作品タイトル不明
534話 また後で
「ってなわけで、さっさと行け」
追い払うような感じで、グレイは手を振る。
でも、そんなことを言われて行けるわけがない。
「やっぱりダメだ。グレイを置いて行くわけにはいかない」
「お前なあ……俺の話、聞いてたのか?」
「聞いてたさ。グレイが殿を務めることが一番だっていうことも理解した」
「なら……」
「だからといって、納得できるか!!!」
頭では理解している。
でも、心が納得してくれない。
「グレイが犠牲になる必要なんて……」
「あるんだよ」
「っ……!」
説得を続けようとするが、その時間すら惜しいという感じで、バッサリと断ち切られる。
「この状況……どう考えても詰んでるだろ。他に打開策はねえ。誰かが犠牲になるしかねえのさ」
「でも、俺は……!」
「ったく……甘いヤツだな」
再び、こつんと頭を叩かれた。
でも、軽くだからぜんぜん痛くない。
叱られたというよりは、しっかりしろ、と気合を入れられたような気がした。
「出会った時から、甘っちょろくてダメなヤツと思っていたが、ホント、その通りだとはな。いや……俺の想像よりも甘いから、さらにやばいのか? そんなんで、パーティーリーダーを務められんのか?」
「うぐ……」
痛いところを突かれてしまい、言葉が出ない。
確かに、俺は甘い。
そのせいで判断が狂うことがあるし、こうしておけば、と後悔することもある。
それなりに自覚はしているのだけど……
しかし、直らない。
いや、直すつもりがない。
だって、こうあることが俺ということなのだから。
「お前は、それでいいさ」
「……グレイ……」
「お前みたいな甘いヤツの一人や二人、いてくれないとな。でないと、あまりにも殺伐とした世界になっちまう。だから、そのままでいてくれ。で……欲を言うなら、その甘さと力で、坊っちゃんを助けてやってくれ」
グレイのそれは、まるで遺言だ。
いや。
まるで、ではなくて、そのまま遺言なのだろう。
ずるい。
そんなことを言われたら、これ以上、なにも言えないじゃないか。
引き止めることも、身代わりになることも、なにもできない。
そんなことをすれば、グレイの覚悟と決意に水を差すことになる。
それは彼を侮辱することに他ならない。
「……わかった。その頼み、引き受ける」
「おう、ありがとな」
「ただ、俺からも頼みがある」
「うん?」
「諦めるな」
無茶な話ということは、重々承知していたが……
それでも言わずにいられなかった。
そうして、かすかな希望をいだいていないと、どうにかなってしまいそうだから。
「最後まで諦めないでくれ。死んでも追手を食い止めるんじゃなくて、全部の追手を倒して後で合流する、っていうくらいの意気込みでいてほしい」
「おいおい、無茶言うな」
「無茶でもなんでも、それくらいの気持ちでいてくれ。頼むよ……」
「ったく……ホント、甘いヤツだ。でもまあ、それがお前さんの良いところか」
大人が子供にするような感じで、ワシャワシャと頭を撫でられた。
「わりいが、俺は現実主義でな。無茶は言えん。だから……努力はする。これでいいか?」
「……十分だ」
グレイと小さな笑みを交わして……
こつんと、拳と拳を軽くぶつけた。
それが、俺とグレイの別れの挨拶だ。
「坊っちゃん」
「……うん」
ユウキは、とても落ち着いていた。
やや寂しそうな顔をしているものの、それだけ。
俺のように取り乱すことはなく、わがままを言うわけでもなく、静かにグレイを見送ろうとしている。
「色々と言いたいことはありやすが……まあ、時間がないので一言だけ」
「なに?」
「あなたに仕えることができて、幸せな人生でした。ありがとうございます」
「……」
ユウキがうつむいた。
軽く肩を震わせている。
でも、涙は流さない。
声もこぼさない。
ややあって、ユウキは顔を上げる。
その表情は、とても晴れやかなものだ。
「僕の方こそ、ありがとう。何度もグレイに助けられたし、色々なことを教えてもらったし……うん。グレイがいなかったら、僕はここにいなかったかもしれない」
「それは言い過ぎでしょう」
「そんなことはないよ。グレイは、ちょっと自分を過小評価していないかな? 君ほどできた人は、なかなかいないと思う」
「そいつは、素敵な評価ですな」
グレイが笑い、ユウキも笑う。
二人の間に、確かな絆を感じる。
それは、俺が思っているよりも大きく太く……
とても強い絆だった。
「ただ、僕もわがままを言わせてもらおうかな」
「坊っちゃん?」
「さようならは言わないよ」
「……」
「また後で」
ユウキは手を差し出して握手を求めた。
グレイは、キョトンとして……
「ええ、また後で」
仕方ないと笑いつつ、ユウキの握手に応じる。
「……」
「……」
今、この場は、何人たりとも邪魔できない。
ユウキとグレイだけの時間が流れていた。
「うし」
ややあって、グレイが離れた。
そして、大剣を手に気合を入れる。
「じゃ、行ってきやす」
「うん、いってらっしゃい」
グレイは俺達に背中を向けると、迷うことなく前へ歩き出した。
ただ、片手をあげて、ひらひらと振り……
それが別れの挨拶となった。