作品タイトル不明
502話 イリスの加護
数日後。
旅の準備を終えた俺達はホライズンを出発して、クリーグラントへ向かった。
移動手段は馬車。
精霊族の里を経由するという手もあったのだけど……
ユウキとグレイが許可されるかわからないため、今回は馬車を使うことにした。
「よしよし、いい子ね。もう少しがんばってちょうだい?」
御者台に座っているのはタニアだ。
ずいぶんと慣れた様子で、馬とコミュニケーションをとっている。
クリーグラントは観光地でも商業地でもなくて、軍事施設に近い。
そんなところに向かう馬車は少ないし、御者を危険に巻き込むのも申しわけない。
なので、馬車をレンタルして、御者は自分達で補うことにしたのだ。
「「うぼらぁ……」」
タニアの御者の腕はなかなかのものなのだけど、それでも微細な振動を防ぐことはできず、ソラとルナは馬車酔いしていた。
共に窓から顔を出して、女の子として見せてはいけないような顔をしてしまっている。
なんとかしてあげたいのだけど、なんともできないんだよな。
一応、馬車酔い止めの薬は飲んだのだけど……
しかし、まるで効いていない様子だ。
そんな二人を見て、ユウキが心配そうな顔に。
「彼女達は大丈夫かな……? 休憩をした方がいいんじゃないかな?」
「ソラ達のこと、は……おかまい、なくぅ……」
「いつものこと、なのだぁ……げふぅ」
青い顔をしつつ、二人は気丈に答えた。
大丈夫と言うのだけど、その言葉をそのまま受け取るわけにはいかない。
「ユウキ。悪いんだけど……」
「うん、了解。次の休憩所で、少し休もうか」
「ありがとう」
「ううん、気にしないで。僕もちょっと疲れていたから、休憩できるのは助かるよ」
ユウキは笑顔でそう言うのだけど、ソラとルナを気遣ってくれていることは明らかだ。
こういうことができるような人は尊敬できる。
「ぼっちゃん。休憩もいいんですが……」
「魔物みたいだね」
「数はそれほど多くないな」
俺達は、示し合わせたかのように馬車から降りた。
少し前から、獣のように荒々しい敵意がこちらに向けられている。
おそらく、少し先に見える茂みに魔物が潜んでいるのだろう。
「タニアは馬車と馬を。イリスは、ソラとルナを頼む。魔物は俺達に任せてくれ」
「了解よ」
「レインさま、武器ですわ」
イリスがクサナギとカムイを差し出してくるのだけど……
「……いや、今回は大丈夫」
とあることを試してみたく、クサナギとカムイを受け取らないことにした。
イリスは俺がなにをしようとしているか察したらしく、なにも言わない。
ただ、タニアはわからないらしく、ちょっと慌てていた。
「ちょっとレイン、素手で戦うつもり? まあ、大した魔物じゃなさそうだから、レインなら問題はないと思うけど……」
「いや、ちゃんと武器を使って戦うよ」
「武器って、ナルカミのこと? でも、攻撃能力がある機構は仕込んでいないわよね?」
「クリーグラントについたら、激戦になるかもしれないから……その前に、ちょっとしたことを試しておきたいんだ。魔物には、その実験台になってもらう」
不思議そうな顔をするタニアに馬車を任せて、俺達は先をゆく。
ユウキは双剣を構えた。
分解できるタイプで、簡単に持ち運ぶことができるみたいだ。
一方のグレイは、己の身長ほどもある大剣を構えた。
刃の幅も広く、大剣というよりは巨大な鉄板に見えるかもしれない。
「魔物の数は……うん、たぶん七匹かな?」
「わかるのか?」
「戦闘訓練もしっかりと受けているからね。で、その教官がグレイで、色々なことを教えてもらってきたんだ」
「戦う術だけじゃ、いざって時に頼りないからな。ぼっちゃんには、俺の全部を叩き込んでいるぜ」
「なるほど」
グレイが自慢するように言うのだから、ユウキの実力も相当なものなのだろう。
「割当は、俺が三、ぼっちゃんとレインが二ずつでどうだ?」
「わかった」
「うん、いいよ」
「じゃあ……いくぜっ!」
さっそくとばかりに、グレイが突撃した。
巨大な大剣を軽々と振り回して、先制攻撃をしかける。
「ギュアッ!?」
茂みに隠れていたのは、ワーラットだ。
Dランクの魔物なので大した力はない。
ただ、小さくすばしっこいため、油断した冒険者が思わぬ反撃を受けて痛い目に遭った、なんていう話はよく聞く。
「おらぁ!!!」
グレイは決して油断することなく、裂帛の気合と共に大剣を振り下ろした。
刃を横にして、ハンマーのように叩きつける。
一匹、逃げ遅れて、そのまま潰された。
グレイの先制攻撃に、残りのワーラット達が茂みから飛び出した。
奇襲をするつもりが逆に先制攻撃を受けて、慌てているみたいだ。
「そこ!」
ユウキは地面を蹴り加速して、その勢いを乗せるようにして二本の剣を突き出す。
風を裂くかのように鋭く、音を置き去りにするほどに速い。
一匹のワーラットが胴体を貫かれて絶命。
ユウキはすぐに剣を引いて二撃目を放ち、二匹目も倒す。
二人共やるな。
俺も負けていられない。
俺は意識を集中して……
あらかじめガンツの店で買っておいた短剣を左右の手に『召喚』した。
それらを投擲。
二匹のワーラットを仕留めることに成功する。
「おいおい……今の、どんな手品を使ったんだ?」
「突然、短剣が現れたように見えたんだけど……」
ワ―ラットを掃討して、念の為に周囲を探索して安全を確認した後、二人が驚いたような感じで問いかけてきた。
まあ、それも仕方ないか。
なにも持っていなかったはずの俺が、突然、どこからともなく短剣を取り出したら不思議に思うだろう。
これが、イリスとの契約で得た力……『召喚』だ。
魔力の印を刻んだものを、任意のタイミング、任意の場所に召喚することができる。
無機物限定で、イリスのように炎やもう一人の自分を召喚するなんて、デタラメはできないものの……
今したように、瞬時に武器を補充したりすることができる。
なかなか……というか、かなり便利な能力だ。
極めれば、とても心強い武器になると思う。
「えっと……切り札の一つ、ということで」
イリスのことはなるべく公にしたくないので、そんな言葉でごまかしてしまう俺だった。