作品タイトル不明
1070話 いってらっしゃい
「それじゃあ、そろそろ行くよ」
レインがそう笑顔で言う。
それを見て、ルリは妙な感覚に襲われた。
とある事情で、数日から一週間、レインは家を空けるらしい。
どういう事情なのか、それは教えてもらっていない。
ただ、家を空けることは確実。
今は見送りに来ているのだけど……
ルリは、とても落ち着かない。
そわそわして。
切なくて、寂しくて。
心細く、不安になってしまう。
ただ、行ってほしくない、なんてことは言えない。
迷惑をかけたくない。
……いつからだろう?
他人のことなんて、どうでもよかったのに。
外のことなんで、まるで気にしなかったのに。
でも、レインのことは気になる。
一緒にいたいと思うし、傍にいてほしいと思う。
心がぐちゃぐちゃだ。
自分は、こんなだっただろうか?
もっと冷静にいられるはずだったのに、なぜかうまくいかない。
おかしくなってしまったのだろうか?
「ルリ、どうかしたのか?」
「……大丈夫」
ルリの様子に気がついて、レインが心配そうに声をかけた。
ルリは、反射的になんでもないと嘘を吐いてしまう。
色々と思うところはあるのだけど……
やっぱり、心配をかけたくない、迷惑をかけたくない。
「ルリちゃんは、寂しいのかもしれないね」
一緒に見送りに来ていたカナデが、ルリを後ろから抱きしめつつ、言う。
「大丈夫なのだ、ルリよ。我らが一緒にいるぞ」
「ルナが一緒だから不安に思っているのかもしれませんね」
「我が姉よ、それはどういう意味なのだ?」
「そのままの意味ですよ?」
「……イクシオン」
「待て待て待て! ストップ!」
ルナが頬を引きつらせつつ、超級魔法を放とうとして。
レインが慌てて止めて。
いつもの光景に、ルリは、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……レイン……」
「うん?」
「がんばってね」
「ああ、ありがとうな」
レインに頭を撫でられた。
温かくて、大きな手。
繊細な手つきで、母に抱きしめられているかのような安心感を覚える。
「いってらっしゃい」
ルリは、努めて笑顔を浮かべて、手を振る。
自分は、ちゃんと笑うことができているだろうか?
いい子でいることができているだろうか?
答えはわからない。
でも……
「ああ、いってくるよ」
レインが笑顔だから、うまくできているのだろうと、そう思うことにした。
――――――――――
思えば、レインに助けられてから、彼とずっと一緒にいた。
一緒にごはんを食べて。
一緒に街を歩いて。
一緒に遊んで。
ルリにとって、レインが隣にいることが当たり前の日常になっていた。
ただ、今はそのレインがいない。
しばらく家を空けてしまう。
寂しくないといえば嘘なる。
不安ではないといえば嘘になる。
そう考えて……
「……私……」
そんなことを思う自分に驚く。
今まで、他人を気にしたことなんてないのに……
今は、これほどまでに気にしている。
その変化は良いことなのか? それとも悪いことなのか?
今はまだ、ルリは、自分で判断することができない。
「……心配かけないように、がんばらないと」
ひとまず、日常をがんばって過ごしてみようと思った。
レインは、自分を信じて留守を任せてくれたはずだ。
ならばそれに応えないといけない。
「ふぅ」
色々と考えた結果、ルリは、家事を手伝うことにした。
カナデ達に混じり家の仕事をする。
まだまだ小さいので、できることは限られている。
それでも、できる限りのことをして……
カナデ達も、そんなルリにちょくちょく仕事を振っていた。
過剰に保護するよりも、適度に仕事を与えた方が自立心を養うことに繋がり、気晴らしにもなるだろう、と考えてのことだ。
「よし」
ルリは、それなりに綺麗になったリビングを見て、満足そうに頷いた。
高いところは掃除できなかったものの、床やテーブルは綺麗になった。
次はどこを掃除しよう?
そう考えた時、
「ん……?」
玄関の扉が開く音がした。
誰かが外に出かけたのだろうか?
しかし、それならば話が来るはずだ。
それがないということは、来客だろうか?
しかし、それならば呼び鈴を鳴らすはずだ。
「……泥棒?」
ルリは少し迷い、まずは様子を見に行くことにした。
もしも、本当に泥棒がいたのなら、その時は無理をせず、すぐにカナデ達を呼びに行くことにしよう。
そっと玄関の様子を見て……
「……誰?」
声をかけるものの、しかし、誰もいない。
「???」
ルリは小首を傾げて。
「へぇ……あれが」
一方で、そんなルリを見つめる視線があった。