナは俺の所有物だ。勝手にいなくなろうとしていたのだから、連れ戻すのが普通だろう?」
「厳しいなあ……私、ボロボロなんだから、優しい言葉をかけてくれてもいいのに……」
「日頃の行いのせいだな。もう少しかわいげがあるのなら、そうしていた」
「あはは……これは、なにも言えないや」
「後は俺がなんとかする。寝てろ」
「うん、そうさせてもらうよ……さすがに、キツイ……」
元々限界だったらしく、そこでモナが気絶した。
男はモナを肩に担いで、そのまま……
「待て」
この男は危険だ。
下手に関わるべきじゃない。
本能がそんな警告を発していたものの、しかし、このままモナを取り逃がすわけにはいかない。
クサナギの切っ先を男に向ける。
「あんたは何者だ?」
「答える必要性を感じられないな」
「俺とモナの戦いに割り込んでおいて?」
「ふむ」
男が足を止めて、こちらを見る。
「……なるほど。そう言われると、俺も関係者になるのか」
男の視線が俺を捉えた。
思わず背中が震えてしまう。
なんて冷たい目をしているんだ。
絶対零度の輝き。
感情だけではなくて、魂さえも凍りついているかのようだ。
さらに警戒を高めて、問いかける。
「あんたは人間に見えるけど、魔族の仲間なのか?」
「違う」
「なら、どうしてモナをかばう?」
「こいつが俺のものだからだ」
それは、どういう意味だ?
もしかして……
「本当に魔族の味方じゃないと?」
「積極的に敵対はしていないが、かといって協力関係にあるわけでもない」
「なら、繰り返しになるが、どうしてモナを助ける?」
こいつの言うことは矛盾している。
魔族の敵でないと言いつつ、魔族のモナを助けようとしている。
やはり敵なのか?
それとも……
「俺がこいつを助ける理由は、単純なものだ」
「それは……?」
「モナが俺の使い魔だからだ」
「なっ!?」
今……使い魔と言ったのか?
ならば、こいつは……
やはり、この男も俺と同じ……?
「しばらくの間、コイツを好きにさせていたが……そろそろ俺の元で働いてもらわないと困る。故に、連れ戻しに来た。それだけだ」
「モナは魔族に協力をしていたが、それはモナの意思であって、あんたの意思じゃない。そういうことか?」
「その通りだ、察しがいいな。頭の回転が速い人間は嫌いじゃない。話がスムーズに進むからな」
男の話を信じるのならば、敵ではないのかもしれない。
一筋縄でいかない相手だろうから、争わない方がいいだろう。
でも。
「あなたが魔族の味方でないことは、わかった。その証拠はないけど……でも、たぶん、本当のことを言っているんだろう。あなたは、つまらない嘘はつかない人のように見える」
「ほう、そこまで評価してくれるか。悪くない気分だ」
「ただ、モナをそのまま連れて行かれるわけにはいかない」
「それは、どうしてだ?」
「色々とやらかしているからな。それと、ここでどんな悪巧みをしていたのかも気になる。全部、きっちりと問い詰めないといけない」
「そうか」
男は小さく頷いただけ。
それ以上の反応を見せることなく、じっとこちらを見つめた。
「お前の事情はわかった」
「なら……」
「とはいえ、それはお前の事情であり、俺には関係のないことだ。知らんな。素直に言うことを聞く理由がない」
「やっぱり、そうなるか」
なんとなくだけど、この男とはまともに交渉ができないような気がしていた。
価値観が違うというか、常識がないというか……
男が求めているものは、俺が思いつくところをまったく違うところにある。
故に、話はできても交渉を成立させることはできない。
「どうする? やるか? 俺は、それでも構わないぞ」
男はモナを担いだまま、器用に腰の剣を抜いてみせた。
短いショートソードだ。
ただ、その刀身は夜の闇のように黒く……
一目で業物とわかるほどに、磨き上げられていた。
もう一本、腰に残っているところを見ると、双剣使いなのかもしれない。
「……やめておくよ」
俺はクサナギを鞘に戻した。
「モナを逃したくないけど、でも、あんたと戦うことはまずい。すごくまずい」
「良い勘をしているな」
男は小さく笑い、俺に背中を向けて……
「待ってくれ。最後に一つ」
「なんだ?」
「俺は、レイン・シュラウド。あんたの名前は?」
「ラインハルト、姓は捨てた。そして……お前と同じ、ビーストテイマーだ」