作品タイトル不明
496話 第一王子
三つの大陸を治める人間の王、アルガス・ヴァン・ロールリーズ。
彼は玉座に座り、厳しい顔を見せていた。
そんな王と対峙するのは、若い青年だ。
歳は二十手前という感じだろうか?
やや幼さが残るものの、その顔は綺麗に整っていて、同性すら惹きつけてしまうほどの魅力がある。
ただ、優男とか軽い男とか、そんなイメージは感じられない。
強くまっすぐな意思を感じ取ることができる、澄んだ瞳。
どのような困難が待ち受けていても、決して逃げることはなく、立ち向かう力強さを受けた。
ユウキ・ヴァン・ロールリーズ。
アルガスの息子であり、第一王子だ。
「王よ、時間をとっていただき、感謝いたします。この度は、至急、耳に入れておきたい話があり、こうして参上することになりました」
「よい。今は公の話ではない、そのような堅苦しい言葉を使うな」
「……うん。それじゃあ、砕けた口調を使わせてもらおうかな、父さん」
キリッとした印象は消えて、ふんわりとした柔らかい雰囲気になる。
これがユウキという青年の本質なのだろう。
「正直に言うと、そう言ってもらえて助かるよ。僕が第一王子、っていうのはきちんと理解しているし、その責任の重さも受け止めているつもりなんだけど……うーん。どうも、僕はそういうのが苦手というか、性に合わないんだよね」
「まったく……お前は誰よりも優秀で、しかも、剣の腕も立つ。能力だけを見れば、誰よりも次の王にふさわしいというのに、しかし、性格がな……」
「ごめんね、父さん。なんでか知らないけど、僕は、こんな風に育っちゃったみたいだから」
「……妻の影響だろうな。お前は、彼女にとてもよく似ているよ」
「だったら、うれしいな」
ユウキはにっこりと笑う。
彼は、国を治める父を尊敬している。
しかしそれ以上に、自分を産み、病弱ながらも最後までしっかりと育ててくれた母のことを強く尊敬している。
その母によく似ていると言われて、これ以上うれしいことはない。
自然と笑顔になり、心も弾む。
ただ、今は和やかに親子の会話を楽しんでいる時ではない。
すぐに気を引き締めて、ユウキは笑顔を消した。
そんな息子の雰囲気を察して、アルガスは話を先へ進める。
「それで、内密で報告しておきたいことというのは、どのようなことだ?」
「……人払いをした理由は二つ。一つは、まだ確定した情報じゃないから。もう一つは、この情報を掴んでいるということを、今はまだ、父さん以外に知られたくないから」
「ふむ……密偵を疑っている、と?」
「もちろん」
「やれやれ……聡いことはうれしいことではあるが、しかし、密偵を排除することができていない儂の無能がさらけ出されているみたいで居心地が悪いな」
「そんなことないよ。父さんは、十分にうまくやっていると思う。敵が狡猾すぎるから、どうしようもないところがあるだけだよ」
「その言葉に甘えてばかりもいられないが……さて、本題に入ろうか?」
「そうだね」
軽い咳払いの後、ユウキは、今はまだアルガス以外の誰にも聞かれたくない話をする。
「中央大陸の最西端……クリーグラントは、もちろん知っているよね?」
「ああ。西大陸にもっとも近い街で、別名、要塞都市……だな」
「そのクリーグラントに、魔族が攻め込むかもしれない」
「……」
ピクリ、とアルガスの眉が動いた。
普段のアルガスは、王故に、感情を表に出すことが少ない。
いつも鉄仮面を貫いている。
そんなアルガスが、小さな反応ではあるが、思わず動揺してしまうほどの報告……
それが、魔族の侵攻計画だった。
「それは、どこの情報だ?」
「僕の独自のルートによるものかな。父さんばかりに任せておくわけにはいかないから、色々と情報網を開拓していたんだけど……その中で、ちょっと気になることがあったんだ」
「聞こう」
ここ最近、クリーグラントの周辺に出没する魔物の数が増加傾向にある。
さらに、魔族らしき存在の目撃情報も相次いでいた。
ただ、クリーグラントは最西端の街。
魔族領をすぐ目の前としているため、魔物や魔族の増加は決してないことではない。
現に、今までに何度か起きていた。
「でも、四天王の目撃情報もあったとすれば?」
「……それは確かか?」
「うん、間違いないよ。豪炎のアルテラ……彼女は、クリーグラントの近くに出没したらしいね」
「それだけの大物が動いているとなると、なるほど。確かに、見過ごすことはできない話だ」
「ただ、本当に街を襲おうとしているのか、そこが断定できなくて」
「うむ、そうだな。上位の魔族になればなるほど、魔王の意思を強く尊重する。魔王が休眠期にある今、勝手な活動はしないはずなのだが……」
「もしかして、と思って調べてみたんだけど、魔王が活動期に入った、っていうことはなかったよ。ただ……休眠期を終える兆候のようなものはあるらしいから、たぶん、遠くないうちに開戦することになるかもしれない」
「……」
アルガスはとても苦い顔をした。
定期的に行われている、人類と魔王の戦争。
それがまた、繰り返されようとしている。
アルガスとしては、魔王の目的をなんとしても突き止めて……
あるいは、何度も代替わりをする魔王の秘密を突き止めて……
どうにかして長い長い戦争を終わらせて、恒久平和を勝ち取りたいと思っていた。
しかし、魔王の活動期が近づいているとなると、それは難しそうだ。
「話を戻すが……四天王の目的はわからないが、決して放っておいていい話ではないな。すぐに調査班を編成して、クリーグラントに派遣しよう」
「僕も引き続き調査しようと思うんだけど、構わないよね?」
「確かに、ユウキの能力は大きな助けとなるが……儂としては、次の王としての勉学に励んでほしいところでもあるのだが」
「よしてよ。僕は、王って器じゃないから。姉さんや妹の方が、よほど王らしいよ」
「むう、頑固者め」
「そこは、父さん譲りかな」
ユウキは笑って話を流す。
あくまでも自分は王になるつもりはない。
そう言っているかのようだった。
頑固な息子の反応に、アルガスは、ついつい大きなため息をこぼしてしまいそうになる。
しかし、自制した。
家臣はいないため、王としての威厳を保つ必要はないのだけど……
ただ、父親のプライドは守りたいと思い、我慢した。
「ユウキはどう動くつもりだ?」
「国が調査班を出してくれるなら、僕は少人数で行動しようと思うんだ。少数だからこそ、気づくこともあると思うから」
「ふむ……」
ユウキの話を聞いて、アルガスは考えるような仕草をとる。
「どうかしたの?」
「……少人数といっても、単独行動ではなくて、ある程度の協力者は必要とするのだろう?」
「そうだね。さすがに、僕一人だと人手が足りないし、いざという時は危ないだろうし」
「協力者のアテはついているのか?」
「それが悩ましいところなんだよね……魔族の手は、思った以上に国の中枢に潜り込んでいる。モニカの例を見れば明らかだ。だから、背中を預けられるような人がいればいいんだけど……うーん」
そういった人物に心当たりがない様子で、ユウキは唸る。
王族なので、彼の味方はたくさんいる。
しかし、心を預けることができる真の味方は少ない。
王族故に、打算で近づいてくる者がほとんどで……
真にユウキを想う人物というのは、今のところ、家族以外では一人しかいない。
「ならば、儂に任せておけ」
「父さん、良い人に心当たりが?」
「うむ。引き受けてくれるかどうか、それはわからぬが……話をしてみるだけの価値はある。そして協力を得ることができたのならば、とても心強い味方となるだろう。もしかしたら、お前の友となるかもしれぬ」
「父さんがそこまで言うなんて、珍しいね……」
アルガスは王であるため、公平と平等を心がけなければならない。
普段の言動も気をつけているところがあり、特定の個人を絶賛するようなことは少ない。
そのアルガスが、これほどまでに絶賛する相手とは、いったい誰なのだろうか?
ユウキは強い好奇心を覚えた。
「その人の名前は?」
「レイン・シュラウドだ」