作品タイトル不明
448話 取り戻したあの夜
色々な連絡をして。
色々な後始末をして。
ようやく、慌ただしい時間が終わりを告げた。
「……」
俺は一人、宿の近くにある公園に移動して、夜空を見上げていた。
一人だけで、みんなはいない。
ここ最近、色々なことがあったから……本当に色々なことがあったから、みんな、疲れ果てて寝ている。
改めて、感謝しかない。
ここまで力を貸してくれて。
こんなことになるまで、俺についてきてくれて。
何度、感謝の言葉をしても足りないくらいだ。
「まあ、そういうのはいらないんだろうけどな」
感謝の気持ちを伝えたとしても、みんななら、そんなの気にすることない。
自分達が望んだことだ、って言うだろう。
でも、俺としては、それで満足できない。
できることなら、これまでの恩をどうにかして返したいところだけど、どうしていいか。
なかなかの難題だ。
一応、時間はある。
これから、じっくりと、しっかりと考えていこうと思う。
「それで……驚かせようと、隙をうかがっているのか?」
「あらあら」
いたずらっぽい声と共に、一人分の人影が。
月明かりに照らされて現れたのは……イリスだ。
「驚かせようと思っていたのですが、いつかの時と同じように、またしても見破られてしまいましたわね。レインさまは、後ろに目でもついていらっしゃるのですか?」
「そんなことはないよ。ただ、イリスは自分が持つ魔力の大きさを自覚した方がいいと思う」
「むう。天族であることが仇となってしまいましたか」
ちょっと拗ねたような顔をしつつ、イリスが頬を膨らませた。
そんな顔をしつつ、隣に並ぶ。
「もう起きて大丈夫なのか?」
「はい。戦闘などはさすがに無理ですが、こうして夜の散歩をするくらいは問題ありません」
「そっか、よかった……でも、本当に大丈夫なのか? ずっと寝たきりだったから、体力もまだ戻っていないだろう? やっぱり、寝ていた方がいいんじゃないか?」
「レインさまは、わたくしのお母さまですか……」
イリスに呆れたような顔をされてしまう。
「イリスの母さんか……うん。それはそれで、なんか光栄だな」
「そこで誇らしげにしてしまうのですか……」
さらに呆れられてしまい……
それから、イリスはくすりと笑う。
「ふふっ。やはり、レインさまはとてもおもしろい方」
「バカにされてる?」
「まさか。褒め言葉ですわ」
「あまりそう感じないな……」
他愛のない話が続く。
本当に、なんてことのない、普通の日常会話。
でも、この時間がとても愛しい。
たまらなくうれしい。
こうして、またイリスと話をすることができて、本当に……うれしい。
「……よかった」
「ふぁ!?」
次から次にあふれる喜びの感情を抑えることができなくて、イリスを抱きしめた。
イリスはびくんっと震えて、変な声をあげる。
「えっ、ちょ……れ、レインさま!?」
「本当に、よかった……」
「い、いきなりなにを……レディを抱きしめるなんて、そのようなこと……」
「ごめん。本当にイリスを助けることができたんだな、って……そう思ったら、なんだか急に……」
「……もう」
慌てていたイリスだけど、その声が落ち着いたものになる。
それから、そっと、イリスがこちらの背に手を回す。
静かに抱きついてきた。
「レインさま、子供みたいですわね」
「はは……情けないよな」
「いいえ、とても愛しく感じますわ」
ぎゅっと、イリスが手に力を入れる。
「……」
「……」
言葉が途切れる。
口を開くことなく、ただただ互いを抱きしめる。
イリスの温もりを感じた。
心臓の鼓動が伝わってきた。
彼女は今、生きている。
「ありがとう」
「え? どうして、レインさまがお礼を言うのですか?」
「そういう気分だったんだ。生きていてくれて、ありがとう」
「……」
そっと、イリスが俺から離れた。
でも、距離はまだ近い。
少し動いたら、顔と顔が触れてしまいそうだ。
そんな至近距離で、イリスはじっとこちらを見つめる。
見つめて、見つめて、見つめて……
やがて、優しく笑う。
「わたくしの方こそ、ありがとうございます。こうして、レインさまに助けられるのは二度目ですね」
「二度目?」
一度目の記憶がないのだけど、それは?
こちらの疑問を表情から察したらしく、イリスが言葉を続ける。
「復讐しか知らなかった私を……暗い光の差さない世界から救い出してくれました。それが、一度目ですわ」
イリスは、そっと俺の頬に片手を添えた。
「そして二度目……死に瀕していたわたくしを助けてくれました。ただ単に、不死鳥族を連れてくるだけではなくて、生を諦めていたわたくしを呼び止めてくれて……この世界に、心を繋ぎ止めてくれました」
もう片方の手を、反対側の頬に添える。
「どれだけお礼を口にしても足りません。どれだけのことをしても、この恩義に報いることはできません」
「気にしなくていいさ。俺は、俺のやりたいようにしただけだから」
「もう……それで、わたくしが納得すると思いまして? 一方的に施されて、それでなにも気にしないなんてこと、わたくしにはできませんわ。そこまで厚顔無恥ではありませんの」
「それは、まあ……」
イリスの気持ちはわからないでもないが、しかし、本当に見返りは求めていないのだ。
なにかしたい、あげたい、なんてことを言われても困る。
「故に、わたくしは誓いましょう」
イリスは、そっと顔を寄せてきて……
「わたくしは、あなたの剣となり、盾となりましょう。この身、この心、この魂……全てを捧げ、悠久の時を共に過ごすことを誓いましょう」
そして……静かに唇を重ねるのだった。