作品タイトル不明
463話 こっちも忘れていた
翌日。
さっそく精霊族の里に移動して、アルさんに話をしたのだけど……
「ん? 真紅の涙? ……おおっ!」
そういえばそんなものが、というような反応をとられてしまう。
いや、えっと……
俺が言うのもなんだけど、アルさん、あなたも忘れていたんですか?
娘二人も呆れ気味だ。
「母上よ、それはないのだ」
「怒られるのではないかと、緊張していたソラ達がバカみたいです」
「仕方なかろう。最近はクリオスに赴いたりするなど、妾は忙しかったのじゃ。些細なことなど、さすがに覚えておれぬ」
「母上も歳だからな」
「ほう……」
アルさんの目がキラーンと光る。
それを見て、自身の失言を悟ったルナは、しまったというような顔に。
「娘よ、ちょっとこっちに来るのじゃ。久しぶりに、母娘の時間を楽しむとしよう」
「え、いや、あの……」
「たっぷりかわいがってやるぞ? イヤといっても離さないのじゃ」
「あ、姉よ! 助け……」
「……さあ、レイン。母さんは問題ないということなので、次は長のところへ行きましょうか」
「そ、それでいいのか?」
「いいんです」
「そっか……がんばれ、ルナ」
「ひどい!?」
「さあ、こっちへ来るのじゃ。ちょうど、訓練場が空いているからのう。そこで、母娘の時間をたっぷりと楽しむことにしようぞ」
「ひ……ひやぁあああああっ!?」
ルナの悲鳴は、里中に響き渡ったとかなんとか。
――――――――――
「はて、真紅の涙……?」
長に取り次いでもらい、話をしたのだけど、そんなとぼけた反応が返ってきた。
「なんじゃ、それは?」
「え? いや……ほら、イリスの件で里に来た時があったでしょう? その時に、彼女を封印するために借りたアイテムのことですよ」
「ふむ?」
長は考えるような仕草を取り、しばし沈黙する。
「おおっ、思い出した思い出した。確かに、真紅の涙を貸していたな」
ようやく思い出したらしく、長はぽんと手の平を打つ。
「そうだな、確かに貸していたな。わりとどうでもいいアイテムだから、すっかり忘れていた」
「すっかり、って……それでいいんですか?」
「我ら精霊族にとっては、その程度の価値しかないのだよ」
「持ち出す時は、色々と手続きが必要だったのに?」
「一応、里で管理しているアイテムだからな。希少性に関わらず、一定の手続きは必要なのだよ」
「はぁ……」
なんだろう、この適当さは?
やはり人間は信用ならぬ、なんて言われることも覚悟していたのだけど、拍子抜けだ。
伝説のアイテムも、彼らからしたら、そこらの石と変わらない価値なのかもしれない。
「真紅の涙と大層な名前をつけられているが、結局のところ、ただの鉱石だからな。全力で守るほどの価値はないな」
本当に適当だなあ……と、唖然としてしまう。
それでいいのか、精霊族?
「えっと……とにかく、力を貸していただいたにも関わらず、今の今まで返却が遅れてすみませんでした。お詫びします」
「構わぬ。その程度のもので悪感情を持つほど、我ら精霊族は器が狭くはない」
「そう言ってもらえると助かります」
「それで?」
「え?」
「話はそれだけではないのだろう?」
さすが、精霊族を束ねる長だ。
こちらの考えは、全部お見通しなのだろう。
厚かましいお願いということは理解しているのだけど……
それでも、真紅の涙が必要だ。
俺は頭を下げる。
「真紅の涙をください」
「お願いします」
一緒に来ていたソラも頭を下げてくれる。
「ふむ? 真紅の涙は、我ら精霊族にとっては大した価値はないが……だからといって、ほいほいとくれてやれるような代物でもない。人間が相手なら、なおさらだ。まあ、知らぬ仲ではないから、事情くらいは聞いてやろう」
「ありがとうございます。実は……」
説明の機会を与えられたことに感謝して、事情を説明した。
「ふむ、おぬしの武器が……」
「全部、自分勝手な都合ということは理解しています。ただ、それでも他に頼るところがなくて」
「なぜ力を欲する?」
長は鋭い目でこちらを見つめてきた。
圧を感じて、背中がゾクリと震える。
なんて答えるべきだろうか?
世界のため人のため?
あるいは、全ての天敵である魔族と戦うため?
いくつか理由を考えてみるものの、しっくりとこない。
そもそも……
大義とか正義とか、そういうもののために戦うことはない。
今まで、俺は俺のやりたいようにしてきたはずだ。
だから、シンプルに、ストレートに心を打ち明けることにしよう。
「自分の望みを叶えるためです」
「ほう……大義名分を口にしないか。して、人間よ。お前の望みというのは?」
「大事な仲間と一緒に、ずっと笑っていられるような、そんな生活を守ることです」
何度も何度も考えてみたのだけど……
俺の望みは、それ以外にない。
世界を救うためとか、そんな大層なことは言えない。
俺は大したことない人で、できることは限られている。
この手が届く範囲しか助けることはできない。
でも。
手の届く範囲で困っている人がいるのなら。
仲間が泣いているのだとしたら。
なにがなんでも助けたい。
そのために、力が必要なのだ。
「ふむ」
しばしの間。
ややあって、
「まあ、合格としておこう」
長は肩の力を抜いて、小さな声でそう言った。
「それじゃあ……」
「真紅の涙は、お主にくれてやろう。好きに使うといい」
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げて、大きな声でお礼を口にした。