作品タイトル不明
1087話 フィア
いつからそこにいたのか?
いつの間にか、一人の女の子がいた。
歳はカナデと同じくらい。
あるいは、ちょっと下。
背が低いため、幼く見えるのだけど……
ただ、子供のような雰囲気はない。
大人と同じ雰囲気をまとっているため、カナデと同じくらいかな? と思った。
笑顔を誘うような愛嬌があって、とても明るい印象だ。
今も、なにが楽しいのか、にこにこと笑っている。
そして……
ゼクスと同じ服を着ていた。
見た目から判断すると、この子も大神官なのだけど……
「なんだ、フィアかい。どうしたのかな?」
「どうもこうも、ゼクスを止めにきたんだよ。裏切りものの処分はともかく、今ここで、絆の英雄を相手にするのはどうかと思うなー」
「僕もどうかと思うけどね。でも、出会ってしまったから。なら、後は殺すしかないじゃないか」
「物騒ー。スルーする、っていう手はないの?」
「? キミはおかしなことを言うね。目の前に道を塞ぐ虫がいたら、普通、踏み潰すだろう?」
「わーお、歪んでいるぅ。あー、困ったねえ。このまま倒せる、っていうのなら好きにしてもいいんだけど」
「……それは、僕が負けるっていうことかい?」
ゼクスから殺気がこぼれた。
落ち着いた雰囲気を見せていたが、わりと短気なのかもしれない。
俺達は、二人の会話をおとなしく見守る。
下手に口を挟むと、さらに敵が増えそうな気がしたからだ。
「この世に絶対なんてない。私もゼクスも、負ける可能性はある……でしょ?」
「……まあ、一理あるね」
「負けないために可能性を引き上げる。今、やるべきことはそれじゃないかな? というかー、ゼクスだって、真面目に戦うつもりはないでしょ? 後で叩くにしても、今は、顔見せ程度に考えているんじゃない?」
「……まったく。時々、キミは人の心が読めるんじゃないか、って思うよ」
「ありがと♪」
「褒めてないけどね」
話はまとまったらしい。
ゼクスがこちらに視線を戻す。
「と、いうわけで。やはり、僕はここで帰らせてもらうよ」
「……わかった」
「えっ、レイン?」
カナデが驚いた顔をこちらに向けた。
相手は、邪教徒の幹部。
逃がしたくはない。
でも、今はまずい。
相手の情報をほとんど持たないから、あの女の子の言う通りじゃないけど、戦っても勝てるかどうか。
それに、ここは街中で……
騎士団支部は、今も炎上中。
戦うよりも、救助と安全の確保を優先するべきだ。
「これ以上、なにもしないのなら、今は見逃すよ」
「おや? キミは話がわかるね。うんうん。いいことだ。やはり、言葉を交わして、相互理解に務めるべきだね。僕らは、魔物とは違い知性があるのだから」
「次も見逃すか、それはわからないけどな」
「それは僕も同じさ」
一瞬、ゼクスから殺気がこぼれた。
ただ、それはすぐに消える。
代わりに、とてもいい笑顔を向けられた。
「キミ……レイン・シュラウド、っていったっけ?」
「そうだが……」
「なるほど。そっか、そっか……いいね。キミのことを殺すつもりだったけど、それは考え直してもいいかもしれないな」
「うん?」
「僕達は、案外、いい友達になれるかもしれない」
本気なのか?
ただ、この場で適当なことを言う意味は……
ゼクスの真意がわからず、混乱してしまう。
「今度、ゆっくりと話をする時間が欲しいな。お茶に招待したら来てくれるかい?」
「……考えておくよ」
「お。すぐに断られないってことは、脈があるのかな? いや、なかなか嬉しいものだね。ダメだと思っていた相手が誘いを受けてくれる……ふむ。なかなか心躍るものがあるじゃないか」
「ゼークースー」
「おっと、すまないね。それじゃあ、僕はこれで」
フィアと呼ばれている女の子に促される形で、ゼクスは背を向けた。
そして……
ふっと、その姿が消えてしまう。
まるで蜃気楼のよう。
魔力は一切感じなかった。
魔法でないとしたら、個人の能力だろうか?
それとも……
いや、やめておこう。
相手の情報がまったく足りていない中、勝手な推測を重ねるのはまずい。
わからないことは知りたいものの、無理に答えを出す必要はない。
確信を持てるまで、落ち着いて待てばいい。
というわけで、ゼクスについては放置だ。
ただ……
「キミは……どうするつもりだ?」
フィアに問いかけた。
話の流れから判断すると、この子も邪教徒の一員。
しかも、大神官という幹部。
できることなら、捕らえるなりなんなりして、情報を引き出したい。
とはいえ、突然の遭遇でまったく準備ができていない。
このような状況で戦うというのは、さすがに色々と厳しいものがある。
ゼクスのように撤退してくれればいいんだけど……
「私の目的は二つ」
フィアは、指を一本、立てる。
「ちょっと暴走していたゼクスを止めることが一つ」
二本目。
「それと、もう一つは……絆の英雄レイン・シュラウド」
「俺……?」
殺しに来た、とか?
いや。
でも、さっきは戦おうとしていたゼクスを止めていた。
そうなると、いったい……?
「キミとデートをしたいかな」
「……は?」
俺は、とても間の抜けた声をあげて。
「はぁああああああああああ!!!?」
一方のカナデは、おもいきり叫んだ。
同じ「は」なのに、込める力や感情によって、ここまで意味が違ってくるんだな。
なんて、そんなどうでもいいことを考えるくらい、思考が停止していた。