作品タイトル不明
438話 リーン
リーンが最初に理解した言葉は、よくあるようなパパでもママでもなくて、ファイヤーボール……魔法だった。
当時二歳のことだ。
もちろん、二歳故に大した魔力は持たない。
魔法が発動したものの、指先くらいの大きさの火球が生まれた程度。
その火球もすぐに消えた。
しかし、人類史から見ると、それはありえないほどの偉業だ。
わずか二歳の幼児が、なんの知識もなく、なんの鍛錬もなく魔法を発動させるなんて、ありえない。
リーンには類稀なる魔法の才能がある。
そう確信した両親は、リーンに徹底的な魔法の英才教育を施した。
幼い子供なら友達を作り、自由に遊び回るのが普通なのだが……
そんなことはどうでもいいとばかりに、リーンは魔法の勉強ばかりをさせられた。
結果……わずか六歳にて上級魔法を扱えるほどに成長した。
そのことに、両親は狂ったように歓喜したという。
リーンの両親は小さな領地を任されている貴族だ。
魔族が住まう西大陸からも遠く、特になんの意味もない土地の管理をする日々。
そんな日常に、リーンの両親は飽きていた。
そして、野望を抱いていた。
いずれは出世をして、中央に。
いつか、辺境貴族ごときが、と蔑む連中を見返してやる。
そんなことを思い、日々を過ごしていた。
そんな中、稀代の魔法の才能を持つリーンが生まれた。
これは使える。
最高の道具になる。
リーンの両親は、己の子供に対してそんな感情を抱いた。
抱いてしまった。
そして……
リーンは、両親の思うがままに成長した。
強大な力を持つ魔法使いとして。
しかし、肝心なものを与えられず、何一つ愛情を知らない身として。
ただ、その結果、リーンは勇者パーティーのメンバーになるという快挙を果たした。
リーンの両親も大きな出世を果たすことができた。
リーンの両親は歓喜して、娘を褒め称えた。
さすがだ、自慢の娘だ、素晴らしい。
ありとあらゆる言葉を並べて、リーンを讃えた。
ただし。
それをリーンが心地いいと受け止めるかどうかは、また別の話である。
うざい。
うざい。
うざい。
それが、リーンの心の中の正直な想いだった。
両親が出世のために自分を利用しようとしていることに、リーンは早々に気がついていた。
気がついてはいたが、逆らうことはしなかった。
当時、両親の思惑に気がついたのは、まだ八歳だ。
両親の庇護なくしては生きていくことができない。
だから、両親の思うように力をつけた。
出世のための良い道具になるのだと、一流の魔法使いになった。
でも、それは生きていくために仕方なくしたこと。
本音を言うのならば、リーンは、両親のくだらない出世欲に付き合わされるのにうんざりしていた。
くだらない。
そんなものに心を囚われるなんて、俗物的すぎる。
我が両親ながらアホだ。
そんなことを考えていた。
ただ、時が過ぎて、リーンが勇者パーティーの一員になった時……
ふと、思った。
今の自分は、両親よりも上の立場にいるのでは?
そのことに気がついた時、自然と笑みがこぼれた。
たまらない愉悦を覚えた。
出世のことしかなくて、娘さえもそれに利用した両親。
しかし、気がつけば立場は逆転していて、リーンのさじ加減一つで両親の行く末が決まる。
その現実に辿り着いた時……
リーンは、さらなる野心を抱いた。
もっともっと強くなる。
これ以上ないくらいに、上に行き、両親からしてみれば雲の上の存在になってみせる。
そうなった時、両親は必死にごまをすってくるだろう。
私達にもおこぼれをくださいと、笑顔ですがりついてくるだろう。
ばーか。
お前らなんか知ったことか。
リーンは、両親を足蹴にするつもりでいた。
今まで、人を散々好き勝手利用してきておいて、今更良い目を味わえると思っているのか?
都合がよすぎないか?
あんたらが好きにしたように、あたしも好きにさせてもらう。
最大限の権力を手に入れて、大きくのし上がり、そして、見返してやる。
それが、リーンの出した答えであった。
傍から見れば、その考えは、子供が拗ねているようなものにしか見えないだろう。
両親に愛情を注いでもらえなくて……
その仕返しをしてやろうと、そう考えている子供のようにしか思えないだろう。
それでも、リーンはそれが正しいと信じていた。
自分のやるべきことは、絶対的に正しいのだと。
あのバカな両親達を見返してやることこそが、自分のやるべきことなのだと。
そのために力をつけて。
権力を手に入れて。
なにもかも、全てを手に入れる予定だった。
そのはずなのに……
――――――――――
「あっ、あああああぁ!? なんでっ、なんでなんでなんでなんでなんでぇえええええっ!!!」
リーンは絶叫を響かせながら、黒い触手を伸ばしてきた。
自分が取り込まれているというのに、俺達も巻き添えにしようとしている。
なんていう妄念。
いや、執着心と呼ぶべきか。
彼女は自分一人だけが滅ぶなんて、ありえないと思いこんでいて……
もしもそれがあるのならば、周囲のもの全てを巻き込もうとしている。
そうなることが当たり前だと信じている様子で、破壊と混沌を撒き散らしている。
魂は砕けているはずなのに。
命は尽きているはずなのに。
妄執だけで生き延びていて、俺達を捕まえようとしている。
道連れにしようとしている。
「あたしは、あたしはぁあああああ!!!?」
リーンの絶叫が響いた。
「うにゃ……しつこい! みんなっ」
「うん、一斉に攻撃を叩きこもう」
「わたし……サポート、するね」
「いくよ」
みんなが構えた。
フィーニアとエルフィンさんも構えた。
シグレさんとサクラも構えた。
ただ、俺は……
「いや、待った」
「レイン?」
「俺に任せてくれ」
一言そう口にして、前に出る。
リーンの体から生えた黒い触手が嵐のようにうねる。
触れるもの全てを飲み込み、取り込み、暴れ狂う。
そんなリーンに、俺は手の平を向けて……
「止まれ」
命令を下した。
「っ!?」
リーンの動きが止まる。
俺の命令通りに、止まる。
今のリーンは、完全に人を逸脱している。
それならば、俺の支配下に置けるのではないか?
唐突な思いつきだけど、うまくいったみたいだ。
「ぐっ、がぁ……あ、あんたは……あんたさえいなければぁっ!!!」
「……なあ、リーン。もうやめよう」
「なんですって?」
「こんな殺し合い、リーンが本当に望んでいたことじゃないだろ? 少しは、一緒にパーティーを組んでいたんだ。旅をしてきたんだ。……仲間だったんだ」
「……」
「リーンが良いヤツなんて思わない。今までしてきたこと、許すつもりもない。でも……こうして殺し合いをすることが望みだったわけじゃないだろ?」
「……」
「もう終わりにしないか? やめにしないか? なにを思っているのか、なにをしたいのか。それはわからないけどさ。でも……今のリーンは苦しそうだ。助けて、って泣いているようにしか見えない」
「……ふん」
黒い触手がピタリと止まる。
そして……
「なにそれ。あんた、あたしのことを理解したつもり? だとしたら、めっちゃくちゃうざいんですけど。勘違いにもほどがあるわ」
「ははっ。らしくなってきたな」
「うっさいわね……ホント、うざいやつ」
「いいな?」
「……好きにすれば」
「なら……今度こそ眠れ」
俺は、そう命令を下した。
そして……リーンはゆっくりと目を閉じて、それから、黒い触手を含めて、その体全てが塵となった。