作品タイトル不明
449話 あなたのところで
あれから数日が過ぎた。
「むぅ」
宿の裏手にある広場で、イリスが苦い顔をしていた。
エルフィンさんとフィーニアのおかげで傷は完治したものの、もしかしたら後遺症があるかもしれない。
そのことを調べていたのだけど、あまりよくない結果となった。
「ダメですわね。うまく力が扱えませんわ」
「そうか……具体的には、どんな感じなんだ?」
「出力ダウン、という感じでしょうか。今までが百とすれば、六十くらいまでしか力を引き出すことができません。まあ、普通に戦う分には問題はありませんが……結界を常時展開したり、もう一人のわたくしを召喚するなど、難しいでしょうか。あとは、任意の覚醒もなかなかに厳しいかもしれません」
「体調に異常は?」
「そちらは問題ありません。とても元気ですわ」
よかった。
弱体化しているだけなら、大した問題じゃない。
本当に憂慮すべきことは、イリスの体調に問題がある場合だ。
「ふむ」
同席しているエルフィンさんが、イリスの目を見たり頬に触れたり、診察をする。
その隣で、フィーニアが勉強するような感じで、母の姿を見ていた。
「確かに、イリスさんの言う通り、弱体化しているみたいですね。その原因は、魂を傷つけられたことでしょう」
「なんとかなりませんの?」
「すみません、ならないですね。生きているだけでも奇跡と言える状態なので、それ以上を望むとなると、なかなか難しく。ただ、時間をかけることで自然に治癒するでしょう。ずっとこのまま、ということはありません」
「あら。それはよかったですわ。現状でも、それなりにレインさまのお役に立てる自信はありますが……やはり、全力を振るえるのなら、それに越したことはありませんからね」
イリスはこちらを見て、ウインクをする。
「その気持ちはうれしいけど、でも、絶対に無理はしないでくれよ。またイリスが倒れるなんてことになれば、俺の心臓がどうなるか……」
「あら。わたくしのこと、心配してくれましたの?」
「当たり前だろう」
「どれくらい、心配いたしましたか? 気絶してしまうくらい? 泣いてしまうくらい?」
「我を忘れてしまいそうになるくらい、心配したよ」
「……」
「あと、うまく眠れなくなったし、しょっちゅうイリスのことを考えるようになった」
「そ、そうでしたわね……そういえば、レインさまはこのようなお方でした。くっ、照れさせるつもりが、わたくしの方が照れてしまうなんて……手強くなっている?」
イリスが赤い顔で、ぶつぶつとつぶやいていた。
照れているみたいだけど、けっこう貴重な表情ではないだろうか?
「少し疲れたので、わたくしは横にならせてもらいますわ」
「大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。単なる疲労なので。ですが……レインさまに添い寝していただければ、普通に寝るよりも元気になれるような気がするのですが?」
「え? いや、それはさすがに……」
「ふふっ、わたくしは、やられたらやり返すのですよ?」
どきまぎする俺を見たイリスは、満足そうな顔をして宿の中へ戻った。
出会った頃に比べて、だいぶ穏やかになったように思えるが、小悪魔的なところは何一つ変わっていないらしい。
やれやれだ。
ため息をこぼしつつ、俺も宿に……
「少し待っていただけませんか?」
エルフィンさんに呼び止められた。
「レインに、お願いしたいことがあるのです」
「お願い?」
そういえば……と、思い出す。
イリスを助けてもらったのに、エルフィンさんにもフィーニアにも、まだなんのお礼もしていない。
「あなたにとっては、迷惑かもしれないのですが……」
「イリスを助けてもらった恩があります。俺にできることがあれば、なんでも。迷惑がかかるとか気にしないで、ひとまず、言ってもらえれば」
「ありがとうございます。では、遠慮なく……フィーニアを、レインのパーティーに加えていただけませんか?」
「「はい?」」
俺が首を傾げて、ほぼ同時に、フィーニアもコテンと小首を傾げた。
どうやら、彼女も初耳らしい。
「お、お母さん? どういうことなの……? はっ!?」
フィーニアは、なにかを察したような反応を見せて……
みるみるうちに涙目になり、ぷるぷると震える。
「ま、まさか、私があまりにもダメな子だから、里から、つ、追放するとか……あうあうあう!?」
「そのようなこと、するわけがないでしょう」
「で、でもぉ……」
「まったく。先の事件で、それなりに成長したかと思えば、やはり、まだまだなのですね。あなたはしっかりとした力を持っているのですから、もっと自信を持ちなさい」
「あぅ」
苦笑するエルフィンさんに対して、フィーニアは申しわけなさそうな顔になる。
そんな娘を抱きしめて、優しく頭を撫でる。
「大丈夫です。あなたは、やればできる子。先の事件で、そのことを証明してみせたではありませんか」
「……お母さん……」
「レインのパーティーに参加しろと言ったのも、あなたのためを思ってのことなのです。彼がいたことで、あなたはより大きく成長することができた。ならば、パーティーに参加すれば、今まで以上に……と考えてのことですが、そうですね、急すぎたかもしれません」
反省するような素振りを見せて、エルフィンさんがフィーニアを離した。
それから、まっすぐに目を見つめながら、静かに問いかける。
「なによりもまず、あなたの意思が大切でしたね。フィーニアは、どうしたいと思いますか?」
「わ、ワタシは……」
「今回のことを考えたのは、あなたがレインに懐いているように見えたからでもあります。娘の成長の手助けとなり、また、あなたの気持ちを尊重することにもなる……そう思ったのですが、フィーニアはどうしたいですか?」
「……」
フィーニアは、胸元に手をやる。
そのまま、考えるようにそっと目を閉じた。
エルフィンさんは答えを急かすような真似はせず、じっと娘の考えがまとまるのを待つ。
俺も口を出すようなことはしないで、様子を見守る。
「……ワタシ」
ややあって、フィーニアが口を開いた。
いつも通りの小さい声で、ちょっと体が震えている。
彼女は気がとても弱いため、自分の意見を口にする時は、大体このような感じだ。
でも、今は少し様子が違う。
震えているものの、視線を逸らすようなことはしない。
「レインさんと一緒に、が、ががが……がんばりたいっ」
「そう」
「その、えと、人間は怖いけど、レインさんはそうでもなくて、むしろ優しいというか……だから、もっと知りたくて。あと、強くなりたくて。あ、でもでも、そのためにレインさんを利用しているようで、あうあう、ご、ごめんなさい!?」
はっとした様子で、フィーニアが何度も頭を下げてきた。
「俺は別に気にしていないよ。それよりも、今の話は本当なのか?」
「は、はひっ! そ、そそそ、そうです! ワタシごときが迷惑かけること前提で、というか、迷惑以外の何者でもないんですけど、でもでも、えっと、はうあう!?」
「落ち着いて」
「あ……」
ぽん、と頭を撫でると、フィーニアが落ち着いた。
そのまま頭を撫でつつ、「ゆっくりでいいから」と口にして、続きを促す。
「なんていうか、その……まだ、レインさんと一緒にいたい、です。他のみなさんとも……だから、その……」
ぐぐっと拳を握りしめて、
「ワタシを、レインさんのパーティーに入れてくれませんか!?」
強く言い放つ。
うん。
最初出会った時と違い、ずいぶん強くなったと思う。
眩しく見えるくらいだ。
「ど、どうでしょうか……!?」
俺は、そっと手を差し出す。
「喜んで」
「あっ……!」
「これから、よろしくな」
「は、はひっ、こちらこそ!」
緊張してつっかえながらも、フィーニアはしっかりと俺の手を握るのだった。