作品タイトル不明
471話 痛かったら右手をあげてください
「では、始めますね。痛かったら右手をあげてください」
「なにも痛いことはないから、リラックスするのだ」
ソファーに座るノキアさんの左右に、ソラとルナが立つ。
これから魔法を使い、ノキアさんの記憶を探るのだ。
「は、はい……どうか、よろしくお願いします」
「ゆくぞ!」
「メモリーサーチ」
ソラとルナの手の平から淡い光が生み出されて、ノキアさんを包み込む。
ピクン、とノキアさんが背中を揺らす。
「ん……ふぅ」
時折、ノキアさんから小さな声がこぼれていた。
痛いとか、そういうわけではなくて……
どちらかというと、くすぐったさを覚えているような感じの声だ。
「……はい、終わりました。おつかれさまです」
五分ほどしたところで、ソラとルナは魔法を止めた。
淡い光が消えて、それと同時に、ノキアさんが吐息をこぼす。
緊張していたらしく、ちょっと汗をかいていた。
「ほい、コレを使って顔を拭くと気持ちええでー」
「ありがとうございます」
ティナがおしぼりをノキアさんに渡す。
冷たいおしぼりを顔に当てて、ノキアさんは気持ちよさそうに狐耳を揺らす。
「気持ちええ?」
「はい、とても。このようなものを用意してもらうなんて、優しいんですね」
「そんなことないでー。ニーナの頭には、いつもお世話になっとるからな。そのお礼や」
「頭にお世話……?」
たぶん、いつもニーナの頭に乗っていることを指しているのだろう。
ただ、ノキアさんからしたらなんのことかわからない。
不思議そうに小首を傾げていた。
「ソラ、ルナ。結果はどうだったんだ? なにか手がかりを見つけることは?」
「はい、見つけることはできました」
「ただ……むう」
ソラとルナが難しい顔になる。
「もしかして、口にしづらいような内容なのか?」
「いえ、そのようなことはありません」
「ただ、どう判断していいか、ものすごく困るような内容なのだ」
「えっと……ひとまず、聞かせてくれないか? それで、みんなで相談しよう」
「そうですね。まずは、話をしないことには始まりませんから……わかりました。では、ソラ達が見たノキアさんの記憶を話しましょう」
――――――――――
最初に見えた光景は、なにもない荒野。
草木が生えていない荒れた大地に、一人、佇むノキアの姿。
怪我のない箇所を見つけるのが困難なほど、全身が傷ついていた。
血を流して、涙を流している。
その手に抱くのは、同じ神族の男性。
次に見えた光景は、とても穏やかなものだった。
ノキアは、赤子の神族を両手で抱いていた。
おっかなびっくりという感じで……
でも、絶対に離してたまるものかという感じで、優しくも強くあった。
赤子が笑うとノキアも笑い、とても平和だった。
その次に見えた光景は、山の中を走るところだ。
赤子を抱いたノキアは、なにかから逃げるかのように、必死に山を駆け抜ける。
木の枝が引っかかり、擦り傷や切り傷ができても気にすることはない。
ただただ、無我夢中で走っていた。
赤子は泣いていた。
それを見たノキアは申しわけなさそうにしつつも、でも、足は止めない。
最後に見えた光景は、なにもない闇だ。
一切の光がなく、上下左右の感覚もない。
夜を切り取り、その闇を凝縮したかのような黒。
その中にノキアの姿があった。
胎児のように身を丸くして、ふわふわと浮いている。
ただ、その顔は苦痛に歪んでいた。
周囲の闇が彼女を取り込もうとするかのように、触手のようなものを伸ばしていて……
ノキアはどうすることもできず、苦しみ続ける。
――――――――――
「……と、いうような感じなのだ」
「「「……」」」
一通りの話を聞き終わり、俺達はなんとも言えない顔になる。
二つ目の記憶は、ニーナが生まれた時のものだろう。
ただ、それ以外が謎で……しかも、ものすごく不吉だ。
一つ目と三つ目の記憶は、どこか不穏な雰囲気がある。
そして、それ以上にイヤな感じがするのが、四つ目の記憶。
暗闇に飲み込まれそうになるなんて、いったい、どういうことなのだろう?
「にゃー……ノキアさんは、なにか事件に巻き込まれたのかな?」
「せやね、ウチもそう思うわ」
カナデの言葉に、ティナが同意した。
「でも、その事件がどういうものなのか、さっぱりわからないね」
「三つ目の記憶は、なにかから逃げているみたいだった。となると、最強種を害することができる敵がいた、ということか?」
「あるいは、複数の人間に追われていたのかもしれません」
「イリスのようなことが他にも起きていた、という可能性はあるぞ」
できることなら、その可能性は考えたくないが……
でも、絶対にないと否定することはできないか。
「いいでしょうか?」
みんなで頭を悩ませていると、フォンさんが挙手した。
どうぞ、と視線で促すと、軽く咳払いをして口を開く。
「最後の記憶についてなのですが……一つ、心当たりがあります」
「えっ、本当ですか?」
最後の記憶が一番わけがわからないのに……
フォンさんはあちこちを旅した商人だから、色々な知識を持っているのかもしれない。
「ただ、確たることは言えず、推測混じりの話になってしまうのですが……」
「いえ、それでも構いません。今は、一つでも多くの手がかりが欲しいですから」
「わかりました。ただ、私のする話は間違っているかもしれない、という前提で聞いていただければ」
フォンさんは居住まいを正して、神妙な顔で話を始める。
「私はホライズンに来る前は、色々なところを旅していました。その際、色々な情報を仕入れていました」
「にゃん、情報も?」
「情報はとても重要なものですからね。形のないものも扱う商人もいるのですよ。特に私は、なんにでも手を出すタイプなので。っと……すみません、話が逸れました」
「気にするな、なのだ。口はさみ猫のせいなのだ」
「久しぶりの変なあだ名!」
「えっと……そんなわけで色々な情報を扱っていたのですが、その中に、気になる噂がありました」
「噂?」
「はい。その噂の名前は……闇の呪い」