作品タイトル不明
458話 危機感
「……」
割り当てられた客室で、ミナは鏡台の椅子に座り、鏡に映る己の姿を見ていた。
他者から羨まれるような、綺麗に整った顔が映る。
己の容姿に誇りを持ったことは一度もない。
綺麗に整っていようが、大きく崩れていようが、どちらでもいい。
関係ない。
容姿がどうあれ、果たすべき使命は変わりないのだから。
「魔族との融和……本当に、そのようなことが?」
鏡に映るミナの顔は歪んでいた。
アリオスが賛成した手前、ミナも賛同してみせた。
しかし、心の奥底では、本当にそれでいいのか? という疑問が残っていた。
魔族は敵。
生きとし生けるものの天敵。
魔族を滅ぼさない限り、人類に安息の時は訪れない。
魔王はもちろんのこと、最後の一匹に至るまで根絶やしにしなければいけない。
一切の慈悲なく。
容赦なく。
情けをかけることはなく。
己の持つ業の深さを思い知らせた後、断罪しなければいけない。
そう、教えられてきた。
「魔族は敵……融和なんて、本来はありえません。でも、しかし……」
今の状況がとてももどかしい。
追われる身でなければ、一度、教会へ戻ることを考えただろう。
そして、自分はどうするべきなのか、問いかけていただろう。
しかし、それができない。
自分で考えるしかない。
ただ、答えは出ない。
考えても考えても迷いを抱くだけ。
思考は渦にからめとられたように複雑になり、答えはどんどん遠ざかる。
「私は……」
どれだけ考えても答えは出ない。
それは当たり前のことと言えた。
今までミナは、自分で考える、ということをしたことがほとんどない。
アリオスのパーティーに参加した時も、教会の意向に従っただけ。
魔王討伐の旅に出た時も、それが己の使命と信じ込んでいただけ。
レインを追放した時も、アリオスが言ったから。
自分で考えるということを放棄している。
いや。
最初から、そのような発想に至らない。
誰かが導いてくれる。
歩むべき道を示してくれる。
けれど今は、誰もなにも言ってくれない。
道を示してくれない。
どうすればいいのか?
本来ならば自分で考えて、答えを見つけないといけないのだけど、それができない。
どうすることもできない。
迷子になった子供のように、ミナは途方に暮れていた。
「ミナさん、いらっしゃいますか?」
「あ……はい」
扉をノックする音が響いた後、モニカの声が聞こえてきた。
ハッと我に返り、返事をする。
「なんですか?」
「少し、お話しておきたいことがありまして……」
「はい?」
なにやら深刻そうなモニカの声に、ミナは嫌な予感を覚えた。
――――――――――
「リーンが……死んだ?」
「そんな、どうして……」
広間へ移動したところで、リーンの死を告げられた。
アリオスも知らなかったらしく、愕然としている。
ここ最近、モニカの手伝いであちらこちらへ飛んでいたみたいではあるが……
まさか、そのまま帰らぬ人になってしまうなんて。
そのようなこと、誰が予想しただろうか?
「申しわけありません……私がついていながら、このようなことになってしまい」
「いったい、どういうことだ!? なぜリーンが!?」
「アリオス、落ち着いてください。リーンのことは……とても残念ですが、しかし、モニカさんに当たっても……」
「っ……そ、そうだな。すまない、モニカ。僕としたことが、冷静さを失っていたみたいだ」
「いいえ、気にしていません。むしろ、アリオスさまの心境を考えると、致し方ないことなのかと」
「それで……どういうことなんだい? どうしてそんなことになったのか、教えてくれないか?」
「はい、もちろん」
モニカとリーンは、魔族との融和を目指して、各地を転々としていた。
いきなり魔族の大元……四天王などに話をしようとしても、相手にされるわけがない。
そのまま襲われてしまうだろう。
そんな事態を避けるために、まずは比較的穏やかで、自由に動いている魔族達を説得することにした。
数を揃えることで、意見を通そうというわけだ。
計画は順調に進んでいた。
時に襲われることもあったけれど、少しずつ少しずつ、魔族を味方にすることに成功していった。
これならば、いつか四天王も無視することはできず、融和について考えざるをえないだろう。
そう思うほどに味方が増えた時……レインが現れた。
彼はこちらの主張に一切耳を貸そうとせず、仲間になった魔族達を皆殺しにした。
凶行はそれだけに留まらない。
過去の行いを謝罪して、改めてやり直そうと涙ながらに語るリーンを、斬り捨てたのだ。
……という話を、モニカは涙を流しつつ語る。
当の本人が聞いていたら、怒るどころか呆れ果ててしまうような、嘘しかない話だ。
しかし、アリオスとミナは、モニカの話が嘘であることを見抜くことはできない。
自分達を助けてくれた恩人が、そのような嘘を吐くなどと考えることはできない。
「くそっ!」
アリオスは怒りをあらわにして、壁を叩いた。
ピシリとヒビが入り、わずかに埃が落ちる。
「またレインか! レインレインレインレインレイン……!!! あいつ、あいつは、こんなところにまで絡んできて、しかも、リーンを……くそっ、くそっ!!!」
「……アリオス……」
「いったい、どれだけ僕の邪魔をすれば気が済むんだ!? あいつだ、全部レインのせいだ! レインに関わったせいで、僕達は……!!!」
レインを追放したから、という言い方が正解になるのだけど……
そのことを自覚することもできず、認めることもできず、アリオスは呪詛をこぼし続ける。
いつまで経っても己のミスを認めることができず、過ちと向き合うこともできず、罪から目を逸らし続ける。
そして、ミナは……
「神よ……どうか、我らに道を示したまへ」
このような時になっても、自分で考えるということをせず、他人に全てを委ねようとしていた。
アリオスもミナも、未だ、救えない。
……勇者パーティー、残り二人。